襲撃
今日も昨日や一昨日と同様に、天候が優れない。今にも大気中の水分を大地に還元しそうな雲だ。
正午前、まもなくミルシェとムネヒトが帰ってくるだろう。道中、雨に濡れ無ければいいがと二人を案じる。
その入れ替わりにバンズは王都へ向かう。留守を二人に任せる形だ。
袖を通したのがいつだったか、思い出せないほど長く仕舞っていた礼服を着込む。やや窮屈だ。とはいえ着ないわけにはいかない。城での無作法を咎められるのが面倒だからだ。
ヒゲを簡単に剃り、髪を乱暴に撫で付けてバンズは二人が帰ってくるのを待っていた。
・
なだらかな丘の下を通る細い街道に、示し合わせたように人が集まっていった。実際示し会わせたのだろう。全員で十名、頭からフードを被り一様に顔は伺えない。
その中の一名が前に出ると、残りは軽く会釈する。
「【剛牛】は中か?」
一名の方、ライジルが尋ねた。
「はい。朝のうちに王都へ出るとも考えられましたが、牧場を出たのは娘と例の男のみです」
残り九名の内、一人が上司の質問に答える。彼とあと二人は、牧場と住居がギリギリ監視できる場所に身を隠し様子を伺っていたのだ。
「普段と同じように行動し、サルテカイツに感づかせない為だろう。妙な動きをすれば城の内通者が知らせると考えたか」
騎士の現役を退いたとはいえ、中々思慮のある男だと判断する。しかしこれも予想の内だ。
「では、行くぞ」
短い命令だったが、それで十分だった。
十の影が音も無く丘を登って行く。二手に別れ、ライジルを含む五名はやや後方に。残りの五名が住居に近づく。うち一名が更に前に出て、木製のドアのすぐ前に立った。
「―――」
その一名が無言で左右に目配せをする。脇に居て腰を落とした二人も無言で頷いた。
ドアの前の男は、腰に下げていたナイフを抜いた。側の同僚も同じだ。
右手に握りなおし、柄の部分をドアに打ち破ろうとして腕を振りかぶる。
その時だった。
猛烈な破砕音と共にドアは内側から破壊される。そしてドアの破片より早く飛び出すものがあった。
巨大なハンマー、戦槌だった。
「ぐごおっ!?」
避ける間もなく一撃を腹部に喰らい、勢いをそのままドアの有った場所から数メートル弾き飛ばされた。
「ったくよー……、ドアの修理する身にもなれってんだ」
ドアだった木片を踏みつけながら、戦槌の持ち主がぼやく。
のそりと、ふてぶてしいほどに歩み出た男はバンズに他ならない。
携えた槌の頭は片方は平たく、もう片方は鋭角に尖り全体的に曲線を描く。牛の角か猪の牙を用いたようなそれに、柄を付け金属で随所をコーティングしていた。見た目の優美さより攻撃力や頑強さを重視した、無骨な武器だ。
「で? 誰だお前ら?」
「ちぃっ!」
脇に構えていた男が、バンズの質問に答える代わりにナイフを投擲した。
「ふんっ!」
それを持っていた戦槌の柄で弾くと、飛び掛ってきた逆側の男を裏拳で沈める。
地面に崩れ落ちる仲間を見て、ナイフを投げた男は距離を置こうとするがバンズの方が早い。
戦槌は弧を描き男の横っ面を強かに打ちつける。殴られた方は家の壁に新しい穴を作ってしまった。それっきり動かない。
ほんの数秒の攻防だった。
「あークソッ……穴まで開きやがった。おい! 修理費用は払ってくれるんだろうな!?」
得物を肩に担ぎなおし、窮屈そうな礼服を纏ったバンズはそう言い放つ。
三名を戦力から外され、残り二名と五名はバンズを見やる。
一瞬ののち、二名は左右から襲い掛かった。丘の中腹に控えていた五名のうち四名がフードの下で口を動かした。魔術だ。
バンズを攻撃するものが二つ、仲間の能力を底上げするのが二つ。詠唱が完了し威力が発揮されるより早く、
「『オオオオオオォォォーッッ!』」
バンズから雄叫びが迸る。音の波は彼を中心に円状に広がり、家を震わせ黒衣の襲撃者の耳を襲う。いや聴覚だけでは無い。全身を打った音圧がそのまま痺れになり、動作を阻害する。
魔術の詠唱も半ばでキャンセルされ、不発に終わった。
戦士系のスキル『
魔術師系のスキル、俗に「魔術」と呼ぶものとは違い魔力の消費はほとんど無い。戦士系のスキルは、魔術と区別し「技巧」と呼ばれ使う物の体力や気力に依って発動できる。覚えるのは魔術に比べ容易だ。
バンズの『戦場の咆哮』により一瞬、地面に縫い付けられる。その間隙に旋回する戦槌は一人を殴打し、もう一人を返す一撃で沈める。二人倒れた。
「ぎゃあっ!!」
いや三人だ。最初投擲されたナイフをバンズは拾っており、今の攻防の最中後衛の一人に投げていたのだ。
飛来した刃物は一人の肩に深々と刺さり、膝をつかせた。
【剛牛】バンズ・サンリッシュ。油断などしていなかったが予想以上の強さに一同はたじろぐ。既にこちらの半数以上が土を舐める事になってしまった。
得物を握り直しバンズは追撃を待ち構えつつ、自分から仕掛けようとする努力を怠らない。
無事な四人も陣形を立て直し、剛牛へ向く。殺気を含んだ空気が間を漂う。
「下がっていろ、奴は俺が相手をする」
それを壊したのは多数の方の一人、ライジルだった。
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