パルゴアとライジル

 

「……そうか、そんな事が……」


 帰って来た俺達はバンズさんに事のあらましを話した。


「だとするなら、そこまで執着していたのか……」


 呟く顔は今の天気より更に暗い。


「その話を騎士団で出来ませんか?」


 バンズさんはかぶりを横に振る。


「証拠が無い。パルゴアだって知らんと言うだろう。逆に貴族への不敬罪でコッチが危うくなる」


「だったらモルブさん達に証言して貰うのはどうですか?」


「効果は薄いだろうな。最終的に買わないと判断したのはモルブ達だ。これに関しても知らぬと言われれば終いだ」


 アイツらへの圧力も強くなるかもしれんとバンズさんは続けた。  


「なーに! 手が無い訳じゃねぇさ。確かにただ騎士団に話すだけじゃあ分が悪いが、昔馴染みが居るといっただろ? そいつに話を通すさ」


 俺の浮かない顔を見たのだろう、バシバシ肩を叩きならがなんでも無いように言ってきた。


「問題があるとするなら、そいつは別の任務で王都に居ないって事だ。帰ってくるのが来週っていう話だが、それまで収入が無いのは厳しい」


 牛乳もバターも保存が難しい。冷蔵庫など無いだろうから尚更だ。鮮度がある以上、時間制限は当然ある。


「とりあえずチーズに加工してから保存する。先延ばしにしかならないが、何もしないよりはマシだ。早速加工作業に入るから手伝ってくれ」


「了解です」


「行程が一段落し次第、俺は昨日話した通り騎士団の詰所へ行ってくる。アイツは居ないだろうが、話し合いの段取り位はできるだろ」


 俺は彼の後を追い積んであった牛乳やバターを下ろし始めた。載せる時よりも重く感じた。


 ・


 王都の外れ、中央の大通りから離れた静かな場所には住宅の建ち並ぶ。建物はどれも立派で上流階級の住まいと思わせる。

 その中でも一段と巨大な屋敷がある。王都有数の貴族であるサルテカイツ家の屋敷だった。

 三階建ての豪奢な住まいはサルテカイツ家が爵位を授かった時に建てられた物で、財産に一つとして代々引き継がれている。

 その屋敷でもっとも高い場所にあり、もっとも広く豪華な部屋に三人の男がいた。


「例の件、完了しました」


「ご苦労、そのまま継続しろ。報告は怠るな」


 部下の短い返事とドアを閉める音を聞いた後、ライジルは部屋の中央で悠々とソファーに沈むパルゴアへ振り向いた。


「これでサンリッシュ牧場の収益は激減するでしょう。すぐに閉鎖とは行かないまでも、大打撃は間違いありません」


「ふーん。もう少し早く出来ないの? 君の言う話じゃこれから一週間は様子をみるそうじゃないか。僕はもっと手早く済ませたいんだけど」


「精神的に追い詰める為です。そして貴方の為でもあると説明した筈ですが……」


「そうだったかな?」


 こちらを見ることも無く、とぼけたような返事だった。

 コイツめ……ライジルは口の中で毒づく。


「徐々に疲弊していき、首の回らない状態でパルゴア様が手を差し伸ばすのです。そうすればサンリッシュの者達はサルテカイツに恩を感じる筈です」


「ああそうだったね。でもそれって言わば好感度を上げるってことだろ? 僕とミルシェには不要だと思うんだけどなぁ」


「……娘だけでは無く、バンズや領民の指示を得るためです。危機に陥ったサンリッシュ家を救えば、パルゴア様は仁君として王都中に知られるようになるでしょう」


 ライジルはこの男の勘違いをわざと正さず、パルゴアをおだてるように口を動かした。そしてそれは功を為したようだ。

 

「くくく……なるほど、それは悪くないよ。みんなが僕とミルシェを祝福してくれるなら最高だね」


 パルゴアの顔が緩む。ようやく彼女をモノに出来ると思うと、下半身に熱が集まるようだ。頭の中では既にが行われている。


 ライジルはやれやれと思う。

 領民にサンリッシュ牧場の品を買うなとするべきと進言したのは自分だ。それはすぐに行われ、特にサンリッシュと大きな取引を行う箇所を押さえた。領主が持つ地位と徴税権に物を言わせて。


 そんな奴等にとってパルゴアが仁君として仰がれるだろうか?


 いつか破綻が生じサルテカイツ家は弾劾を受けるかも知れない。この計画に気付いた者だっているだろう。


(知ったことでは無いがな)


 サルテカイツ家の主がパルゴアになり、領民からの評判が悪くなる一方なのはライジルも知るところだった。それに気付いていないのは、その領主だけだろう。

 我々の目的さえ果たせば、コイツがどうなろうがどうでもいい。サンリッシュが破滅しようとも関係ない。それまでは精々パルゴアをおだてて、生じるヘイトを集めて貰おうじゃないか。


 既に別の手段も打っている。最悪、力づくで来られようが問題ない。とうに出遅れなのだ。


 だらしなく歪んだ主の顔を、外見よりも遥かに長く生きている男は感慨なく見ていた。

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