仕事の時間

 

「ご苦労だったな」


 薄暗い部屋の中心に腰を下ろしていた男は、仕事を終え拠点に帰還した四人に声をかけた。声を掛けられたほうは何を言われるでも無く横一列に並ぶ。

 座ったまま机の上で手を組んだの男は、室内だというのに外套を頭から被り表情も伺えない。


「首尾はどうだ」


 一人の男が前に出る。四人の中ではリーダーにあたるらしい。


「結論から申し上げると、積荷の奪取には失敗。しかし連れていた牛に致命傷を与える事には成功しました」


「そうか……その傷、【剛牛】にやられたようだな」


 言われた側の男の顔には新しい傷がある。強い力で殴られたのだろう、頬は赤く腫れ上がり話すのも億劫そうだ。


「はい。しかし別に邪魔が入りまして……」


「なに? かつての同僚か?」


「見知らぬ人物でした。数は1人、少なくとも騎士団に所属するものではありません。雇われの傭兵か旅人のように思われます」


「……詳しい話を聞かせろ」


 促され事の顛末を話し始める。襲撃の様子、第三者の邪魔者、その年の頃や背格好。やがて話の半ばで二人が服を脱ぎ上半身を露わにした。


「これは……」


 目に入ったのは左胸に出来た傷だ。話では石をぶつけられたという事だったが、これはどういうことだ。

 それは痣というには余りに重傷、それも二人とも全く同じ箇所にだ。


治療薬ポーションは飲んだか?」


「はい。下級の物を1本ずつ」


 下級治療薬ロウ・ポーションは魔術の薬学の知識があるものなら、容易ではないもののコストを掛けず精製が可能だ。効き目としては軽い打ち身や切り傷程度なら数分で完治させ、苦痛を緩和させる事が出来る。

 なのにどうだ。治療薬を飲んだにも関わらず命中した場所を中心に酷い内出血を起していて、骨にも異常が疑われる。魔物に襲われたといっても信じてしまうほどの傷だ。

 更に彼らは柔らかい素材とはいえ防具も装備していた。そしてそれには少しの傷しかついていない。

 よほどの勢いでぶつけられた物で無いならば……


魔術士ソーサラーか。それも、場所からして心臓を狙ったな」


「……!」


「はっ! 物騒な奴も居たもんだ……『下級治癒法ロウ・ヒール』」


 手をかざしランクの低い治癒魔法を唱える。


「ぐっ……!」


 左胸の傷がうごめくような感覚に顔をしかめた。

 だが一瞬の後は痛みが遠退いていくのが分かる。


「私の術でもすぐには回復せんか……。【剛牛】との関係は不明だが厄介な相手かもしれん」


「いかがしますか?」


「依頼主に連絡しておけ。好機なのは間違いない。とはいえ、その邪魔者は気になる。ただの第三者なら気にするまでも無いが、協力者ならば私が対応しよう」


「……了解です」


「アレに雇われるのは不服か?」


「……仕事に私情は挟みません」


「くくっ……既に言っているようなものだぞ? 安心しろ、事が済めばコチラから手を切る」


「アレが手に入るまでの辛抱ですね」


「そういうことだ」


 依頼主に協力しているの利害が一致したからだ。そうでなければあの程度の者に仕える訳が無い。依頼主も【剛牛】もの価値に気付いていないのだから。

 だがもしかしたら、その邪魔者とやらはその真価を見出だしていたのだろうか? だからこそ【剛牛】に近づいたのだとしたら、間違いなく我々とぶつかるだろう。

 だが……


「ライジルさん、すぐに牧場へ向かうと言ってますが……」


「せっかちなお坊っちゃんだ……仕方ない、私も出向こう。お前達は屋敷の護衛に戻れ」


「はっ!」


 だが、ライジルと呼ばれた男に一切の不安は無い。相手を舐めてかかる訳じゃないが魔術士ソーサラーでは自分に勝てないからだ。力量差からでは無い、それは摂理にも似たある理由がライジルに味方しているからに他ならない。


「ともかく、なるべく傷を付けない状態で手に入れねばな……」


 ・

 ・

 ・


「ムネヒト! 次は干草を運べ!」


「はい!」


「牛舎の床を磨け! ブラシは部屋の隅にある!」


「はい!」


「水を運んでこい! バケツは裏口にある一番でかいヤツを使え! 水は溜池があるからそこから汲むんだ!」


「はい!」


「おとーさん! マルがまた柵を壊した~!」


「なにぃ!? あのじゃじゃ牛め! 修理用の木材を運ぶから手を貸せ!」


「はい!」


 酪農の仕事は初めてだが、これがかなりキツイ。ほとんどが人力なので文明の有り難みを強く思った。

 どうしてこうなったかというと……


 ・

 ・

 ・


「ムネヒト、これからどうするんだ?」


 問われてからようやく気付く。そもそも俺の旅の目的ってなんだ?

 特に魔王を倒す旅でもないし、英雄を目指してもいない。正直言うならおっぱいな訳だが『世界中のおっぱいを我が物にするのだ!』なんて恐れ多い野望も抱いていない。かといってスケベ面晒しておっぱいガン見しながら異世界行脚あんぎゃってのも寂しい。というか普通にアウトだよそれ。

 ぶっちゃけ揉んだりしてみたいし、そういう行いを笑って許してくれる女性と巡り会いたい。


「とりあえず王都へ行ってみたいと思ってます」


 異世界で初めての都だ。気にならない訳が無い。


「なるほど……あっちに知り合いでも居るのか?」


「いえ、いませんが……」


「王都のどこへ?」


「……まだ決めてません」


「宿に泊まる金は?」


「……無い……です」


「そもそも王都が何処にあるか知ってんだろうな?」


「………………」


「お前、旅慣れしてないにも程があるぞ……本当に旅人だったのかよ?」


 返す言葉もない。

 色々あって忘れていたがこの世界の貨幣など持ってない。正真正銘の手ぶらだ。このまま歩みを進めても野垂れ死ぬ可能性は高い。


「ムネヒトさえ良ければだが、しばらくウチに泊まってかねーか?」


「えっ!? い、良いんですか!?」


 ウンウン悩んでいた俺を見かねたのか、そんな事を言ってくれた。


「良いも何も、お前は俺らの恩人だ。王都の事も知ってる限り教えてやるから旅支度が出来るまで居たらいいさ」


 なんて良い人なんだ……!


「じゃあ仕事を手伝います! ただ置いて貰うだけじゃ悪いですから!」


「ん、そうか? そうだな……だったらこうしよう」


 飯付きで家に置いて貰う。今は使ってない部屋があるからそこを利用する。

 牧場の仕事を手伝う代わりにバイト代を支払う。旅の路銀にすればいい。

 特に期間は設けない。


 など、俺の身の上としてはとても助かる事を提示してくれた。


「ただし俺はかなりガサツで大雑把な男でな。いざ仕事になれば恩人客人関係なくコキ使っちまう。それでもいいか?」


「頑張らせて頂きます!」


「よし良く言った! じゃあ早速やるか! まずは着替えからだな。それから……」


 ・

 ・

 ・


「外の牛を牛舎に入れるぞ! 原っぱに牛が残ってないか確認してこい!」


「分かりました!」


「だがあまり近づき過ぎるなよ! 蹴られたら怪我じゃすまないからな!」


「分かりました!」


「次は牛達にマッサージだ! 恋人に触るように心を込めてやるんだぞ!」


「恋人とかいないんで分かりませんでした!」


「何!? そりゃあ俺が悪かった!」


 ・

 ・

 ・


 そんな具合にがむしゃらに動き回り……


「ぜぇ……ぜぇ……し、しぬ…………」


 見事に撃沈である。牛舎の壁にぐったり寄りかかり、干し草と汗でべったりの顔を拭う力も無い。昼食をご馳走になってなければ倒れていたかもしれない。


「頑張るじゃねぇかムネヒト! 魔術士ソーサラーってのは体力は貧弱っていうが、お前はなかなかだな!」


「ど、うも……」


 そういうバンズさんは汗こそかいてるが、呼吸の乱れは全然無い。俺も元の世界では筋トレをやったりしてたが彼は鍛えのレベルが違う。


「お前休んでな。俺は近所の養豚場まで行ってくるからよ」


 そういうと修理したばかりの荷車に銀色の牛乳缶をいくつも載せ、自分もそれに乗り込む。荷車はハナとは違う牛に引かせていた。

 養豚場へ牛乳を届け見返りに豚肉を貰うらしい。物々交換というヤツだ。そういえば昼に食べたソーセージもそれか。


「そうだ。暇だったらそろそろ搾乳の時間だからよ、ミルシェんトコに行ってみると良い」


「えっ……あ、はい」


 バンズさんを見送りながら俺は少し悩んでいた。

 ラッキースケベの後から気まずくて顔を合わせていない。しかし悪いことをしたのは自分だ。事故とはいえ女の子の胸を触ってしまったのだから、誠意ある謝罪をせねば。

 さてどう謝ったものか。


 その1

『さっきは本当にごめんなさい。お詫びに俺の胸を触っていいから!』


 後半は要らんだろ。


 その2

『ありがとうございました! 素晴らしいおっぱいでした!』


 謝れよ。しかも女神様の時にもやったやつじゃねぇか。


 その3

『左だけじゃバランス悪いから右も触ってあげようか?』


 よく思い付いたなゲス野郎。


「えぇい弱虫め! 男だろうが!」


 バシバシと頬を鳴らし立ち上がる。何をウジウジを悩んでる!


「虫? 嫌な虫でもいましたか~?」


「ひょわっ!?」


 いつの間にか後ろに居たらしく驚きに体がバネのように弾む。


「お、驚かせてごめんなさい……あの……ムネヒトさん?」


 逆にミルシェを驚かせてしまったようだ。そんな彼女に対し、俺がすることは一つしかない。


「この度は誠に申し訳ございませんでしたー!!」


 またしても即ドゲザである。情けない話だが頭を下げるしか出来ない。父と娘とコンプリートである。

 俺のせいで異世界転生者の品位が下がってしまうなら申し訳ないなと、土を見ながら思った。

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