第六三話 本条楓
「あ、やば。さすがに限界か……」
疲れから体の力が抜け、仰向けに倒れそうになるが誰かに受け止められる。彼は頭が柔らかい何かの上に乗せられて倒れる形になったのである。
「ああ……お前か」
風成は顔上げると、
「……馬鹿」
啓子の瞳から溢れた涙が一粒、風成の顔に落ちる。
「泣いてんのか?」
「だって、あんた……ボロボロだったし、腕が無くなってたし、死んでると思ったし、でもいきなり守ってくれたし、わけ分かんないわよ!」
背中を丸めて思った事を訴え、胸の辺りが風成の顔と覆い被さる。
「ん~!」
「あ……ごめん」
風成が苦しそうにしてたので啓子は背筋を伸ばした。
「おっぱいで死ぬところだった」
「…………」
「あれ? どうした? いででてっ!」
頬っぺたを赤らめた啓子に顔をつねられていた。彼女は無意識に取った行動だったので何も気にとめていなかったが風成に言われて意識すると顔が赤くなって照れ隠しをしたのである。更に体の上に誰かがしがみついて、風成は思わず「ぐふっ」と声を漏らした。
「ばかぁ!」
ホムンクルスの少女が膝をついて体の右横からしがみついて目に涙を溜めていた。
「お前が無事で良かった」
「わたしもお兄ちゃんが生きてて良かったよ…………あと、これ」
少女は風成が落とした魔刀『
「ありがと」
風成は左手で刀を受け取って「紫苑もお疲れ」と呟くと左手の【収納術式】の中に刀が消えていった。どこからか『傷を治してから修行を始めるぞ』という紫苑の声が聞こえていた。
風成は右手を少女の頬に触れ、左手を啓子の頬に触れので、
「「??」」
彼女達はきょとんとした顔をしていた。
「……レイがどうなっているかは分からないけど、あいつなら無事だろう。少なくとも俺達の中で誰一人欠ける事無くて良かった。みんなここに居るよな」
と風成は上体を起こし立ち上がる。すると、
「「うん!」」
と彼女達が答え、少女は風成の体正面にしがみつき、啓子は体を背後に寄せてきたので風成は戸惑っていた。
「え? あれ? やけに甘えてんな、そ、そういう年頃?」
風成は軽く冗談を言った。場を明るくしようと思ったが彼女達は動かなかった。
「はは、あれ? 本条さん? 熱でもあるみたいな感じかな?」
「ありがとう、一年前、私を助けてくれて、私の家族の力を利用する連中をやっつけてくれて……この子を助けてくれて、ありがとう」
「わたしを生かしてくれてありがとう」
「……ああ、どういたしまして」
彼女達の心からの感謝に真っすぐ答えたが風成自身も感謝していた。二人と出会えて良かったと。
少女は風成から少し体を離して向き合う。啓子も少女が体を離したのを見て自分だけ体を預けてたらずっと甘えてる感じになるのが恥ずかしいので離れた。
「ねぇ、お兄ちゃんの名前、ふーせいって言うんでしょ?」
「風成な、ふーじゃない」
「細かいよ」
「俺もそう思う」
「ふふ、じゃあ下の名前で呼んでいい? もっと仲良くなりたいから」
「いいよ」
少女は「ふーせい」と嬉しく言ってみた。そんな二人のやり取りを見て啓子は、
(私も下の名前で呼びたい……けど言えない、言えないわよ。そんな事言ったら、私が仲良くなりたいみたいになっちゃうじゃない)
と勝手にもどかしさを感じていた。
風成は少女に言う。
「じゃあ、俺も名前で呼んでいいか」
「名前ないもん」
「今から名前を決めればいいだろ」
少女が「わたしに名前……」と呟くと啓子が口を開く。
「じゃあ私の苗字使ってよ」
「いいの?」
「私が許可するわ」
「えへへ、ありがと」
二人が名前はどうしようかと考えていると
「あ、いい名前思いついた」
と風成が口を挟むと啓子が反応する。
「ほんと? あんた、妙に信用出来ないところあるのよね」
「えぇ、さっき絶賛、感謝してなかった?」
「それとこれとは別よ」
「つらっ」
「普段ふざけるからよ」
少女は風成に期待しながら尋ねる。
「ねぇねぇ、どんな名前?」
「俺達って『グリーンパーク』にあるイロハカエデっていう木の前で出会っただろ」
「そういえばそうだったね」
「昨日、俺があの木を気にしたから出会えた気がするんだ。あの木の説明が書いてある立て札を読んでたら走ってくるお前とぶつかった」
「うん」
「偶然かもしれないけど、あの木のおかげで俺達はここに居るかもしれない……それにちなんで楓っていう名前はどうだ?」
「本条……楓?」
「嫌か?」
少女は首を横に振って嫌という事を否定した。
「嫌じゃない! すっごく嬉しい!」
「あんたにしてはやるじゃない」
「なんで上からなんだ」
遠くからサイレンの音が鳴っていた。何故なら、パトカーが来ているからである。近くに住宅地は無いが遊園地のアトラクションが破壊されているので大きな音が響いて気になった住人が通報していたのであった。
風成は言う。
「じゃあ、啓子、楓、帰ろうぜ」
「うん!」
啓子は「え?」ってなった。
「今、下の名前で呼ばなかった?」
「二人とも本条でややこしいだろ、それに仲良くなってきたし下の名前で呼んでもいいだろ」
「べ、別にいいけど。下の名前で呼ばれたからって嬉しくないからね! 別にいいけど!」
「……おう」
啓子は照れを隠すように後ろ髪をかきあげた。
三人は戦闘の跡が残る『ロイヤルガーデン』を離れて歩き始めた。啓子は前を歩き、楓と風成は横一列で歩く形になっていた。
「お姉ちゃん喜んでいるね」
「やっぱ、あれはそうなのか……いや確信が持てない」
「わたしも負けないからね」
「それはどういう意味だ」
「どーいう意味でしょー」
楓が意味深な事を言いだしたので風成はどういう意図なのかと困惑していた。
そして、
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