第四一話 値踏みする義安

 十月風成とおつきふうせい本条ほんじょう啓子けいこが侵入したビルは『D.A.Lab』の本館である。正面玄関に入ると一階は開放的なワンフロアになっていた。電気が点いていないがガラス張りの建物なので月の光と外に設置されている外灯の光が差し込んでいた。


 本館の二階は吹き抜けによって一階から見渡す事ができ、隣のビルに繋がる連絡通路の入り口も見える。二階からは外部から見られない様にガラス張りの窓にはベージュ色のカーテンがついていた。


 風成と啓子はそのビルの一階で早速、四人の人物と遭遇した。そして、啓子がビルに放った炎はビル内部に及んだので四人のうちの一人であるかなで義安ぎあんが結界を展開して防いでいた。


 風成と啓子が結界に目を見張るが、とある人物の存在で直ぐに目を離す。


「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」


 四人の中の一人がホムンクルスの少女であった。


 風成は直ぐに駆け寄ろうとすが、


「待ってろ、今すぐ助けて――ぐべあ!」


 結界が前方に展開されてるのにも関わらず真っすぐ走ったので顔面を強打する。


「あんた、なにやってんのよ! もう馬鹿」


 啓子は風成の有様に緊張の糸が切れてビル中に響くような声を出す。風成は顔を擦りながら後退する。


「いててっ。俺を罠に嵌めやがったな!」

「恥ずかしいから黙ってて」

「ふふっ」


 少女は二人のやり取りに笑うと、つられて笑う人物が居た。


「あっはは、漫才でもしにきたのかしら」

「笑ってる場合じゃないわ、あなた達がいながらこの有様は一体どういう事⁉」


 四人のうち残りの二人は、笑い声を漏らした赤塚あかづか音流ねるとヒステリックな声を出していた白衣を着てる中年女性だった。


 今まで口開かなかった義安が喋り始める。


「本条啓子か。手合わせ願いたいと思うが。赤塚いいだろ」

「私はなんでもいいわ。あなたの勝手にして」

「ふんっ」

「あなた達! 早く侵入者を片付けなさい! こいつはまだ調整中なのよ!」

「いやっ! 腕を引っ張らないでよ! このババア!」

「誰がババアだ‼」


 白衣の女性は少女の腕を引っ張ってた。啓子は見かねて攻撃しようとするが風成が先に結界より上空に跳躍して攻撃をしようとしてた。


ショックウェイブ!」


 風成が右手を引いて全体重をかける様に空中を殴ると空気が圧縮され、空気砲が白衣の女性の顔に衝突する。


「ひん!」


 白衣の女性は顔を仰け反らせながら倒れる。


「「‼」」


 今度は義安と音流は目を見張る。


 風成は着地すると啓子が声を掛ける。


「そんな事出来たんだ」

「ああ‼」

「うるさっ。にしてもあんたも躊躇ないわね」

「あれは許せんだろ」

「まぁそうね。でもあの人ただの無能力者の研究員だった気がするわよ」


 義安は風成の方を真剣に見ていたので音流は恐る恐る尋ねる。


「なにその目付き。気持ち悪いんだけど」

「あの子供。危険だな」

「今度はあの男の子に興味がでたわけ? 私に本条啓子を任せる気? あの家系手強いから苦労しそー」

「悩ましいな」


 風成は二人の会話を聞くとまじまじと啓子を見つめる。


「なっ、なによ」

「なんでお前、あんなに評価されてるんだ」

「家柄?」

「……事実、強いもんな。トレーニングルームで俺どころかレイがお前に勝った所を見た事ないしな」

「強さで褒められても嬉しくないんだけど」


 突如、音流が白衣の女性の元に駆け寄る。


「ねぇ、大丈夫?」

「はぁ……はぁ、助けて!」

「落ち着きなさい、移動するわ。【浮風ふふう】」


 音流は自身と白衣の女性、少女の体を風力を発生させて浮かし始め吹き抜けの二階に移動しようとしてた。少女は思わず、風成と啓子がいる方向に手を伸ばす。


「なっ、待て!」


 風成は再び跳躍するが、


「ぐっ!」


 突如、視界が揺れた。風成はすぐに上空から義安に側頭部を蹴られたのが分かった。風成は地面に体を打つ前に後方宙返りをして着地する。彼には何故、結界を展開する能力を有する義安が跳躍したから現れたのが分からなかった。


「私が行くわ!」


 啓子は手のひらをしたに向けて思いっきり噴射して体を浮かした。それでも吹き抜けの二階には届かなかったので後方に向けて右の足裏から炎を噴射させる。噴射の勢いを利用して前方宙返りで二階に到達する。


 音流の後を追っている白衣の女性に引きずるように引っ張られている少女は連絡通路に入ろうとしていた。


 啓子は音流達を追いかけようとするが一階を見下ろして風成を見た。東京十長じっちょうと呼ばれる強者との戦いはこれまで以上に厳しい。正直、お互い生き残るか分からなかった。啓子は風成が気になったのである。


「死なないでよ!」

「……約束はできない!」

「なっ! 何言ってんのよ!」


 啓子は風成の返答に驚いた。


「だって死ぬかもしれないだろ」

「そ、それはそうだけど!」

「でも俺はあの子を連れて本条と一緒に帰りたいからこいつをぶっ飛ばしたいっていう願望がある!」


 風成は義安を見て言う。義安は嘲るように鼻で「ふっ」と笑った。


「言ってる事、滅茶苦茶よ……でも、そうね。帰りましょ神戸特区に」

「ああ」


 啓子は連絡通路に向けて走り出した。


 義安は啓子が去るのを確認すると口を開く。


「話は終わったか?」

「おう、待たせたな」


 風成と義安の戦いが始まろうとしていた。

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