一章 鋼の街と空の騎士団 2

 空の上には、かつて神様が住んでいた遺跡がある。

 そんなことは子供でも知っている常識で、そんな遺跡を求めて空から空へと飛び続ける人たちがいるというのも、また常識。

 空挺騎士と呼ばれる彼らは、今や世界の中心であり、彼らの元には商機を求めて行商人や武器屋、雑貨屋、その他諸々、多くの人間が集まっている。

 たとえば、俺みたいな傭兵も。

「うおー、今度の鋼船都市はでっけえなあ」

 連絡船から降りた俺は、目の前に広がった景色に思わず感嘆の声を上げた。

 見渡す限りの建物と人の群れ。

 市場では人々が買い物に勤しみ、また子供たちが遊び回る姿も見える。

 まるでお祭りでもやっているような活気。前にいた鋼船都市の倍は人口がありそうだ。

「ここが船の上なんて信じられない規模だな」

 石畳で出来た通路の脇には小川が流れており、等間隔で木も植えられていた。

 鋼船都市とは、空を飛ぶ鋼鉄の船の上に出来ている街のことである。

 この船一隻が独立した一つの国家として機能しているが、空を飛ぶという関係上、そこまで都市機能を充実させられないものも多い。

 にもかかわらず、この街のなんとしっかりしたことか。

 ここ一年で、一番の都会かもしれない。

「これなら遊ぶ場所も色々とありそうだ。まずは美味い酒が飲める場所でも探すかなー」

 上機嫌になった俺は、独り言を呟きながら街を観光して回ろうと歩き出す。

「――雇い主への挨拶より先に、まず遊ぶ場所の確保ですか。急を要する案件だと伝えていたはずですが、これは聞いていた以上の問題児ですね。高い報酬を払うのですから、観光気分は捨てていただきたい」

 唐突に、どこかから冷たい声を浴びせられた。

 振り向くと、そこには不機嫌そうに眉をしかめた一人の少女が。

 首の後ろで束ねた銀色の髪、紅玉ルビーをはめ込んだような赤い瞳。

 黒を基調としたシャツに赤いスカートという軽装ながらも、金属の胸当てや肘当てを着けている姿は、紛れもなく空挺騎士のものだった。

「『叡智の雫』の人間か?」

 訊ねると、少女は胸を張って頷いた。

「ええ。空挺騎士団『叡智の雫』、副団長のアリア・カートライトです。あなたは『騎士もどき』――アインハルト・ウィラーで合っていますか?」

「おう。無駄に長いし、ハルトって呼んでくれていいぞ。よろしくな、アリア」

 握手をしようと手を差し出してみたが、アリアは難しい表情をしたまま、握り返そうとしてこない。

「……よろしくお願いします」

 アリアは申し訳程度に答えると、握手をしないまま踵を返した。

 ありゃりゃ、嫌われちゃったかねえ。随分と真面目な子みたいだ。

 あるいは、俺と組むのがよほど不本意だったか。

「私たちの本拠地に案内します。付いてきてください」

「あいよー」

 事務的な彼女の言葉に応じ、その背中を追った。

 まあいい、俺の悪評なんて今更だ。こういう態度を取られるのも初めてじゃない……っていうか、これが普通の反応である。

 そんなものでいちいち傷つくほど、俺は純朴な男ではないのだった。

「にしてもさ、アリアって何歳? さっき副団長とか言ってたけど、随分と若いのな」

 俺は隣に並ぶと、少しでも仲良くなろうと会話を試みた。

「十六歳です。副団長になったのは一昨年で、今はまだ見習いのようなものです」

 アリアは乗り気じゃないようだったが、それでも会話に応じてはくれた。

「ほう、稀に見る出世の速度だな」

 十六歳ということは、俺の二歳下である。その歳でたいしたもんだ。

「いいえ、あくまで見習いですから。おかげで色々と厄介事も背負わされて大変です」

「そうか。まあ俺が来たからには安心だな。その厄介事とやらを見事に解決してやろう」

 胸を張って請け負う俺に、アリアは無言で白い目を向けてくる。察するに『お前が厄介事筆頭なんだよ』というところか。

「……もういいです。ほら、着きました」

 くだらない話をしているうちに、本拠地とやらに着いたらしい。

 俺の背丈の十倍はあるだろうか、鉄と石で出来た巨大な白亜の建物。

「おー」

 その威圧感に、思わず唸ってしまう。

「団長は中にいます。行きましょう」

 俺が本拠地に感心したのが誇らしいのか、アリアはさっきまでより少しだけ柔らかい態度になる。

 彼女に付いて中に入ると、外よりも少しだけひんやりとした空気に出迎えられた。

 少し湾曲した廊下に、同じような作りの部屋がずっと続く構造。

 階段を見つけるのは難しく、初見では迷子になること間違いなしのややこしい建物になっていた。

「……なるほど。この都市も色々と大変そうだな」

 思わず呟くと、アリアは俺のことを一瞥した。

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ。この都市、治安悪いだろ。特に騎士団同士の喧嘩がしょっちゅう起きてる。こりゃ昨日今日の因縁じゃないな。昔からそういう連中が集まる場所ってことなんだろう」

 騎士というのは、優れている奴ほど気性が荒いことが多い。

 求心力カリスマのある人物がいて、そいつに全ての騎士が統率されているのならともかく、同じような力の騎士団が街にいくつかあると、こういう問題はよく起きる。

「……急によく分からないことを言うんですね。どこを見てそれを判断したのですか?」

 警戒するように訊ねてくるアリア。

「本拠地がこんな構造してりゃあな。これ、攻め込まれる前提の作りだろ。案内なしに乗り込んできた人間が迷うように作ってある。争いのある証拠だ」

 簡単な所感を述べるも、彼女は無表情を貫いた。

「なるほど。しかし、それだけの情報では、内部の争いかどうかは断定できないでしょう。もしかしたら、他の鋼船都市と揉めているのかもしれませんよ」

「それはない」

 アリアのかまかけを即答で否定する。

「他の都市と揉めているのなら、街全体を迷路にするはずだ。騎士団本拠地の内部なんていう、街で一番攻略の難しい拠点の防備だけを厚くする意味はない。この街の表通りは無防備で、分かりやすく作られていた。外敵に備えているわけじゃないのは一目瞭然だ」

 だから、この構図は内部での勢力争い――即ち、騎士同士の武力衝突が起きているとしか説明が付かないのだ。

 俺の推測に何を思ったのか、アリアは認めるように吐息を漏らす。

「……世界を見てきた人間の観察眼、ですか」

「まあ、そんなとこ」

 別にそこまで自慢するほどのことでもない。

 いくつかの鋼船都市を巡れば、誰でも分かるようになることだ。

 アリアは納得したように頷くと、少し苦々しげな表情をした。

「うちも荒々しい人間がいくらかいますから。『騎士もどき』、あなたのような態度だと、厄介事に巻き込まれかねませんよ」

「ほう、そりゃ楽しみだ」

 俺が笑ってみせると、アリアは露骨に嫌そうな顔をした。

「……一応、警告はしましたから。あとはどうなろうと自己責任です」

「了解」

 気楽に頷くと、会話が途切れる。

 そのまましばらく歩くと、一際豪華な作りをした扉の前に辿り着いた。

「ここです――団長、アリアです。ただ今戻りました」

 扉を叩きながらアリアが声を掛けると、中から渋い声で「入れ」と返ってきた。

 アリアと二人、室内に入る。

 広い割に物が少ない、淡泊な室内。

 騎士はいつ死ぬか分からないため、常に身の回りの整理をする奴が多いが、この部屋のあるじも、そういう系統の人間なのだろう。

 そんな評価を下しながら、部屋の奥にある執務机に座った男に目を向ける。

 ――強いな。

 それが、第一印象だった。

 筋肉質な浅黒い肌と、一瞬で俺を観察し終えた鋭い瞳。

 いくつもの死線をくぐり抜けてきた、熟練の騎士特有の雰囲気がある。

 そんな第一印象とは裏腹に、団長とやらは立ち上がるなりニカッと豪快な笑みを見せて歩み寄ってきた。

「よく来たな、『騎士もどき』。鋼船都市リーザルトと、騎士団『叡智の雫』へようこそ。俺が団長のギルベルト・リンデンベルクだ。お前を歓迎しよう」

 言いながら、その大きな手のひらを俺に向けてきた。

「ああ、よろしく団長殿。アインハルト・ウィラーだ。ハルトって呼んでくれ」

 互いに軽く力を込めた握手。

 触れ合うと更によく分かる。この男、俺が出会った中でも最上位の強さだ。

 握手を解くと、彼はまた執務机の椅子にどっかりと腰を掛ける。

「さて、ハルト。お前の処遇は副団長に一任してある。基本的に俺は関知しないものだと思ってくれ」

 突き放すような団長の言葉に、俺は大人しく頷いた。

「了解。ま、誰の駒だろうと関係ない。俺は俺の仕事をこなすだけだ」

「はっはっは。頼りになるな? アリア」

 今まで黙っていたアリアに話を振ると、彼女は心なしか不機嫌さが滲む無表情のまま溜め息を吐いた。

「……そうですね」

 反論するのも面倒くさい、と言いたげな肯定。

 本当に俺を使うのが不本意だったんだろうなあ。まあ、普通の人間はだいたいこういう反応を示すものだけど。

 自分で言うのもなんだが、基本的に自由気ままな男なので、雇う側にとっては非常に使いづらい男である。直すつもりもないけどね。

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