一章 鋼の街と空の騎士団 1

「私は反対です!」

 団長室に、少女の怒声が響いた。

 首元で括った銀色の長髪を揺らし、赤い目に激情を宿しながら、彼女は目の前の男を睨み付ける。

「『騎士もどきネームレス』を我が空挺騎士団に入れるなんて、何を考えてるんですか! 団長!」

 張り詰めた空気。

 部屋の隅に固まった団員たちは一切口を開くことができず、その怒りに身を竦ませる。

 弱冠十六歳という年齢でありながら、少女には大人たちを凌駕する存在感があった。

 そんな中、団長と呼ばれた男だけは面白そうに少女を見つめ返している。

 褐色の肌と筋肉質な肉体。猛牛を思わせる巨躯には、いくつもの古傷が刻まれており、彼が歴戦の騎士であることが窺えた。

「何を考えてるって? そりゃあ『空の遺跡ロストガーデン』攻略のことを考えてるに決まってるだろ。うちの団員だけじゃ攻略は不可能だから、外から傭兵を雇う。傭兵の中で一番腕があったのが『騎士もどき』だったから、奴を採用する。何かおかしいところでもあるかい? アリア」

 少女――アリアにそう切り返しながら、団長は部屋の窓に目を向けた。

 窓の外に広がるのは、一面の空と雲。

 その先に、大きな空中都市が見えた。

 植物が生い茂り、外装は剥げていながらも、まだ大空に浮遊し続ける古代都市の遺跡。

 『空の遺跡』。

 彼ら空挺騎士団の面々から、そう呼ばれている存在だ。

「大ありです。『騎士もどき』の評判を知らないわけではないでしょう。腕は立つものの協調性のない問題児。傭兵の中で最も扱いづらい者の一人と言われている自由人だと」

 曰く、『空の遺跡』内部での単独行動の常習犯。

 曰く、彼と行動を共にした者は必ず心に傷を負う。

 曰く、私生活にだらしなく、集団行動ができないはぐれ者。

 その実力の高さと比例するように、悪い噂、怪しい噂も後を絶たず、多くの騎士団から『便利な厄介者』として扱われている存在だ。

 正直、アリアの一番苦手な人間性である。

 しかし、彼女の懸念を、団長は鼻で笑った。

「傭兵に協調性など最初から求めとらん。大事なのは腕が立つかどうか。そして職務に忠実かどうかだけ。その点で見れば、あの男ほどの逸材はそういない」

「……ですが、遺跡攻略には仲間との連携が必須です。自分本位な人間が入ることは、時に致命傷を生むでしょう」

 なおも言い募るアリアに、団長は肩を竦め、わざとらしく溜め息を吐いてみせた。

「そこまで言うなら仕方ない。お前なら奴を使いこなせると思って雇ったんだが、まあ俺の勘違いだったらしいな」

 その言葉に、ピクリとアリアの眉が動いた。

「……どういう意味ですか」

 まんまと食いついたアリアに、団長はろうかいな笑みを浮かべてみせた。

「言葉通りだが? お前なら多少厄介な傭兵でも使いこなせると思って、あの男を買った。だが、お前にはそれができないんだろう? なら、違約金を払ってあの男には帰ってもらうしかない。なに、金なら気にするな。あの男は実力の割に手頃な報酬の男でね」

「誰も使いこなせないなんて言ってません!」

 少女の激高も、百戦錬磨の男には届かない。

「言ってるのと同じさ、アリア・カートライト副団長。少々人格に問題がある程度で能力のある人間を使いこなせないというのなら、お前の器はその程度ということだ。副団長ともあろうものがこの有り様では、うちの未来も暗いな?」

 思わず、アリアは黙り込む。

 安い挑発ということは分かっていた。

 しかし、団長の言葉に一理あることも事実。

 そしてその一理を認めてしまった以上、この挑発から逃げることは彼女の自尊心が許さなかった。

「……いいでしょう。その傭兵、私が使いこなしてみせます」

 その答えに、団長は満足そうに頷いた。

「それでこそだ。では空挺騎士団『叡智の雫ウイズダム・ドロツプ』副団長、アリア・カートライト。『騎士もどき』を見事使いこなし、双子遺跡を攻略せよ」

 威厳ある団長としての命に、アリアの背筋も伸びる。

「――かしこまりました」

 そうして彼女は一礼すると、くるりと踵を返して部屋を出ていった。

 それを見送ってから、団長は一人ほくそ笑む。

「……さて、うちの堅物副団長は、あの傭兵をどう使うかね」

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