第8話:マナと暗黒物質の関係性


「しかし連中の混乱し切った間抜け面、何度思い返しても傑作だったなあ」

「笑い事じゃないと思うんだけど。魔力0なんて、悪い意味で前代未聞よ」


 騎士王学院の正門をくぐってすぐ、玄関前に設けられた噴水広場。

 そこのベンチに腰掛け、俺はシンディと語らっていた。既に夕暮れ時で、俺たち二人の他に生徒の姿はない。


 測定の後には入学式が待っていたが、語るほどの内容がなかったので割愛。

 学院長や主席の話も、やたら騎士王の血筋を賛美して偉そうにふんぞり返るだけの、つまらない内容だったしな。研究材料候補を何人か見繕えたのが、せめてもの収穫か。


「魔力は多かれ少なかれ、貴族でも平民でも当たり前に持っているモノ。それこそこの世に生きる全ての生き物は魔力を持っている。それが全くないなんて、明らかに異常よ。先生が計測器の故障だって判断したのも当然ね」

「まあ、この世界の生物は自然と大気中のマナを取り込み、体内で魔力を生成するからな。普通の人間からすれば、俺は呼吸もせずに生きているようなものか。その程度で驚くようじゃまだまだだな。世界はもっと未知に溢れ返っているというのに」

「簡単に言ってくれちゃって……。はあ。私、とんでもない人と関わっちゃったかな」


 それは今更に過ぎる話だろう。

 なにせ悪の《大首領》に目を付けられたのだ。魚釣りや山登りをしていたら、偶然怪人に出くわしてしまった犠牲者並みに運が悪い。


 いやはやご愁傷さまとしか言いようのない、笑える話だ。


「それで、一体どういうことなの? 君が操る黒いのと関係があるの?」

「察しが良いな。アレは《暗黒物質》。簡単に言えば、マナから抽出できる純粋な闇の力……いや、お前たちが思っているような邪悪の類じゃないぞ。火や水と同じ自然の一部、夜の暗闇を構成する物質だ」


 宇宙を満たす暗黒物質は、宇宙線と共に降り注いで地上にも満ちている。

 そしてその暗黒物質に、この世界独自の元素を加えた化合物こそが《マナ》なのだ。


「俺の体は、マナから抽出した暗黒物質をエネルギー源としている。逆に言えば、俺にとってマナとは余分が混じった不純物なのさ。だから俺の体は魔力を一切持たないし、魔力を測定するやり方では俺の力を測れないわけだ」

「そんな物質、聞いたこともないわ。実際この眼で視えるから、信じるけどね。どうして、ギルはそんな体に? 私みたいな、生まれつきの障害なの?」

「いいや、自分でこういう風に体を作り変えたのさ。俺は《怪造人間》だからな」

「体を、作り変える……!? 改造ってまさか、自分の体に手を加えたっていうの!? それって禁忌じゃない!」

「禁忌? ああ、そういえば健全な肉体を過剰に尊び、足の欠陥一つをギャアギャア騒ぎ立てる馬鹿馬鹿しい思想が騎士にはあったか。なるほど、お前たちからすれば、肉体に後から手を加えるのは禁忌というわけだ」


 治癒魔法が存在するこの世界には、外科手術の概念も発達していない。せいぜい内服薬の類がある程度だ。そのため治癒魔法で解決できない生まれつきの障害は、人として欠陥品だという永遠の烙印になるのだろう。


 肉を裂き、体の中身をいじって治したり。ましてや壊れた四肢や臓器を、機械仕掛けで代替するような真似は、神をも畏れぬ狂気の沙汰というわけだ。

 ああ――全く持ってくだらない。


「くだらん。くだらん。脆弱な生身の肉体に執着するなど、馬鹿げている。獣よりも力強く駆ける足、鳥よりも高く飛ぶ翼、魚よりも深く自由に泳ぐ肺。もっともっとと、全てを手に入れたがる強欲あってこその人間だ」

「強欲でこその、人間……」

「お前もそうだろう? シンディ。お前は望んでいるはずだ。自由に動く足を。お前を見下す凡愚どもよりも高く、速く、強い足を。息苦しい窮屈な世界から飛び出すための力が欲しいと。俺はお前に、その全てを与えてやれるぞ」

「ぎ、ギル?」


 拳一つ分ほど空いていた距離を詰め、シンディの顎を持ち上げつつ瞳を覗き込む。


 深い水底に渦巻く怒り、憎しみ、葛藤、渇望。善と悪の狭間で揺れ動くこの眼が、俺は大好きだ。そしてこの少女は、に引きずり込むと決めている。


 至近距離でシンディが目を離せずにいる隙に、俺は空いた方の手を下に伸ばす。

 そして……シンディの足に、スフィアダガー装填済みのスロットを装着させた。


『エンチャント』『《スプリングホッパー》』


 暗黒物質がシンディの足を包み、発条仕掛けが備わった異形の足を形成する。

 性能こそ下がるが、スロットを使えば生身のままでも魔物の力を引き出せるのだ。


「これって――!」

「さあ、跳べ。シンディ」


 湧き上がる力に、驚愕も困惑もシンディの目からは消し飛んでいた。

 俺に促されるがまま、力の限り大地を蹴る。


「わ、キャアアアアアアアア!?」


 シンディにとっても俺にとっても予想外で、期待以上の跳躍。

 驚愕と歓喜の混じった悲鳴が尾を引きながら、あっという間に小さくなる彼女の背に、俺は堪え切れずに笑い転げた。


「ブハハハハ! お前は本当に面白いなあ、シンディ」


 ひとしきり笑い終わった後、俺はドライバーを装着して彼女を追った。


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