28.後の祭りと暴けない真実

 私はまた・・真っ白なところにいた。


 ううん。今度は違う。

 だって、私はワタシ・・・を見下ろしているんだもん。


 ああ、ここってあのときの場所だよね。


 そうそう、神様は見捨ててくれなかったとき。いや、放っておいてくれなかったんだっけ。もう、今となってはどっちでもいいんだけれどね。

 それにしてもなんだかよくわからない真っ白な場所で、神様(仮)は私に問いかけてきたんだったような気がする。


『新しい世界で生活してみないか?』

「断ります。もうゆっくりさせてください」

『いや、でも、まだし足りないこととかあったんじゃないのか?』

「ありますけど、特に今更したいなんて思ってはいないので、結構です」

『……――じゃあ、異能力を持ってみたいとは思わないか?』

「う―ん、面白そうですけどぉ」


 私はそのあとに起こることなんて全然知らなかったから、滅茶苦茶やる気のない返事だなぁと苦笑いしてしまった。

 そう。《普通》の子供として過ごすことも、アイリーンやミミィ、そしてジェイドさんたちと出会うこともそのときは知らなかった。


『じゃあ、決まりだな。では神川かみかわ美湖みこ、地球で巫女だった君にぴったりの異能力スキルを授けよう。とくに使命なんてない。ゆっくり・・・・と暮らすがよい』



 うん?

 今神様コイツ、なんて言った?

 ゆっくりと暮らすがよい?


 そうだった。あの神様アイツは人の言葉をロクに聞かずに放りこみやがったんだっけ。

 ぶつちゃけ面倒だな。異能力なんかってあれでしょ? なにかに巻きこまれるアレですよねって、思ったキオク・・・があるよ。

 結局、なんにもゆっくりと過ごしてなんかいない。それどころか、今現在進行中で魔王に捕らわれていたんだっけ。



『じゃあね、神川美湖。ボクは君の素敵で厄介な異世界ライフを応援バックアップしてあげるから』

 あれ? 今更だけれど、私を呼んだ人ってなんか魔王あのひとと声が似ている……――?



 そこまで思いだしたときには気がついた。もう安全な状態になったんだと。


 体が軽い。

 そっか、私はよく寝たんだ・・・・っけ。

 魔界時間とヒトの時間は違うから、正確な時間のずれはわからないけれど、とりあえずここの時間は夜のようだ。それに魔界あちらはもう魔王がいないはずだから消滅しているはず。だから、“ヒトの時間”で“夜”で問題ないだろう。

 それに見覚えはないにもかかわらず、すごくよく落ち着く場所っていうことは多分、王命を受ける前の『ラテテイ』が使っていたようなところにいるんだろう。


 息をついて周りをよく見ると、だれかが私の傍でソファにもたれかかってすやすやと寝ている。あの金髪ってやっぱり綺麗だな。間近で見たくなったけれど、ちょっとした振動でその人を起こすのには忍びなかった。

「目が覚めたか」

 けれど、は私が起きていたことに気づいたらしい。

 薄暗いところでもよくわかる青色の瞳は不安げにこちらを見ていた。

「はい……ご迷惑をおかけしました」

「まったくだ。でも、無事でよかった。詳しい話はまた、しっかりとするからまずは休め」

 さすがに“騎士さん”を信じて、だれにもなにも言わずに宿を出ていったことは反省してイマス。

 私でもそれをされたらおこだよ、おこ。

 ジェイドさんは少しため息をつくだけで、それ以上なにも言わない。

 その優しさ、嬉しいけれど、もっときちんと怒ってほしいな。

「ありがとうございます」

 でも、その優しさに甘えることにした。多分、ほかの人に怒られそうだから、ね。

「とにもかくにも今は休め。王都に戻ったら、魔王封印にかかわったものとして、殿下と騎士団から聴取を受けなきゃいけないからな」

 うっそぉーん。

 マジですか。

 いや、当事者なんだからそうなる可能性だってわかってたけれどさぁ。ねぇ?

 いつの間にか近くにいたジェイドさんは、しょんぼりとした私の頭を撫でてくれた。私は頷いて、もう一度眠ることにした。


 今度はなにも昔を見ることはなかった。



 翌朝、すっきりと目覚めた私はジェイドさんともう一人、元気な人と朝食をとっていた。二人に言われて知ったことだけれど、どうやらここはあの廃墟となった魔王城の近くらしい。

「元気そうでなによりだよ」

「本ッ当にご迷惑をおかけしました」

 もう一人の元気な人、レオンさんは私を見るなりギュッと抱きしめてきた。

 しかもなぜか、抱きしめただけで監禁生活だったみたいだけれど、栄養状態もよさそうだねぇ~と、滅茶苦茶軽いノリで言ってくるあたり、デリカシーには欠ける人だけれど、それでもその接し方にはすごく嬉しくなった。

 っていうか、レオンさんにも迷惑かけていたんだよねぇ。

 レオンさんが連れてきた騎士の一人に騙され、レオンさんという名前につられて出てしまったとはいえ、私たちを警護してくれたのはレオンさんたちなんだから。

 私の謝罪にううんと首を振って、頭をポンポンとされる。


「ううん、俺は大丈夫だよ。だって、俺の名を使われたんだろう? しかも、事前にチェックしていたのにもかかわらず、成り代わられたんだから、不可抗力でしかないさ。それよりもジェイドの方が――痛ッい……――っうか、怖いんですけれど!」


 途中で涙目になりながらジェイドさんの方を見るレオンさん。

 どうやらジェイドさんのことを話そうとしたらしいけれど、当の本人に物理的な無言の圧力をかけられたらしい。

「余計なことは言わなくていい」

「余計じゃないでしょ!」

 なんだかこのやり取りがすごく懐かしかった。

 やっと私は帰ってこれたんだと、あらためて実感できた。

 レオンさんはそんな私になにはともあれ無事にミコちゃんが戻ってこれたんだから、まずはそれをあいつらに労ってもらわないとなとしまりのない笑顔で笑い飛ばす。

 だれが私を待っていたんだろうって思っていると、お前、自己評価低いもんなとジェイドさんに慰めとはまた違うような言葉を投げつけられたけれど、そうなのかな。


「ああ。俺だけじゃなく、ニコラスやユリウス、エリックだって、それに――――いや、なんでもない、みんな・・・、ミコちゃんの帰還を待ち望んでいたからな」


“みんな待っている”と言ったレオンさんの顔は決してすがすがしいものではなかった。どちらかというと、すべてを受けいれざるを得なかったという顔。

 多分、きっと魔王ガープ、いや、ヴィルヘルムさんのことを思いだしたのかなぁと考えてしまった。けれど、あのままだときっとこの先、ロクでもないことが起きた予感もするから、きっとこれでよかったんだろう。

 そうだよね、ジェイドさん?

 私がそっと彼を見ると大丈夫だと強く頷いてくれた。


「じゃあ、とりあえず王都に戻るか」

 ほんの少ししんみりとした朝食になっちゃったけれど、それでも前に進まなきゃいけないし、必要な人にはすべてを話さなきゃいけない。

 ジェイドさんもレオンさんも少し寂し気な顔だったけれど、多分、私と同じ気持ちなんだろうと感じてしまった。



「そういえば、すごい気になっていたことがあったんですけれど」

 なんかいろいろと違和感があったけれど、とにかく早く王都に戻らなきゃいけないそうで、私たちはニコラス殿下が手配してくれた馬車に乗って動きだしたところで、その違和感“その一”がなんなのか理解できた。

 私が突然声を上げたのにジェイドさんがなにか体調でも悪いのかと驚いていた。外にいたレオンさんに窓の近くに寄るように合図を出していた。

 いや、違うんですと私は軽く首を振って、質問を投げかけた。


「今って、私が連れ去られてから何日目ですか?」


 私の突飛な・・・質問にジェイドさんたちは顔を見合わして、頷きあう。

 うん?

 なにかおかしなことでも言ったかな。


「十二日目だ」

「十二日目だけど?」


 ほっほう……

 うん? 待った。なんか結構日が昇ったり沈んだりしていたせいで、魔界では二十日以上過ごしていたと勘違いしていたけれど、たったの十二日でしたか!!

「全然時間経過してないじゃん!」

 なんだか、魔王に最後の最後までしてやられたなぁ、アハハ。でも、なんのためにあの人はそんなことをしたんだろうかと思って二人に尋ねたけれど、二人とも首を傾げるだけだ。

「どうだろうな。ただの趣味としか思えない」

「そうだな。でも、あいつのことだから、もしかしたらなんか意味があったのかもしれんな」

「今となっちゃあ理由はわからんが」

「だねぇ。ミコちゃんも貧乏くじ引かされちゃったのかな?」

 レオンさんもジェイドさんもヴィルヘルムさん、いや魔王ガープの意図まではわからないようだった。

 なんか狐につまされた感じがするけれど、でも……どこかで会えるのならば、もう一度、今度は普通に会いたいな。

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