27.封印

 私は魔王から言われた言葉に呆然としてへたりこんでしまったけれど、ジェイドさんは違った。ゆっくりと私を連れ去った男の方に進んでいく。

「なんだ? 動けない俺をその斬れない剣で斬りにきたのか。もう一度、俺に負けるつもりか」

 魔王は皮肉気な笑みを浮かべながらジェイドさんに言うが、きっと本心では違うような気がした。

 ……だって、あんだけジェイドさんと打ちあったあげく、私のスキルで閉じこめられた魔王にはもう魔力が本当の意味で少なくなっていると思うんだよね。

「いや、違う」

「じゃあ、なんの用だ」

 目の前の男から言われことはジェイドさんもきっと、理解しているのだろうけれど、それでもきちんと否定をした。


「ミコの『洗浄』ならば、おそらくお前のその魔性の部分だけでも消せるはずだ。もう一度“ヴィルヘルム・タリンプ”として生きてみないか」


 なるほど……なるほ、ど……――――?

『洗浄』は『厄除け』に比べれば効果は弱いし、魔王は封じこめられない。

 でも、なるほど。

 その技術を応用すればなんとかいけるのかもしれない。

 やったことはないからわからないけれど。

 というか、そもそもそんな事態に陥ったことさえないんだけれど。


「……ふんっ、お前もたいがい甘っちょろいな」

 魔王は鼻を鳴らしながらジェイドさんに言いかえすが、さっきまでの威勢はない。

「そうだろうな。厳しい部分は兄にすべて持ってかれたからな」

 その言葉に対して真面目に返すジェイドさん。


 真面目か。


 ……――いや、真面目だったな。

「そんなんでお前、これから先、やっていけるのか?」

「さあ、どうだろうな。これからのことはこれから考える」

「せいぜい足をすくわれないようにしろ」

「そうさせてもらう」

 しかも、真面目に忠告する魔王って、なんだか積年のライバルが和解した瞬間っぽいなぁ、この空間……――なんていうんだろうか。ジャン〇やマ〇ジンのような胸熱ムネアツ展開ですか!?

「で、お前はどうするのか、魔王ガープ」

 ジェイドさんはその忠告を軽く受け取ったあと、再び問いかける。なにか気がかりなことでもあるのかな。

「お前が姿を借りた相手が消えれば、間違いなくこの国は大きな騒ぎになる。なぜなら三公爵四侯爵のひと――」


「知ったこっちゃない」


 彼の言葉を魔王は遮った。

 ジェイドさんを見つめる眼差しに迷いはなく、だからといってやけっぱちというわけでもなさそうだ。

「私は“ヴィルヘルム・タリンプ”ではない。だから、ヒトの世には不要なものだ」


 ミコ・ダルミアン、しばしこの鎖を外してくれないか。


 魔王の言葉にジェイドさんは声を上げようとするが、私は魔王を縛っていた鎖を外した。たぶんこの人はもう、なにもできない・・・・・・・

 だから大丈夫。

 私はそっとジェイドさんを見て、頷いた。

 案の定、魔王は私たちや、ヒトが住む世界へなにかをしようとするそぶりを見せずに、ただ中央におかれた石櫃のもとへ近づいて、この前の剣をそこにあてながら詠唱を紡ぎはじめた。


 ――――さあ、解放されよ。三十五の配下の魔物たち。

 ベルクス、メルツィネ、汝らはこの宮殿の護りを解け、――デュエモク、リンコンギ、お前たちに辺境における武装を解け。

 ――――すべての生命いのち精魂たましい、大地の礎となれ。

 ――――我がまことの名、ガープの下に集いしものたちよ、等しく解き放たれよ。


 魔王の言葉は暖かかった。

 今まで――――宿屋から出た私を誘拐したときから、今まででもっとも。

「なにをした」

 それでもジェイドさんは信用できなかったらしい。

 当たり前だろう。

 私はこの人――魔王ガープ、“ヴィルヘルム・タリンプ”と名乗っていた人が魔王になるときから知っていたけれど、ジェイドさんははじめて見るから、これが果たして本当に私たちを攻撃しないものかはわからないのだろう。

 しかし、魔王はそれを咎めるでもなくただ寂しそうに笑う。

「私の名に縛りつけていたものたちを解放したまでよ」

「……――――!!」

 かつての“友人”の言葉にジェイドさんは息をのむ。ついでとばかりに指を鳴らす魔王。そこには今までの勢いはない。

「これでタリンプ城も元の世界に戻した」

 どんだけあんたは規格外なんですかと呆れたようにジェイドさんは言うが、それは私も同感だった。まだ魔王は、いや“ヴィルヘルム”さんは強大な魔力が残っていたのか。

「ククク。これでも一応魔王だから、これぐらいのこと朝飯前だ」

 ああ、そうか。

 この人は根っからの魔王なのか……――いや、魔王でいることをやめられなかったのか。


「ミコ・ダルミアン。お前に“神の祝福”をあげよう」


 魔王の言葉に首を傾げざるをえなかった。

 魔王なのに“神”の祝福って、どういうことですかね。

「この前言った魔王としての権能の一種だ。おそらくこれからキミに必要となるものだ」

 なるほど。

 もともとは創造主の分身が暴走したのが魔王なんだっけ。だから、“神”の祝福で間違いないのか。

 にっこりと笑った魔王は私の方に近づいてきて、そっと額に口づける。魔王の唇は意外とと言うべきなのか、少しひんやりしていた。

 ジェイドさんはしばらくの間、緊張していたみたいだけれど、魔王が私から離れ、なにもされていないことを確認した後に構えを解く。


「先ほど、キミがしようとしていたことの続きをしなさい」

 ガープさんの言葉が理解できずにいると、先ほどの鎖を彼は持ってくる。

「私を止めようとしとして祈っていたことをもう一度祈ってくれないか」

 その言葉に私は理解はできた。

 が、理解しただけだ。本当にいいのかとジェイドさんに視線を投げると、頷きが返ってきた。

「ミコ、祈れ」

「あ、はい……?」

 もうガープさんの意思を変えることができないと判断したようで、構わないと言われてしまった。

 私は照準をガープさんにあわせて、意識をすべてそちらに向ける。


 魔王を封じこめて、お願い――――


 すべての力で封じこめるような想いで、力業ではなく結界・・を張るような感覚で祈った。

 その瞬間、魔王は描いてもいないはずの黄緑色の煌めく魔法陣に封じこめられ、それがゆっくりと回りはじめた。

 やがてその光は小さくなっていき、石櫃に吸いこまれるように消えていった。

 どうやら魔王ガープはこのときをもって石櫃に封印されたようだ。

 よかった。

 これで私たちは無事にみんなのところへ帰れるんだ。

 そう思ったら、足の力が抜けて倒れこむのが分かったんだけれど、どうしようもないからそのまま意識を手放すことにした。


 床に倒れこむ瞬間、だれかのぬくもりを感じた。

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