第5話


「なあ?」

「ああ」

「・・・」


 誠の異様な様子には警戒しながらも、複数のプレイヤーが頷き合い歩み出る。


「ちょっといいかな?」

「あぁん⁈」

「そんな、苛立たないで・・・、さぁ?」

「・・・」


 誠の荒々しい対応にも、落ち着いて語り掛ける獣人族のプレイヤー。

 

「君も嵌められたのなら、その天人って人に恨みもあるだろう?」

「・・・」

「呼び出す為にメールしてくれないか?」

「そうだよ」

「メールを無視してるなら、せめてその人の情報をくれないかな?」


 誠へと歩み出たプレイヤー達の対応は冷静なもので、誠がカフチェークの製作者であると漏らした事は不問とし、取り敢えず情報収集を優先しようというものなのだった。


「そうですね。それが現状建設的ですよ」


 仲間を得た事で安堵からか、落ち着きを取り戻した様に誠へと語り掛ける龍人族の男。

 この状況では真っ当な意見ではあったが、それを語った相手は正常とは決して言えない男な事を考慮出来て居らず、それを次の瞬間に知る事となる。


「・・・」

「分かってくれたんですね」

「・・・ぇ」

「え?な・・・、っ⁈」

「うるせぇってんだよぉぉぉーーー‼︎」


 若干俯き加減で歩み寄って来た誠に、勝手に話が通じたと判断した男。

 その表情が見えたとしても、誠の真意が判断出来たとは言えないが、一瞬の油断を生んだのは確か。


「ちょ・・・!」

「うらぁっっっ‼︎」


 蒼光の輝きを放つ剣を握った誠は、男がロングソードを構えるより速く、迅雷一閃を男の首元へと迷いなく放つ。


「っっっ⁈」


 男の浮かべた驚愕の表情は一瞬。

 次の瞬間には首から先が無くなった男。


「健一!」


 崩れ落ちる恋人だった男の身体を受け止めた小人族の女は、その重さにバランスを崩し尻餅をつく。


「お、おい!」

「何て事をするんだ‼︎」

「あぁん⁈何だと・・・」


 男と共に誠を説得していたプレイヤー達は、この状況での誠の凶行に非難の声を上げる。

 プレイヤー達も全員が運営のメールを心底信用している訳では無いが、アイタースの発表からこれまで、イカロス社が官との連携を進めて来た経緯から、このハードが今までのハードとは次元の違う技術を用いた物なのは理解していた。

 その為、使用に関しては誓約書と個人情報の登録が必要となり、現状の様な不測の事態に際しては、無闇な行動は取らない様にアナウンスがされていたのだった。


(それにしては踏み込み過ぎなんだが・・・)


 全プレイヤーの中には誠の様な者も居れば、彼等の様な者達も居る。

 それは結果的には彼等も越えてはならないラインだったのだが、同時に此処で誠を見失えばとも考える事が出来、彼等の行いを愚かと責める事も出来ないのだった。


「健一!しっかりして‼︎」

「・・・」


 恋人の声に応える事は出来ない男。

 既にHPゲージはゼロを示していて、先程のメールの内容が真実なら彼はその生を終えた事になるのだが・・・。


(さて・・・、どう出る?)


 一人距離を取り、意外と冷静にその様子を観察する白。

 白にとっては倒れた男は知り合いでは無く、どんな状況でゲームをしていたか分からない為、彼が本当に死んでしまったのかは、この状況を作った犯人が示さない事には判断がつかず、現状どうする事も出来ず、状況を見守るしか無かった。

 しかし、状況は突如として現れた演出によって一変する事になる。


「あれは何だ?」

「え?な・・・」

「どうしたんだ!」

「彼処だ!見てみろ‼︎」


 声に引かれる様に、その場に居た白を含めた全プレイヤーの視線が、宙へと集まる。

 視線の集まった先に浮かんでいたのは、ホログラムによる映像でアイタースを身に付けた男のもの。

 歳の頃は二十代中盤位だろうか?

 アイタースは頭部の上部の殆どを覆う為、口元体つきからしか判断が出来無い為、正確な年齢は読み難いかった。

 そして、その隣には同じ位の歳頃の女が、此方もまたアイタースを装着して並んでいた。


「誰だ?あれは?」

「さあ・・・?」


 何の意図か分からないが、突如として始まった奇妙な演出は、周囲に新たな緊張感を広げる。


「え?どうして?」


 そんな周囲の反応を余所に、驚いた声を上げるのは、倒れた恋人を抱きしめながら、視線はホログラムへと釘付けになっている小人族の女。


(まさか・・・)


 その反応に嫌な感覚を覚えた白の視線に飛び込んで来た映像は、一つの終わりを告げる終曲であり、全ての始まりを告げる序曲なのだった。


「健い・・・⁈」

「な・・・?」

「いやぁぁぁーーー‼︎」


 恋人の名を唄おうとした女の視界に飛び込んで来たのは無残。

 ホログラムに映る男のアイタースの繋げたコードの先、頭部、腕、足元等から突如して血が吹き出し、横になった状態から崩れ落ちた男。

 飛び散る鮮血は隣で横になっていた女へかかり、その光景を目にした女は恋人の名を唄いきる事が出来ず、悲しみの悲鳴を辺りに響かせたのだった。


「どういう・・・?」

「嘘だろ?」

「でも・・・」

「あ、ああ・・・!」


 女の反応にメールが事実であった事を理解する他のプレイヤー達。

 女が運営とグルの可能性もゼロでは無いという可能性も捨てきれないのだが、混乱状態にあったプレイヤー達を、更にその底に突き落とすには十分だった様で、一拍の響めきが起きた後・・・。


「うわぁぁぁーーー‼︎」

「きゃあああ‼︎」

「ど、どけぇーーー‼︎」


 阿鼻叫喚とはこの事という悲鳴の上げる。

 悲鳴と共に、一旦混乱の底まで落ちていたプレイヤー達は、我先にと前に居るプレイヤーを踏み越えたり、引き摺り下ろしたりする様にしながら、混乱から逃れる様にこの場から駆け出す。


「あ・・・、あああ」

「・・・」

「けん・・・、つぅ!」


 多くのプレイヤー達が我先にと逃げ出す中、男を抱きしめたまま地面に膝を突き絶望を音にして漏らす女。

 白はそれを眺めながらも、その先の誠へと視線を送る。


「邪魔くせえ奴が、ざまぁねーな」


 誠は状況を理解していない様な態度を見せてはいるが、そもそもこの男は自分やった事が如何に人の道を踏み外したものかなど考える気もなく、ただ自身の不満さえ解消出来た事で納得する畜生。

 しかし、誠が悔いる事がなかろうとも、それは間違いなくこのカフチェークでの最初の殺人であり、これから巻き起こる悲劇の開始を告げるものだった。


(・・・おかしいな)


 誠を観察しながらも白は心の中で疑問の声を漏らす。

 それは誠の行動に対してのものでは無く、先程放った斬撃に対してのもので、白は二つの事が引っ掛かっていた。


(あの剣は『エクスカリバー』だろうが、どうやって彼奴はあれを?それに斬撃の速度も・・・?)


 誠の手にするエクスカリバーは、当時スポンサーであった誠から、白が最強の剣としてカフチェークに設定を盛り込む事になった武器だったが、通常なら入手する為には第一位モンスターの巣になっている最北の氷の大地にある火山の奥底に辿り着かないといけない筈で、其処に辿り着くには最高レベルのパーティで臨まなければならない場所なのだった。


(彼奴は一人の様だし・・・、時間的にも発売からの時間を考えると不可能だろう)


 そんな風に設定を思い出しながらも、視線を誠から外さず観察眼のスキルを発動した白は、そのステータスに驚愕する事になる。


(な・・・⁈最高レベルに、ステータスも通常のそれより高いものになってる?)


 白の確認した誠のステータスでは職業は上級職の聖騎士になっており、レベルも100で聖騎士の特色であるHPや防御力は勿論、力や素早さといった近接戦闘に必要なステータスはステータス上昇率アップの恩恵を受けなければ辿り着けない数値で、以前のカフチェークではイスカーチェリのメンバー全員が持っていたものなのだった。


(俺は失っていたが、彼奴の欄にはしっかり獲得経験値アップと共に記されているな・・・)


 それでも、この短期間でレベル100に辿り着ける筈は無いと、白は誠が最初から最高レベルだったと想定した。


(そう考えると、エクスカリバーも最初から与えていたんだろうな・・・)


 エクスカリバー以外の防具に関しては初期の物で、白は其処のところの狙いが判断がつかなかったが、少なくとも現在判明しているのは誠が最強のプレイヤーであるという事。


「・・・」


 決して当時から不仲という訳でも無かったが、その危険度は理解している白。

 気付かれる前にこの場を去る必要があると、押しのけあう人の波に意図的に滑り込もうと踏み出すが、視界の端に映った光景にその足は二歩目を踏み出せなかった。


「ぅぅぅ・・・。どうして?健一・・・」

「っ・・・!」


 崩れ落ち、未だその足で立ち上がる事の出来ぬ女に後悔が広がる白。

 後悔は足を止めた事にか?女を見つけた事にか?

 それとも・・・。


(とにかく・・・!)


 その後悔が何処から来るものであろうと、このカフチェークという世界で起きた事件に、自身が背を向ける事は許されないと、白は雑踏の下に目当ての物を見つけ、直ぐに拾いに向かった。


「ぅぅぅ・・・」

「ビービーとうるせぇ女だなぁ」

「っ⁈あなた・・・!」


 至極人間として真っ当な感情を示していた女に、人の道など疾うに踏み外した反応を示す誠。

 その口から吐かれた台詞は、獣ですら発せないというもので、女の誠を見据える眼は明らかにそれ以下の存在に向けられるものだった。


「あぁん⁈」

「っ・・・!」


 誠がどんなに凄もうとも、女から向けられる非難の視線はその炎を失わず、寧ろ油を注がれた様に一層激しく燃え盛る。


「テメェ!そのカスといい舐めやがってぇ・・・!」

「カスですって・・・!取り消しなさいよ‼︎」

「あぁん⁈死にゃあ、人間灰になるだけなんだよ‼︎灰になりゃあカスだろうが‼︎」

「っ‼︎」


 皮肉にも、地面に張り付けられていた女を再び立ち上がらせたのは誠の吐き捨てた暴言。

 しかし、女には当然感謝の気持ちなど無く、その双眸に滾る炎は、再びの惨劇を予感させるに十分なものだった。


「何だぁ・・・、その眼は!」

「・・・」


 誠には応えず、その細い腕の先の小さな掌にナイフを握りしめた女。

 そもそも小人族は近接戦闘系の職業に向いていないのに、その上手にする武器の性能差も最大と言っていいもの。

 当然女もエクスカリバーに付いては知らないとしても、自身が眼前の無法者に勝てるとは思っておらず、武器を手にした時点で自身の未来は理解していたのだ。


「・・・」

「ちっ・・・、舐めやがってぇ・・・!」


 女の双眸に滾るものは、流石の誠にもその意思を理解させるが、何時でも踏み込める様に構える女に対して、誠は犬歯を覗かせただけで、蒼光を放つ刃は地面へと突いていた。


「やぁぁぁーーー‼︎」

「っ⁈」


 そんな誠に対して、即座に踏み込んだ女に驚愕の表情を浮かべたのは、目当ての物を拾い終え、既に準備に入っていた白。

 誠を止めようと準備をしていたのだが、誠に気付かれる訳にもいかず、女に暫く待てなどと声を掛ける事も出来なかった白。

 手にしたナイフを振りかぶった女に、あわや二人目の被害者が凶刃に倒れるかと思ったが・・・。


「っっっ‼︎」

「・・・」

「え・・・?何でなの?」


 頭を振り乱しながら、目一杯の力を込めて頭上から刃を振り下ろした女。

 しかし、女が誠の腹へと突き立てた刃は、その肉体に刺さる事は無く、刃の先を見上げた女の双眸に滾っていた炎は、冷水を掛けられた様に消えてしまい、ただただ困惑の表情を浮かべていた。


「馬鹿か?テメェは?」

「っ・・・!」

「俺のステータスは最高値なんだぞ?テメェらみてぇなゲーム始めた奴の攻撃が効く訳ねぇだろう」

「え?どうして?」

「このゲームは俺が作ったものなんだぞ。最初から俺が最強に決まってるだろうが‼︎」

「え⁈」


 女の表情は誠の発した一言で信じられないといった表情に変わり、我先にと逃げようとしていたプレイヤー達の一部にも、その声は届いていたらしく、白の近くに居たプレイヤーからは・・・。


「最低だな。ゲーム作る人間の中で最低の人種だよ」

「っ・・・!」


 誠に対する侮蔑の声が上がったが、それは間違い無く誠に対してだけで無く、カフチェークを作った者全てに対してのもので、白はその奥歯を噛み締め重くなった心に引かれる様に視線を落とすのだった。

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