第4話
「・・・ぅ」
突然失った視界に、それを取り戻すのに時間の掛かる白。
現状が把握出来ず、混乱に陥ってもおかしくない状況だったが、意外な程冷静でいれるのは、直前に聴こえた声の所為だろう。
「雪・・・、何を?」
そんな風に、この現象を起こしたであろう親友の名を漏らした白。
しかし、次の瞬間・・・。
「何だ!此処は‼︎」
「何処だ⁈どうして⁈」
「きゃあああ!」
白の耳に飛び込んで来たのは、混乱と恐怖を示す阿鼻叫喚まであと半歩といったところの絶叫。
「っ⁈な・・・?」
そんな絶叫に流石に白も混乱しそうになる。
(俺だけの現象じゃなかったのか?)
白は不思議な感覚に襲われて視界を失い、以降のリメースリニクに起きた現象を知らぬ為、勝手にこの感覚は自身にだけ起きたものだと考えていた。
しかし、周囲の声の余裕のなさから、それが間違いだと理解し、迂闊な台詞を口にするのを控える。
(冷えるなぁ・・・)
先程迄は肌を擽る風には、何処か暖かさが感じられていた白。
それが十分としないうちに、十度は温度が下がったのではないかと思われ、湿気も感じ易くなっていた。
(魔法で環境に影響を及ぼしたか?それとも・・・)
これだけ緻密に作られたゲームなら、第一位の魔法を使用すれば、こんな感覚を作る事は可能だろうと考える白。
しかし、脳裏に過るのは雪の持つユニークスキルで、それは白のユニークスキルなどとは次元の違うものであり、ゲーム中最強と呼ぶに相応しいものだった。
(雪があれを使用したとなれば、環境を変えるだけで無く、転移した可能性も出て来るか)
転移という可能性を考慮する白。
実はそれが正解であり、それを知るまでもう数秒と迫っていて、その時を迎えた瞬間、白は素直な感情で驚愕の声をあげてしまう。
「何だ⁈此処は・・・?」
白の取り戻した視界に映るのは、世界の果てまで続きそうな程の黒。
それは漆黒という程目にキツくはなく、かと言って宵のうち程陽の名残りも感じさせない世界で、白が過去にサークルでカフチェークを作った時には、こんな場所を作ったりはしなかった。
「一体どうしたってんだ‼︎」
「運営は何してるんだよ⁈」
「・・・ぐすっ」
その黒の世界に、数える事の難しい程の多数の多種多様な種族職業のプレイヤー達が無数の色を塗り付けている。
(運営?どういう事だ?)
周囲に広がる混乱が危険水域へと迫っているのを見て、一気に落ち着きを取り戻し首を捻る白。
確かに此処は、カフチェークを創作した白も知らない場所で、そんな所に突然飛ばされれば混乱する事は理解出来る。
しかし、それは最初だけだろうし、何よりこれだけの人数のプレイヤーが居れば、間違いなく気付くプレイヤーはいる筈だ。
(何故、ログアウトしないんだ?)
これはゲームなのだから、バグが起これば電源を切れば良いだけの話。
それは、多少は経験値やアイテムが勿体無いと思うだろうが、泣く程恐怖を感じているなら、精神衛生上無理をしない方が良いだろう。
そんな風に考えながら、一つの答えは出てはいるのだが、白は一応ログアウトを試みてみる・・・。
(まぁ、当然だな・・・)
試すまでも無いという風に、心の中で漏らした白。
設定画面上のログアウトは機能せず、緊急事態時用の外部通信機能も反応を示さないのだった。
(雪も未だ無視してるし・・・)
この状況に雪が何らかの関わりを持っている事は間違いない。
白はそれを断定していたが、一つだけ疑問もあった。
それは、白の知る雪という人物は、白の事をこんな状況に陥れる悪ふざけはする可能性はあったが、これだけ多数の他人を巻き込む可能性はゼロといって良かったからだ。
(お前は他人になんか興味無かったよな?)
記憶の中の雪は、白以外ではサークルメンバーとすら真面に話す事も少なく、ゲーム製作上のメンバーからの依頼は、全て白を通じて受ける程気難しい性格だった。
(これは思い上がりでも無く、お前なら俺に用があるならこの世界に俺とお前だけにして、俺にお前を探させるくらいの事をするだろう?)
当然、時間は人を変えるだろうし、白のそんな心の声には多くの願望も含んでいたが、それでも白はそんな事を思いながらも、もう一度雪へと通信を試みてみた・・・。
「どういう事だ!天人‼︎」
「っ⁈」
その瞬間に白の耳に飛び込んだのは、記憶の底に残る名の音。
雪という親友を思い返す事で、過去に惹かれていた心は、その音階の高低差激しい特徴的な声色を聞き逃す事が無かった。
「な、何だ?」
「さぁ?怖いわ・・・、健一」
「大丈夫。俺がついてるから」
声の主からすれば、それは普通の発声法なのだろうが、本当の意味で普通の人間からすれば、常軌を逸しているとしか聞こえない為、白の近くでは小人族の女と龍人族の男という身長差のある凸凹カップルが、不安そうな表情で身を寄せ合っていた。
(『
視線の先にその声の主を捉えた白は、約十年振りだが、ハッキリと面影のある誠に決して良くない電流が身体に走るのを感じた。
誠は当時はイスカーチェリ最年長でスポンサーを務めていた男。
そうはいっても、当時大学生だった誠はバイトなどしていた訳では無く、地元では有名な企業の社長である父親に金の無心をしていたのだが・・・。
(本当に変わらないなぁ)
誠が十年の時を経ても変わらなかったとしても、此処で白が彼を認識するのは本来なら不可能なのだが、それは誠がゲーム開始時に選択した内容が可能にしていた。
このカフチェークではゲーム開始時にキャラメイクにより顔や体型、性別も勿論自由に選べるが、佐藤誠という男はアイタースに搭載されているカメラ機能を使用し、本来の自分と殆ど変わらぬ姿を此処で再現していたのだった。
(獣人族を選んでいるのは以前と同じだが、目元口元といい間違い無いな)
一重の重そうな瞼に潰されそうな眼を不満気に歪め、口元は癖である歯軋りを無意識に行う為、矯正をしていない犬歯が覗いている。
「ふぅぅぅ・・・」
唸る様な声を漏らし、脂ぎった毛を掻き上げオールバックに整える仕草も、白にとっては懐かしく、自身の知る人物と確信出来る光景だった。
(何より、天人と言っていたしな)
白にとって聞き覚えのあるその名は『
天人は白がサークル活動時に世話になっていた三つ上の庶務を担当していた男なのだった。
「・・・」
誠の様子を観察しながらも、距離をとっていく白。
白は気付かれない様に注意しながらも、思考の別のところでは少し引っ掛かるものも感じていた。
(天人さんが彼奴と未だに?)
イスカーチェリでは自らメンバーを寄せ付けなかった雪に対して、メンバーから距離を置かれていた誠。
勿論、庶務で尚且つ人当たりの良かった天人は、会計の担当と共に誠と開発費の事を相談する事も多く、イスカーチェリの中では誠と交流の多いメンバーではあったが、既にイスカーチェリが消滅して十年近く。
天人が誠の様な人物と関わりを持ち続けている事に、白は一つ首を捻り、直ぐに返しの首を捻る。
(それに、会合の場に此処を選んだのも気になるし・・・)
白が返しにもう一つ首を捻った内容。
それは、誠と天人という二人の人物がイスカーチェリ所属時からゲームの事を其処まで好きでは無く、天人はデザイナーをしていた恋人と共に入会し、誠の所属理由にはイスカーチェリ消滅の原因が関係していたのだった。
(雪が二人を?いや・・・)
白がハッキリと断定は出来ず、設定の中の通信欄の雪の名へと視線を落とした・・・、次の瞬間。
「っ⁈」
通信有りを報せる強制ウィンドウが開き、目当ての人物かと白は心臓を掴まれた様な感覚に襲われた。
「運営からのメッセージ・・・、か」
しかし、それは目当ての人物からのものでは無く、白は解けた緊張と共に息を漏らしたが、それでも異常な状況からの解決方法があるのだろうと、届いたメールを開く。
「・・・」
長々と書かれていたメッセージだったが、重要な箇所を読み終える為の所要時間は十秒と掛からず。
「何だよ?これは‼︎」
「ふざけてるのか運営は‼︎」
「冗談にしても最低よ‼︎」
周囲に響き渡る怒号に、白は他のプレイヤーにも自身と同じメッセージが届いた事を理解した。
《新世界カフチェークへようこそ・・・。新世界への挑戦者に新たなる可能性と自由・・・、そして新たなる秩序を!》
そんなキャッチコピーの様な文章から始まったメッセージは、次の様に締められていた。
《脱出方法はゲームクリアのみ。過程おける生命の代償は全て現実で払って貰う。唯一真理の新世界秩序を背負いし挑戦者達の健闘を祈る》
プレイヤー達の反応はこの状況に対するものと、その事への不満を増す為に用意した様なこの締めに対してのもので、恐怖の感情を何処かに忘れたプレイヤー達は、肩が打つからんばかりの勢いで大きな人垣を作り上げた。
「責任者は出てきなさいよ‼︎」
「っ・・・」
そんなプレイヤー達の一団の中には、先程まで彼氏と身を寄せ合っていた小人族の女まで加わっていて、女の発した責任者という単語に、白は心に鋭い針の一刺しを覚えた。
(取り敢えず、場を離れるか・・・)
殆ど間を必要とせず、不安から怒りへと一変した女に、白は群衆の状況が既に危険水域を越えていると判断し、自身の立場を考えて、一度此処から離れる事を選択した。
「天人ぉぉぉ‼︎」
「っ⁈」
「お前が俺を嵌めやがったのかーーー‼︎」
混乱に陥っておかしくない状況ながら、最低限の冷静さを保った白とは対照的に、誠はこの状況で他のプレイヤー達に疑念を抱かせる様な発言を、周囲に響き渡らせる。
「何なんだ?彼奴は?」
「嵌めたってどういう事だ?」
「狂ってるんだろう。最初からおかしかったし・・・」
誠の不審な様子は最初から感知していたプレイヤー達が、その流れでの現状だと判断しそうになったが・・・。
「でも、メールは開いていたぞ」
誠がメールを見て更におかしくなったのを確認したプレイヤーが声を上げる。
「え?じゃあ?」
「ああ。もしかしたら・・・」
警戒をしながら誠へと近づいていくプレイヤーが二人。
それは先程の凸凹カップルで、龍人族の男はメールに対しては未だ半信半疑ながらも、ロングソードにその手を当ていた。
(不味いな・・・)
そんな光景に背中の手が届かない所から冷たい汗が滲み出て来る白。
白はメールの信憑性はともかくとして、アイタースというハードが全身にコードを繋ぐ形状の為、カフチェークとの接続が強制遮断された場合の身体への負担を心配していたのだ。
(最悪の状況に備えての警視庁の巡回はまだ動けて無い様だし、取り敢えず落ち着いて今は大人しくしておくべきなんだが・・・)
アイタースはその技術力の高さから、他の分野への活用も期待され、それなりの危険度の高さはあったが、そのセキュリティーに警視庁も一役買っており、全てのゲームに派遣された職員が常駐しており、何らかの犯罪・事故が発生した場合は即時対応。
それも不測の事態で不可能な場合にも、現実世界で待機している職員にゲームの世界の職員の光景が伝わる様になっており、現実世界での対応が行われるのだった。
(状況から常駐職員はこの場から排除されている可能性は高いが、直ぐに情報は伝わる筈・・・)
此処を逃れプレイヤー達がカフチェークの世界に情報を広め警視庁に対応を促すか、若しくは現実世界でプレイヤーの家族がゲーム内へのメール機能の障害で通報する。
そういった方法でこの問題は解決する内容だと白は踏んでいたのだ。
「あの・・・」
「あぁん⁈」
誠とは約三歩の距離をとり、龍人族の男が声を掛けると、誠は金切り音を思わせる声で応える。
「ぅ・・・」
男は威嚇されたと思い後退りかけるが、しかし誠にとってそれは威嚇では無く普通の対応。
そもそも精神的に不安定な誠。
しかし、幼い頃から親には甘やかされ、立場的にそれを正す者も居らず、結果的にお山の大将を続けられ、普通の人間なら矯正されたりする癖等も、そのままで三十を越えてしまっていたのだった。
「健一!」
「あ、ああ・・・」
恋人から背を押された事で、何とか踏み止まった男。
男は自身の恋人が基本的にお淑やかで弱気な性格だが、いざとなると危険を省みない事を知っている為、覚悟を決めて自ら進み出る。
「あん?」
「っ・・・」
「・・・」
全種族の中でも最も身長の低い小人族の為、男の背後にいた女は、誠の視界には最初は入らなかったらしく、声を追って見下ろしその姿を確認すると、その眼には嫌な光が灯るのが見えた。
(相変わらずか・・・)
誠に自身を認識されない距離を取った白。
其処から誠の動きを警戒すると、昔と変わらぬ女性に対する反応に、その人となりを知る白は呆れた様に心の中で溜息を吐く。
「あの!」
「あぁん⁈さっきから何だテメェ!」
「・・・!さっきから天人、天人って言ってるみたいですけど、その人はどういう関係の方ですか?」
「何だと・・・?」
「嵌められたって言ってましたけど、この状況を嵌められたって捉えるという事は、その天人って人はアイタースか、カフチェークの関係者の方なんですか?」
「「「・・・」」」
男の疑問は当然のもので、男の背後に居る恋人だけで無く、他のプレイヤー達や白も二人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた。
無論、白の場合は誠が余計な事を言わないかと心配してだったが・・・。
「アイタースの事なんか知るか‼︎」
「っ・・・!」
「ただ、俺達の作ったカフチェークで彼奴と今日待ち合わせをしてたんだよ‼︎」
「「「え・・・?」」」
誤った方向で期待にしっかりと応えた誠。
「あの野郎・・・!」
唖然とするプレイヤー達一同。
しかし誠はそんな反応に何の疑問も持たず、此処には居ない天人に向かい犬歯を覗かせるのだった。
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