第2話


「・・・さて」


 五匹のパウークを狩り終え、休憩に入っていた白。

 レベルはもう一つ上がり3となっていた。


「やっぱりスキルに無い以上は獲得経験値アップもステータス上昇率アップも無い様だな」


 自身のステータスを確認し、妙な事を口にした白。

 白のステータスのスキルの欄には、運命を破壊せし叛逆者と『記憶の書庫の鍵を持つ者』とだけ記されており、白が洩らした様な内容は何処にも見つからなかった。


「記憶の書庫の鍵を持つ者・・・、ね」


 中々厨二なスキルの名に聞き覚えの無い白だったが、スキルの内容欄には鑑定、観察眼の所持、スキル使用時設定資料の確認、そして世界地図へのアクセスと記されていた。


「鑑定は他のプレイヤーに確認して所持してる人といない人が居るのは確認済み。観察眼というのはモンスターに対してだろうが、さっきは急な戦闘開始で使用出来なかったからなぁ・・・」


 白の言葉通り、鑑定については生産系の職業を選択してる者は全員持っているもので、それ以外の職業を選択してもクエストを熟す事で覚える事が可能だった。

 因みに白の職業は暗黒騎士。

 職業は近接戦闘を得意とするタイプだが、同じ系統の職業の中でも、剣士程の攻撃力やナイト程の防御力はもっておらず、代わりに状態異常系の魔法を比較的低いレベルから覚える事が出来るという点で優れていた。


「ステータスはやっぱり良いのだろうな?」


 最初にカフチェークにログインした時にステータスの数値は確認済みだったが、実際にレベル1では通常敵わない敵に、チート性能を持つ武器を手にしていたとはいえ対応出来た事で確信を持てた白。

 事実、白の言う様にそのステータスは3というレベルにしては全体的に高いものだった。


「暗黒騎士は魔法の使用を想定してるから近接系ではSPは高いけど、他のHP、力、防御力、素早さ、器用さは中位。弱点は無いけど決め手に欠ける職業だからなぁ・・・」


 白にはそれを補える運命を破壊せし叛逆者による呪われた装備の存在があり、通常の暗黒騎士を選んだプレイヤーに対して優位に立っていたが・・・。


「だけど・・・」


 白の表情には納得の中に僅かな疑問が覗く。

 それは自身のステータスがチートとは言い辛いものな為で、その思いは白の過去が関係していた。


「本来、ゲームとはこういうものなのだろうが・・・」


 足下に視線を落とし、そんな声を洩らした白。


「でも、お前が言いたいのはそんな事じゃないだろう・・・」


 しかし、直ぐにその顔を上げ、遠くを見ながら呟き・・・。


「雪・・・」


 続けたのは遠い昔となったあの日を最後に、一度も会っていない親友の名。

 そして、その親友からの手紙が、このカフチェークへと白を誘っていたのだった。



 学生の頃。

 白は同県の別学校に通う女子中学生だった『峯島 雪みねしま ゆき』とSNSを通じて知り合い、互いに趣味であったゲームを通じて急速に仲を深めていった。

 当時、白にとってゲームは遊ぶだけのもので、将来的にゲームクリエイターになれたらなと夢を持っている程度のものだったが、雪は当時、既にたった一人でプログラムを組み、幾つかのゲームを製作する程の実力を持っていた。

 そんな雪に対し、白は憧れを抱き羨望に堪えず、ゲーム製作のサークルを立ち上げ、雪を誘い、共に活動する事で自身も将来に向けての技術を学びたいと願った。

 そんな白の誘いを、雪は二つ返事で承諾してくれ、他にも仲間を集い結成したのが『イスカーチェリ』という名のサークルなのだった。

 イスカーチェリは当時中学二年で十四歳だった白と雪を最年少とし、最年長はスポンサー役の大学一年の学生という学生サークルにも拘らず、雪という天才の力が大きく、僅か一年足らずで、市販されている物に劣らないレベルで、白の企画したオンラインゲームを完成させたのだった。

 その名がカフチェーク。

 今現在、白がプレイしているゲームと同じ名を持つゲームなのだった。



「何の目的でこんな事をしたのか・・・」


 親友の考えている事が分からないとでもいう様な台詞を吐く白だったが、その表情には迷いの様なものは感じられなかった。


「何かを考えてこんな事をする奴でも無いか」


 十年の刻を会わずに過ごして来たが、決して喧嘩別れした訳では無い親友と認識している相手に対して、白の感想は辛辣なものにも感じられたが、それが間違いでは無い位、雪という少女は自由奔放で、しかも自身の興味のある対象に対して以外は人であれ、事柄であれ、関心を持たず、価値も見出さない少女だった。


「何故、今になって此奴を引っ張り出したりしたんだ?」


 虚空の先の青を眺めながら、未だ再会の叶わぬ親友に問い掛ける白。


「そもそも、俺が久し振りの休みを潰しているってのに・・・」


 体良く、繁盛店の店長などを押し付けられていた白は、休みもまともに取る事も出来ず、今日は一ヶ月振りという待ち望んでいた休日。

 昨晩はゆっくりと晩酌をしながら、大ファンである作家の新作を楽しんで、明けて今日は一日寝て過ごそうと、射し込む朝日に抵抗する様に布団を被った白。

 そんな白の眠りを妨げたのは、最近強くなった日差しの熱さでは無く、登校する子供達の声でも無く、チャイムの呼び出し音だった。

 出てみると、玄関には大手運送会社の配達員が大きな段ボールを抱えて立っていて、威勢の良い挨拶の声で白の眠気を吹き飛ばしてしまう。

 すっかり目が覚めてしまい、二度寝を諦めた白は、最近何かポチったかなと受け取った荷物の差出人を確認すると、其処に記されていたのは峯島 雪という名。

 一瞬、呼吸をする事も忘れそうになった白だったが、次の瞬間には段ボールを乱暴に開け、中身を直ぐに確認していた。

 すると中から出て来たのは最近発売されたばかりのアイタースとカフチェーク、それにたった一行だけ「カフチェークで待っている」と記された手紙だった。


「待っているわりには、連絡を受け付けないってな」


 このカフチェークには、フレンド登録機能が有り、フレンドとして登録されている相手とは通信機能により通話が可能なのだが、ゲーム開始時から既に、雪とフレンド登録されていた白が通話を試みてみても、現在まで雪はそれに応える事はしていなかった。


「まぁ、お前の事だから俺の休日位調査済みだろうし、取り敢えず最新ゲーム機を触って待つ事にするか」


 そんな事を口にしながら歩み出した白。

 その頭には、自身の創作したチート性能を持つ呪われた装備が思い出されていたが・・・。


「レベルがなぁ・・・」


 それ等を隠した付近には、現在の白では敵わないモンスターやボスが居る為、回収に行く事に二の足を踏んでいた。


「そうなるとレベリングだけど・・・、気が遠くなりそうだな」


 現在の白のレベルでは、効率的なレベリングをしようにも、美味しい相手が居ない為、最低でも先ずはレベルを10位にはする必要があった。


「それにレベルを上げたとして、この大陸じゃなぁ」


 白の現在居るのは『ルドニーク大陸』というカフチェークではやや南方に位置する大陸で、温暖な気候を持ち、採取採掘アイテムが豊富に採れる、職人系の職業を最初に選んだ者達がゲームスタート地点に選ぶ大陸だった。

 その為、この大陸を開始地点に選んだプレイヤーは、初心者が対峙するにはかなり難易度の高いパウークに対して、パーティで協力し警戒や引きつけ等を行い、採取採掘作業を進める。

 それが職人系のチュートリアル的な存在になっていた。


「街で暗黒騎士の俺を見て、オンラインゲーム慣れしてる親切さんがレクチャーを申し出てくれたしな」


 白は強制的に暗黒騎士として、この大陸からスタートさせられたのだが、他のプレイヤー達は当然の様に職業、スタート地点を選択出来ていた様だった。


「大陸移動にも金は掛かるし、稼ぐにしてもあまり護衛系の仕事を受け付けるとユニークスキルの事がなぁ・・・」


 パウークから得る事が出来る素材の糸は初期の売値は低く無いが、職人系の職業を選んだ者にしてみれば、製糸は意外と経験値を獲得出来る作業の為、店で購入するプレイヤーが少なく、大量に売り捌く事で得れる利益は少なかった。


「・・・」


 そんな状況に白が不満気な表情を浮かべたのも一瞬。


「はぁ〜・・・。まぁ、やるしかないか」


 心の中にある不満を全て吐き出す様に溜息を吐き、直ぐに顔を上げてモンスターを求め歩き出したのだった。


「・・・」


 白にとっては十年振りの雪からの自由奔放にして、傍若無人な振る舞い。

 それは懐かしさと共に、白の心の奥底に封じ込めていた感情を呼び起こすのに、十分なものだった。



「ギィィィーーー‼︎」


 絶命の運命に逆い、残り僅かとなった生の刻を少しでも伸ばす様に長めの絶叫を上げたパウーク。


「・・・」


 しかし、約束された終わりは訪れ、ウプイーリによって斬り刻まれたその身体は、静寂の中崩れ落ちていった。


「う〜ん・・・、惜しいなぁ」


 白はそんなパウークの終わりに、既に何の感慨も無くなり、次のレベルまで僅かに足りなかった経験値に残念そうな表情を浮かべる。


「7になれば新たなスキルを覚えられるんだけど」


 白がレベリングを始めて三時間。

 地道にパウークを狩り続けレベルは6まで上がっていた。


「アイテム未使用にしては順調だな」


 残念そうな表情を引っ込め、一度頷いた白。

 このカフチェークの世界では、モンスター集める為のアイテムは有ったが、店で購入するには値段が中々高く、ゲームを開始したばかりのプレイヤーには手の出し易い物では無く、それを生成する為のレベルと必要素材も難易度が高めに設定されていた。

 その為、ゲーム開始直後のレベリングといえば、100%の経験値を獲得出来るソロか、ギリギリ美味しい獲得経験値80%の三人パーティまででのものが一般的なのだった。

 無論、白の場合はユニークスキルとウプイーリの力のお陰で、レベル差のあるパウークを狩り、此処まで順調に来ていたのだが・・・。


「でも、そろそろ休憩に入った方が良いか」


 白によってかなりの数のパウークを乱獲された事で、モンスターの気配は完全に消え、周辺はピクニック日和の模様となってしまう。

 この状況になると、パウークの再発生までの時間は無駄になってしまう為、狩場を変えるか、別の作業に移る方が良いのだが、白の発言はそれだけを理由としたものでは無く、それは引き締められた表情から伝わる、若干の緊張感から窺えた。


「街に行くか、それとも落ちるか」


 休憩をするにしても街まで戻るか?

 それともゲーム自体を一時中断するか?

 このカフチェークではフィールドでゲームを中断した場合、再開時は最も近い街からの再開となる為、このまま中断して即再開しても良いのだが・・・。


「・・・良し」


 それでも直ぐに答えは出た様子で、街へと歩み出した白。

 それは無駄ともいえる時間だったが、白はこの最新のゲームの世界で作り出された現実感に溢れる、しかし、都会ではそうそうお目に掛かれない風景を楽しむ為に歩いて街に戻る事にしたのだった。

 

「まぁ、危険もあるんだけど・・・」

「ギュル・・・」

「っ⁈」


 そんな不安そうな台詞を、何でも無い声色で漏らした白。

 しかし、突如として背後から耳に届いた気色の悪い音に、少し猫背気味の背筋を一瞬でピンと張る。


「来た・・・」

「ギュル?」


 足はいつでも走り出せる様に前に向けたまま。

 首だけを捻り、横目だけで既に答えの出ている背後を確認する白。

 その答えの正体は、小首を傾げるという、目にした者が皆、全身から鳥肌を立ててしまいそうなその外見からは想像出来ない程、愛嬌のある仕草で白に応えたのだった。


「か・・・!」


 白の背後に現れた気色の悪い声を放つ、悍しい外見を持つ存在。

 その名は『リグーシカ』。

 紫色をした蛙の姿を持つモンスターなのだった。


「・・・ぅ。此処らの『排除モンスター』は此奴だったか」


 排除モンスターとは、特定のプレイヤーやパーティによるモンスター乱獲に対応する為に設定された一種の懲罰システムで、一定時間内に範囲内のモンスターの50%以上を狩ってしまうと、上位モンスターが現れて、一定時間の間及び、そのプレイヤーが倒れるか、パーティが全滅するまで敵視を向け続けるというシステムなのだった。


「ギュゥゥゥ・・・」


 確実に白に向かい敵視を向けているリグーシカだったが、その緊張感の無い様子からは敵意など一切感じさせなかった。


「・・・ごくっ」


 ただ、カフチェークの生みの親の一人であり、このシステムを提唱した白からすれば、眼前に立つ存在の危険度は理解出来ていて、緊張感を隠す様子も無く唾を飲み込んでしまった。


「・・・」

「・・・」


 一瞬の間、協力して静寂を作り上げる形になった白とリグーシカ。

 しかし、そんな意図は無いとばかりに・・・。


「ギュッッッ」

「っ⁈」

「ルルルゥゥゥ!」


 静寂の空気を払う様に、リグーシカは口からだらしなく伸ばしていた舌を鞭の様に白の頭へと振り下ろす。


「ぐぅ‼︎」


 リグーシカからすれば、それはひどく隙の大きい何でもない一撃だったろうが、現状白の持つステータスでは躱す事など叶わず、頭を破壊されない様に腕防御するのがやっとで、吹き飛ばされ地面を転がった白は、一撃でそのHPの三分の一を失ってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る