第11話

 清恒きよつねは、村のしゅうが集まって見守る中、おけの中で草鞋わらじをほぐし、はらい落した土を指差ゆびさした。

 中では、キラキラと土が光っている。

 玄信げんしんたちが目をらして見ると、小さな砂金さきんつぶたちであった。

 一斉いっせい歓喜かんきの声が上がる。

清恒きよつね、こりゃ、一体?」

佐渡さどの人たちのいていた草鞋わらじじゃ。全部ほぐして集めたら灌漑かんがい資金しきんにできるじゃろうと思うんじゃが」

充分じゅうぶんじゃ!」


「いやあ、すまんかった。実のところ、船出するとか言っておったときは、とうとう気がふれたのかと思っとったわ」

「村のことを考えてくれちょったんやねー」

寝太郎ねたろう、なんて馬鹿ばかにしてもうて悪かった」


 口々に村のみな清恒きよつね称賛しょうさんした。


 これぞまさしく手の平返し、調子のいいことを――というところだが、清恒きよつね微塵みじんも思わなかった。

 村のみんなも、糊口ここうしのいでいたのだ。


おれ一人じゃここまでできんかったさ。親父がなけなしのかね水夫すいふのみんなをやとってくれて、舞人まいひと殿どのも助けてくれた。シンだって――あれ?」


 名前を出してはじめてかれがいなくなっていることに気がいた。


 シンはれかけた森の木々に身をかくしていた。

「これ以上いじょうかかわったら清恒きよつねだけでなくこの村もあやういだろうな……」

 清恒きよつねには悪いと思いつつ、シンは森のおくへと歩を進めた。


 ふところさぐり、和尚おしょうからくすねてきたおふだ確認かくにんする。


「あと二枚にまいか」

 なくさぬように、大事にふところにしまう。


 ふと、地響じひびきが耳と足で感じ取れた。

「なんだ? 地震じしんか?」


 そう思って足元を見たのが幸いだった。言った直後、後頭部をかまいたちのごとき風がけていった。

 毛束けたばがパサリと地に落ちるのを、硬直こうちょくしたまま見つめるシン。それが自分のものだと気付きづくのに数秒。

 そのあとにつづいて、木々が爆発ばくはつし、地面と葉とがけむりとなって野分のわきのようにシンにせまってきた。


「な、なんだあ!?」

「シン殿どのっ! 危険きけんですのでげてください!」

 土煙つちけむりの中から聞こえてきたのは舞人まいひとの声だ。

 何やら切羽せっぱまった声音である。


舞人まいひと? 大丈だいじょう――」

 シンが言い終わらないうちに、土煙つちけむりは風にばされ、舞人まいひと姿すがたが見えてきた。が、

「っだぁああああ!?」

 思わずさけんでしまったシン。


 見れば、舞人まいひと危機ききかんふくんだ声のわりに無事ぶじであった。それどころか、その足元は、見るからにか弱い少女がうつせにたおれており、あろうことか、両手首に封印ふういんふだ何枚なんまいけられている。


「おま、お前っ! 幼子おさなごに何やってんだぁあああ!」


「シン殿どの女童めのわらわのように見えるからと油断ゆだんしてはなりません。ヒデリガミという神なのですから。おこらせると大変たいへんなことになります」


余計よけいダメだろっ! 神様しばるなよっ!!」


 真面目な顔で危険きけんうったえる舞人まいひとだが、その危険きけんを引き起こしているのが自分自身であるとかれ自覚じかくがあるかどうか。


 ヒデリガミうらめしそうに舞人まいひとを見上げ、きじゃくっていた。


「お前……ゆるさぬぞ! われいとしきものを返せっ!」


 幼子おさなごの体が光ったかと思うと、姿すがたが消えてしまった。

 直後、空が急にまぶしくなり舞人まいひととシンは目を細める。

 日差ひざしが強くなったのだ。


 森――いや、山々がかわき、ち始める。


 風がく度、元気のなかった草は力き、れかけていた木々の枝葉えだははボロボロと地へ落ちる。


 気のせいではないだろう。自分のはだかわいてパサパサしてきた。


「ほら、危険きけんだと申し上げたではないですか」

絶対ぜったい絶対ぜったい、お前が悪いんだからな」


 二人はならんで、かつ冷静れいせい表情ひょうじょうヒデリガミいかくるう様を見ていた。


「あー、いたいた。シン! 舞人まいひと殿どのも、どこ行ってたんだ?」

 村の方から清恒きよつねがやってきた。


絶妙ぜつみょうですね」

あぶないからこっち来んな!」

 シンが身振みぶ手振てぶりで避難をうながしたが、清恒きよつねには伝わらなかったようだ。

 手をり返してどんどん近づいてくる。


「なんじゃあ、そっち何かあるんかー?」


 日照ひでりと風がゆるんだ。

 ヒデリガミ清恒きよつねに気づいたのだ。

「あの男のせがれか。あの男がれねばわれもここまで……よくも! いとしきものにれたばつ、お前にも受けてもらう」


「いけない! シン殿どの清恒きよつね殿のもとへ早く!」

 舞人まいひとは、シンをばした。

 ほぼ同時、熱風ねっぷう清恒きよつねに向かってれる。


「お前舞人まいひとぉっ! 絶対ぜってかすっ!」


 風で転がりながらも清恒きよつねのもとへたどりついたシンだが、手をつかもうとした瞬間しゅんかんすな邪魔じゃまをした。


 かわいた大地が砂塵さじんき上げる。

 あらしのような風が、清恒きよつねの体をき上がらせた。直後、村にもどされるようにばされる。


「おあああああっ!?」


 清恒きよつねを、シンが間一髪かんいっぱつ、服をつかんで引きとどめる。

「くっそ、清恒きよつねまでみやがって! 八つ当たりじゃねーか!」

「一体全体どういうことじゃ?」

 木にしがみついた二人は、さながら風にかれるこいのぼりのようだ。

 ばされないようシンに助けてもらいながら、清恒きよつね説明せつめいもとめた。


「――つまりは、舞人まいひとが神様おこらせたんだ?」


「人聞きの悪い。わたしは石をもらい受けようとしただけです」


 どうやって二人のもとにたどり着いていたのか、舞人まいひとも木につかまったままほおをふくらませる。


 いい大人がそんなことをしても可愛かわいくもないのだが、かれがすると何故なぜ可愛かわいく見えてしまい、二人は顔を赤くする。


「だ、だけど、それでおこってんだからお前のせいだろっ! 神様絶賛ぜっさん激怒中げきどちゅうじゃねーか!」


 この村の旱魃かんばつが、ヒデリガミ様によって起こってることだと理解りかいした清恒きよつねは、

「そうじゃな。なら、その神様がいなくなってくれれば旱魃かんばつもなくなるってぇことだな」

清恒きよつね! 顔っ!」

 からぬことをたくらんだ表情ひょうじょう清恒きよつねを、シンがむ。


「しっかし、どうしたもんか。このままだと村にまで被害ひがいが行ってしまうぞ」

おれはとりあえず、このこいのぼり状態じょうたいを早いとこ何とかしたいんだが」


「そうですね」

 言って、舞人まいひとふところからすずのついたかんざしを一本、足元にした。


 するとどうだろう。周囲しゅうい暴風ぼうふうくるっているのに、清恒きよつねとシン、舞人まいひとの立っている場所はまるで何事もないかのようにおだやかな空気になった。


「このすずかんざしは、いわゆる結界けっかいを作り出すものです。このかんざしの近くにいれば、まわりの影響えいきょうを受けなくなります」

「ほぉ~、便利べんりやのう」

便利べんりはいいが、この状況じょうきょうをどうするんだ?」


 二人の視線しせんが、自然しぜん舞人まいひとへ集まる。

 そして、それにこたえるように、舞人まいひと微笑ほほえんだ。

「神と石との『しがらみ』をてば、いかりもおさまるはずです」

「しがらみ?」

「あの石は、自らの身を守るために、他者の感情かんじょうをせき止め、守護しゅご感情かんじょうを植えけているのです。そのしがらみを取りのぞけば、ヒデリガミも村にとどまるのをやめ、旱魃かんばつもおさまるでしょう」


「そのしがらみってのは、どうてばいいんだ! ? 方法ほうほうを知っているのか!?」

 シンがさけたずねた。

 砂嵐すなあらしはどんどん強くなっている。見えないが、おそらく草木は尋常じんじょうでない速さでれていっているだろう。


「はい」

「知ってんのなら早く言えよ! てか、何とかしろよ!」


剣舞けんぶによる儀式ぎしきおこなえばてます」


「なんでそれをしないんだ?」

  今度は清恒きよつねだ。

 かれ質問しつもん舞人まいひとは少々こまったようにむ。


刀剣とうけんが重たいもので」


 舞人まいひとは刀を漆箱うるしばこから取り出した。が、持ち切れずに地面にき立った。

 二人の気のせいではないだろう。地面がれた。

「刀身のほどは一しゃくすん江戸えど時代の刀匠とうしょうのひとりです」

 シンから見て、脇差わきざしにしては短く短刀というには少々長い。

 しかし、この刀、一体どのくらいの重さか。

 舞人まいひとが持てず地面にき立ち、地にもれたのが刀身の半分はんぶん以上いじょうだ。刀匠とうしょうは一体どんな意図でこの刀をきたえたのだろうか。

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