第347話 じい、エリザ女王国へ向かう

 ――翌日。


 パーマー子爵は、変な噂を流さないように厳重注意をするにとどめた。


 普通なら厳罰、もしくは国外退去を求める事案なのだが、『まともに相手をするのがアホらしい』と全員の意見が一致した。


「普通に領事をやっておる分には、まあ、無害ですからな。釘を刺しておけば十分でしょう」


 じいは、パーマー子爵をまったく問題にしなかった。

 ワイロを取るだの、愛人を囲うだの、まあ、その程度はな。


 それに、厳罰にしてエリザ女王国とこじれる方が、現時点では都合が悪い。

 俺としては、しばらく内政に力を入れたい。

 海軍を設立するが、実戦に投入するのは時間が必要になる。


 エリザ女王国と武力衝突は避け、外交交渉で時間を稼ぐのが当面の方針だ。


 だが、外交は相手があってのもの。

 こちらが、『ああしたい。こうしたい』と言っても、相手がうなずかなければ、外交交渉は成立しない。


 エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナが何を考えているのか?

 何を欲しているのか?


 俺は、アリーさんと話をすることにした。


 アリーさんは、エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナの異母妹だ。

 過去には、命を狙われた。


「――というわけだ。エリザ・グロリアーナ女王が何を考えているか、アリーさんなら分かるかと思って」


 俺はアリーさんに一通りの状況を説明した。

 アリーさんは、細いアゴにキレイな指をあてがう。


「恐怖でしょうね」


「恐怖?」


「ええ。アンジェロ様と私を恐れているのでしょう」


 どういうことだろう?

 現在、グンマー連合王国とエリザ女王国は、平和に交易を行っている。

 何を恐れると言うのか。


「俺はエリザ・グロリアーナ女王よりも若造ですよ? 恐れる必要がないですよね?」


「グンマー連合王国は、勢力範囲を急拡大していますわ。他国から見たら覇権主義の強国に見えるでしょう。アンジェロ様のことは、恐ろしいと思いますわ」


「え~!」


 こんなに平和主義者なのに!

 理不尽な!


「アンジェロ様。これは確認ですが、エリザ女王国と戦争をして併合する気は、おありですか?」


「ない!」


 アリーさんがとんでもない質問をするので、俺は即答した。

 今でも広大になりすぎたグンマー連合王国に四苦八苦しているのだ。


 これ以上、広くなったら面倒を見きれない。


 モンゴル帝国だって、ジンギスカンが死んだ後は、分割統治になったんだ。

 一国を統治するのに可能な物理的な広さはあるのだろう。


「グンマー連合王国は広くなりすぎました。連合王国の形態を取って、分割統治しているから何とかなってますが、もう限界でしょう。アリーさんも内政を見てもらっているからわかりますよね?」


「ええ。これ以上の領土拡張は無理ですわ」


「女王エリザ・グロリアーナがアリーさんを恐れているのは、王位継承権ですよね? アリーさんは、エリザ女王国の王位を望むのですか?」


 俺はアリーさんをジッと見る。

 アリーさんは、フッと笑った。


「ございません。私はここキャランフィールドでの暮らしに満足していますわ。アンジェロ様がいて、ルーナさんや黒丸さんがいて賑やかで、白狼族のサラさんたち獣人もノビノビ暮らしています。活気があって、ちょっとお行儀が悪いこの町が好きですわ」


 アリーさんの微笑みは、聖女のように優しかった。



 *



 翌日、じいがエリザ女王国へ特使として向かう。

 俺は王都キャランフィールド郊外の飛行場まで、じいを見送りに来た。


「じい、本当に一人で行くのか? 白狼族の特殊部隊を連れて行ったら?」


 じいは、異世界飛行機グースに乗って、単身エリザ女王国に乗り込むという。

 エリザ女王国には、グンマー連合王国の大使館があるし、文官もいるし、警備の兵士もいる。


 それでも、じいを単身で送り込むのは不安だ。


 じいは、俺の心配をカカと笑い飛ばす。


「なに。こういう場合は、大人数ですと警戒されますじゃ。ジジイ一人の方がかえって安全ですじゃ」


「しかし――」


「万一、ワシが害された時は、それを口実に宣戦布告。エリザ女王国を滅ぼして下され」


「オイオイ!」


 じいの口から物騒な言葉が漏れた。

 じいの目に強い意志を感じる。


 だが、俺はじいを鉄砲玉にするつもりはない。


「とにかく生きて帰れ。まだ、俺の子供を抱かせてないからな」


「カカカ! アンジェロ様の子供ですか! それは楽しみですな。まあ、死ぬことはありませんじゃろ。ご安心を……では!」


 俺はじいが乗る異世界飛行機グースから離れた。


 リス族のパイロットがグースを加速させ、グースがフワリと空へ舞い上がる。


 後部座席のじいが、俺に手を振った。

 俺も手を振り返し、グースが見えなくなるまで、じいを見送った。

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