第335話 女王エリザ・グロリアーナ
――七月三十日。王都キャランフィールド。
俺は旧メロビクス王大国の貴族たちを、キャランフィールドに招集した。
『グンマー連合王国の開発計画について説明するので、キャランフィールドに参集せよ!』
俺の呼びかけに応じて、貴族たちが続々とキャランフィールドに到着した。
ギュイーズ侯爵は、船でキャランフィールドにやって来た。
マスト三本の大型船で、白く塗られた優雅な美しさを放っている。
内部を見せてもらったが、豪奢な装飾が施された貴族専用船室が備えられていた。
前世日本でいう御座船だ。
「ギュイーズ侯爵! 素晴らしい船ですね!」
「婿殿も地位に相応しい船を持たれては?」
ギュイーズ侯爵は、俺の婚約者アリーさんの義理の父親で、北メロビクスを取りまとめてもらっている。
旧メロビクス王大国を代表する大物貴族の一人だ。
俺の御座船建造を薦められた。
時間が出来たら設計から参加したい。
南メロビクスを取りまとめるフォーワ辺境伯は、異世界飛行機グース三機で飛んできた。
フォーワ辺境伯のグースは、あちこち改造されており興味をそそられる。
俺、ホレックのおっちゃん、リス族のキューの三人であちこち見て回った。
塗装、紋章など外見の飾り付け意外に、後部座席が横乗りツーシートに改造されている。
「シートを増設して三人乗りにしたのか……。離着陸の距離は伸びるけど、飛べるのだから良いのか?」
「木製のフレームが増設されていますね。強度は……、ああ、問題なさそうです! やるなあ!」
俺の疑問にリス族のキューが答え、フォーワ辺境伯地元の技術者の仕事に感心している。
「おい! こっちのグースは貨物用に改造されているぞ!」
ホレックのおっちゃんが、俺とキューを手招きする。
貨物用に改造されたグースは、後部シートを取り外して、荷物を置きやすく木の床と荷物用の木製フレームが取り付けられていた。
「なるほど。上位の貴族が移動するのですから、それ相応に荷物も増えるのですね」
リス族のキューが、腕を組み考える。
俺とホレックのおっちゃんは、フォーワ辺境伯のグースを前にして議論を始めた。
「グースは、元々軍事用に開発したからな。民間で使うと足らない機能があるのか……」
「だな! アンジェロの兄ちゃんよ。エルフ連中の開発具合はどうだ? 魔導エンジンの強化版は出来たのか?」
「いや、まだだ」
出力の大きい魔導エンジンが出来れば、グースよりも大型の飛行機が作れる。
フォーワ辺境伯のような大物貴族には需要があるだろう。
・異世界飛行機グース
・旅客機
・鉄道
・軽便鉄道
・木炭自動車
これらを上手に組み合わせていきたい。
広くなった国土には、相応のネットワークが必要なのだ。
俺、ホレックのおっちゃん、リス族のキューの三人で活発に議論をしていると、フォーワ辺境伯が遠慮がちに声を掛けてきた。
「あの……アンジェロ陛下……。そろそろ……」
「あっ! ごめん!」
俺は放置していたフォーワ辺境伯を連れて、宿へ案内した。
*
エリザ女王国の君主である女王エリザ・グロリアーナは、王宮で三人の貴族たちから報告を受けていた。
「――というような事情で、我が国からグンマー連合王国への輸出は好調です!」
「いやあ、グンマー連合王国の好景気に引っ張られて、我が国も景気が良いですぞ!」
「まことにめでたい! 今年の商業税が楽しみですな!」
女王エリザ・グロリアーナは玉座に深く腰掛け、肘掛けに左腕を置きジッと目の前の貴族たちの話を聞いていた。
今、女王エリザ・グロリアーナに報告をしているのは、経済に強く商業振興に熱心な貴族たちである。
「我が領地からは鉄鋼石が輸出されております。毎日、鉄鋼石を山積みにした輸送船がグンマー連合王国へ出航しております!」
「私の領地も鉄鋼石が売れ筋です。ただ、鉱山を掘る坑夫が不足しております。王都で仕事にあぶれた者を雇いたく女王陛下のご許可をいただきたく存じます」
「ああ! 私の領地にも働き手が欲しいです! 農地を拡張しているのですが、男手が足りません。私も王都で人を雇いたいです。何卒お許しを!」
「……」
女王エリザ・グロリアーナは、無言でジッと三人の貴族を見ていた。
感情が読めない冷たい表情、お世辞にも美人とはいえない女王は、この無表情のせいもあって貴族たちから人気がない。
しかし、そんなことを女王エリザ・グロリアーナは気にしていない。
為政者は愛される必要はない。
ただ、恐れられれば良いのだ。
そんな風に考えていた。
三人の貴族に話したいだけ話させてから、女王エリザ・グロリアーナは一言だけ発した。
「そなたたちの希望を叶える」
三人の貴族は、王都で働き手を募集する許可を得て、大喜びで女王の御前から退いた。
三人の貴族が去った後、女王エリザ・グロリアーナは深くため息をついた。
「女王陛下。いかがなされましたか?」
女王エリザ・グロリアーナのそばに控えていた年輩の宰相が気を遣った。
「貴様は、どう思う?」
「はて? どうとは? グンマー連合王国様々ではございませんか? 好景気で結構ですな。王都の浮浪者も仕事を得られて万々歳ですな」
「とぼけなくても良いぞ」
女王エリザ・グロリアーナの冷たい瞳が宰相へ向けられた。
並の貴族なら女王の無慈悲な視線に恐れ、膝を震わせてしまうが、宰相は慣れていた。
自慢のヒゲを右手でピンと弾きながら余裕を見せる。
「グンマー連合王国のおかげで、我が国の景気は良いですが、このままでは……」
「そう。属国にされてしまう」
エリザ女王国は、グンマー連合王国の北にある島国である。
海峡を挟んで、すぐの場所にあり、天気が良ければ、エリザ女王国から向こう岸、つまりグンマー連合王国が見えることもある。
「グンマー連合王国の君主はアンジェロ殿であったな」
「はい。大使からは友好的な君主と報告が上がっておりますが、戦が続いておりますな」
「対岸の火事とは言い切れまい」
女王エリザ・グロリアーナは、危機感を抱いていた。
このままグンマー連合王国に経済的に支配され、徐々に独立が奪われるのではないか?
いや、それよりも、自分の妹アリー・ギュイーズがグンマー連合王国のアンジェロと結婚し、エリザ女王国に攻め寄せてくるのではないか?
「ドレイク船長を呼べ!」
女王エリザ・グロリアーナは、一つの決断を下した。
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