第334話 風切るハリセン! 私はハリセン! ハリセンルーナ!

 俺、ルーナ先生、黒丸師匠、シメイ伯爵は、紙の出来具合を確認する為に、シメイ伯爵の館に移動した。


 この世界に紙は二種類ある。


 動物や魔物の皮から作った紙、前世日本でいうところの羊皮紙だ。

 羊皮紙は、家畜の多い旧メロビクス王大国や魔物の多い旧フリージア王国などで利用されている。

 皮を使うので原材料費が高い。


 もう、一種類は、南方で使われるパピルスだ。

 パピルスは紙というよりも織物に近い。

 作り方は、草の繊維を手作業で組み合わせてノリで接着する。

 生産に手間がかかるので、意外と高価だ。

 それにノリで接着するので、折り曲げに弱い。


「そこで木の繊維を材料にした使い勝手の良い紙を、シメイ伯爵に試作してもらったのですよ」


「「ほー!」」


 俺の説明に、ルーナ先生と黒丸師匠が感心した声を上げる。


 応接室に四人で座っていると、執事らしき人が木製の箱を持ってきて、うやうやしく応接テーブルに載せた。


 シメイ伯爵が箱を開け、試作した紙を一枚取り出した。

 俺に試作した紙を手渡す。


「出来はどうでしょう?」


「おお! 良く出来てるよ! 上出来だよ!」


 シメイ伯爵領で試作された紙は、現代日本の紙よりも厚い。

 何枚か手に取ってみると、厚さはバラバラだ。


 それでも、これは間違いなく植物を原料とした紙だ!


「ペンとインクをアンジェロ陛下に」


 シメイ伯爵の指示で、執事が俺の前に羽根ペンとインク壺を置いた。

 俺は羽根ペンを手に取り、試作した紙に自分の名前を書いてみた。


 ペンの引っかかりはなく、書き味は悪くない。

 インクのにじみも少ない。

 白い紙の上に俺の名前がクッキリと浮き上がった。


「うん! 書き味も良いね! 十分使えるよ! シメイ伯爵! よくやってくれた!」


 俺は試作した紙に合格を出し、シメイ伯爵を労う。


 ルーナ先生が興味深そうに試作した紙を眺め透かした。


「これは……、ハジメマツバヤシが持っていた本に使われていた紙に似ている……」


「ルーナ先生。正解ですよ! 同じ種類の紙です」


「どうやって作るの?」


 ルーナ先生は、好奇心の塊だ。

 紙の製造工程が知りたいらしい。


 シメイ伯爵に製紙場へ案内してもらった。

 製糸場は、シメイ伯爵の館から少し離れた場所にあった。


 木の皮を水でふやかし、皮に近いやわかい部分を取り出す。

 力のありそうな大柄の鹿獣人が、棒で叩き木の繊維を柔らかくしている。


 紙をすくのは、人族の年寄りだ。

 ゆっくりと丁寧に作業をしいてる。


「へえ! 私もやりたい!」


 ルーナ先生が、お年寄りに教わって紙すきを始めた。

 飽きるまで、紙すきをして遊んでるだろう。

 相手をするお年寄りには申し訳ないが、放っておこう。


「獣人とお年寄りを、上手く使っているね」


 俺はシメイ伯爵を褒めた。

 シメイ伯爵は、新しい産業を雇用対策に活用している。

 さすが抜け目がない。


 シメイ伯爵はニヤリと笑い、身振り手振りを交えながら今後の展望を語った。


「今は試作段階ですので、敷地の一角に作業場があります。本格的に量産するなら、どこか良い場所に作業場を作りますよ」


「規模は拡大できそうだね。頼みたい仕事もあるから、ドンドン紙を作って!」


「了解しました!」


 黒丸師匠は、物珍しそうに紙を見ている。


「材料が木であるか。山の多いシメイ伯爵の領地にあった産業であるな」


「ええ。紙を作るには、木材ときれいな水が必要なんです。シメイ伯爵の領地は、両方の条件に合致したのです」


 シメイ伯爵は、嬉しそうにウンウンとうなずいた。


「アンジェロ陛下のおかげで、名産品が出来ましたよ! 丸太をね。木材に加工するでしょう? そうすると、端が余るんですよ。今までは、薪にするくらいしかなかったのですが、これからは紙になります」


「なるほど、余り物が商品になったわけであるな?」


「そーです!」


 さて、紙が出来上がっているなら、仕事を依頼しないと。

 いつまでもおしゃべりはしていられない。


「シメイ伯爵。この紙を使って、一つ仕事を頼みたい」


「何なりとお申し付け下さい!」


「印刷をして欲しい」


「印刷?」


 俺は木の板、刷毛、インクを用意してもらった。

 やることは、木版画だ。


 ホレックのおっちゃんに作ってもらった彫刻刀を取り出し、木の板の表目を削る。

 木の板には、『グンマー連合王国万歳!』と文字が彫られた。

 木の板に刷毛でインクを塗り、紙を押しつける。


 紙の中央に『グンマー連合王国万歳!』と黒い文字が印刷された。


「「おおっ!」」


「こんな感じで作業して、同じ文章が書いてある紙を沢山作って欲しい欲しい」


「ははあ。同じ文章を沢山作るのが印刷ですか?」


「そう。色々方法があるけど、これが一番簡単だと思う。木版画っていうよ」


 俺はシメイ伯爵に原稿を二枚渡した。

 メロビクス王大国貴族を集めて発表する計画だ。

 計画の概要が書いてある書類と、計画している蒸気機関車の路線図だ。


 シメイ伯爵は、書類の説明を聞くと引き受けてくれた。


「わかりました! やってみましょう!」


「じゃあ、作業用に彫刻刀を渡しておくよ。木を彫るための専用の道具だよ」


 彫刻刀は、V字刃、U字刃、直刃の三種類を用意した。

 普通のナイフで削るよりも作業がしやすいはずだ。


 シメイ伯爵は、俺が渡した彫刻刀をジッと見ている。

 気が付いてしまったか……。


「あれ!? この刃は!?」


「言わないで」


「この白い輝きは!?」


「言わないで」


「この彫刻刀……オリハルコンですよね!?」


「言わないでえ~!」


 例によって例のごとく、ホレックのおっちゃんは、オリハルコンで彫刻刀を作ってしまった。


 確かに『木を彫るから、鉄を固めに焼いて欲しい』とお願いしたが……。

 無駄にハイスペック!


「オークと戦えそうな彫刻刀ですが、お預かりして良いのですか?」


「ああ、うん、作業よろしくね!」


 こうして、旧メロビクス王大国貴族たちへ発表する計画の準備が着々と進められた。


 ちなみにルーナ先生は、自分で巨大な紙をすいて、ハリセンを作った。


「ハリセンルーナ見参!」


 バシン!


 紙が厚いから、叩かれるとけっこう痛いです……。


「ハ! リ! セン! ルーナ!」


 バシン! バシン! バシン!

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