第321話 怒りの女神ズ

 会議室へ女神ズ三人をご案内する。


 館の中が騒がしいのは、会議室へ向かう途中で出会った使用人たちが、『女神降臨!』と噂をばらまいているからだろう。


 会議室には、円い大きなテーブルがドンと配置されている。

 上座――窓際の奥の席に女神ズの三人が座った。

 座ったといっても三人の姿は、孔雀と、フクロウと、やる気のないロバ風のユニコーンである。

 どう考えても、絵面がおかしい。


 だが、考えたら負けだ。

 俺、じい、ルーナ先生、黒丸師匠は、無言で下座――会議室のドア近くの椅子に座った。


「ちょっと巧良輔! いや、違うわね。アンジェロ! あんた何でそこに座るのよ。こっちに座りなさいよ!」


 女神ジュノー様が、間違えて日本人のころの俺の名前を呼んだ。

 懐かしい名前だ。


「そっちに座って、良いんですか?」


 俺がのほほんと受け答えをすると、俺の隣に座るルーナ先生が血相を変えた。

 厳しい口調で俺を諫める。


「アンジェロ! そちらは、女神ジュノー様であらせられる。アンジェロは、態度に気をつける!」


 あのルーナ先生が、最大限の敬意を払っている……。

 俺が驚いていると、女神ジュノー様がバッサバッサと孔雀の翼でテーブルを叩く。


「いいのよ! 私の子供みたいなものだから! さあ、早く座りなさい!」


「じゃあ、遠慮無く」


 俺は女神ジュノー様と女神ミネルヴァ様の間に座った。

 ルーナ先生、黒丸師匠、じいが、目を見開き驚いている。


「アンジェロ……」


「アンジェロ少年は、そういう立場であるか……」


「ア、アンジェロ様……」


 三人が恐れおののく。

 俺はすかさずフォローを入れる。


「いや、立場と言われても子供の頃からの知り合いで……。親戚のおば……いや! お姉さん! みたいな感じだよ」


「普通は女神様を親戚扱いしないのである!」


 黒丸師匠にツッコまれ、それもそうだなと考えたが、この女神ズ三人を神様として敬うのは無理だ。

 親戚のお姉ちゃんとダメなお兄ちゃん感覚だ。


「それで、何があったの?」


 女神ジュノー様が、早速話を始めた。

 女神ジュノー様とは、二才の時以来会っていない。

 かなり時間が経過しているので、どこから話した物だろうか?


 俺は直近の出来事、地球の神の使いが暗躍して、俺以外の地球からの転生者が原因で戦争が起ったことを話した。


 変態のハジメマツバヤシ。

 共産主義に傾倒したスターリン。

 そして味方になってくれた赤獅子族のヴィス。


 一連の騒動に巻き込まれて、大勢の人が死んだ。


 俺が主に話をして、じい、ルーナ先生、黒丸師匠が適宜補足を入れる。

 女神ズの三人は、ジッと黙って俺たちの話を聞いていた。


「何よ! それ! 完全に地球の神が悪いじゃない!」


 話を聞き終わると女神ジュノー様は怒りだした。

 怒りのあまり、頭の羽根が逆立っている。


「落ち着けジュノー!」


 女神ミネルヴァ様が女神ジュノー様をなだめるが、女神ジュノー様はカンカンだ。

 凄まじい魔力が女神ジュノー様から漏れ出している。


 ルーナ先生と黒丸師匠はブルリと震え、じいは青い顔をしてテーブルに突っ伏した。

 俺は大丈夫だが、これほどの魔力を一気に浴びれば常人は失神する。


「ジュノー……。それくらいにしとけよ。じいさんが、気絶したぞ。このままジュノーの魔力を浴び続けたら、死んじまう……。オマエは、この世界の主神だ。この世界の生きとし生けるものを愛さなくちゃ。傷つけてどうするよ?」


 ニート神メルクリウスが、ノンビリした口調で厳しいことを言う。

 やるな! ロバ風ユニコーン!


「ふう……そうね……。熱くなりすぎたわ……」


 女神ジュノー様の魔力が収まっていく。

 良かった! このままでは魔力の嵐がキャランフィールドを覆うところだった。


「事情はわかったわ! じゃあ、行くわ!」


 飛び立とうとする女神ジュノー様に、俺は大慌てで意見を申し述べた。


「先ほどの話の通り、赤獅子族のヴィスは俺たちに協力しました! 少なくとも俺が治めている国の技術や文化レベルは上がりました!」


 神様たちの間で、何が起っているのかはわからない。

 ただ、俺たちの生活を、俺たちが住む世界を、神様の気まぐれでぶち壊されてしまってはたまらない。


 俺は必死に訴えた。


「わかってるわよ! この世界のポイントは、爆上がりしたわ! アンジェロ! よくやったわね! ありがとう!」


 女神ジュノー様は、一気にまくし立てると会議室の窓を破壊して空へと飛び立っていった。

 女神ミネルヴァ様とニート神メルクリウスが追って行く。


 後には、俺、ルーナ先生、失神したじいが残った。


 女神ジュノー様の強力な魔力を浴びたからだろう。

 俺は全身に疲れを感じ、絞り出すように声を発した。


「お疲れ様でした……」


「いや……。それがし、久々にグッタリである……」


「食堂へ行って、何か食べよう」


 黒丸師匠もルーナ先生も、相当疲れた様子だ。

 じいを看病させる人も呼ばなくてはならない。


 俺、ルーナ先生、黒丸師匠は、会議室の扉を開けて廊下に出た。


「「「あっ!」」」


 廊下には、館に勤めるメイドや使用人たちが、失神していた。

 中には失禁している人もいて、目も当てられない姿で倒れている。


 俺たちは、急いで館の中を見回り、キャランフィールドの街に出た。

 街の中も死屍累々……、いや、死んでる人はいないが、失神した人や腰が抜けて動けない人が大量発生していた。


「これ……どうしますか……」


 俺がぼやくと黒丸師匠がヤケクソ気味に叫んだ。


「どうも、こうも、ないのである! エールでも飲むのである!」


「そうそう。そのうち動けるようになる」


 ルーナ先生も黒丸師匠と同意見で、さっさと近くの居酒屋に入ってしまった。

 居酒屋の店員も失神しているだろうけれど、あの二人なら勝手にエールを注いで飲み出すだろう。


 さて……俺は……。


「止めた! 俺も食事にしよう!」


 俺はルーナ先生と黒丸師匠の後を追って、居酒屋の扉を開けた。


 こうして女神ジュノー様たちの来訪は、キャランフィールドに失神者続出という前代未聞の事態を引き起こして幕を閉じたのであった。


 そして居酒屋では……。


「プハッ! エールが旨いのである!」


「ぐううう! 最高!」


「はいはい。オツマミも食べて下さいね」

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