第319話 クリスマスSS2022 ルーナへのプレゼント

※本話は番外編です。クリスマス特別ショートストーリーです。本編ストーリーとは、関連しません。

 

 ――十二月二十五日、グンマー連合王国の首都キャランフィールド。


「ジンゴーベー♪ ジンゴーベー♪」


「まあ、ルーナさんは、歌もお上手ですね!」


「歌も良いけど、ケーキを早く食べたい!」


 俺は食堂をのぞいてみた。

 すると俺の婚約者三人、ルーナ先生、アリーさん、白狼族のサラが、キッチンで何やら作っている。


「何を作っているのですか?」


「クリスマスケーキ!」


 サラが元気よく答える。

 サラはケーキを食べるのが楽しみなのだ。


 俺は前世日本の習慣を、いくつかこの異世界に持ち込んだ。

 クリスマスもお祭りとして持ち込んだのだが、なぜか『恋人や夫婦が仲良く過ごす日』で定着してしまった。


 解せぬ……。


 婚約者三人は大きなケーキを作っていて、ルーナ先生が風魔法を使って生クリームを激しくかき混ぜている。

 相変わらず器用だ。


「アンジェロ。私はプレゼントが欲しい」


 ルーナ先生が、ジトッとした目でおねだりしてきた。

 婚約者におねだりする時は、もっと甘えるものだと思うが、この常日頃と変わらない感じがルーナ先生らしい。


「クリスマスプレゼントですね! 何か欲しい物がありますか?」


 クリスマスプレゼントか……。

 前世日本だと、アクセサリーとか、洋服とか、バッグとか!

 ルーナ先生は、何をリクエストするかな?


 ルーナ先生が目を輝かせた。


「ドラゴンの首が欲しい!」


「えっ……!?」


 ドラゴンの首だと!?

 色気の欠片もない物がリクエストされたぞ……。


「ルーナ先生……、そんな物をもらって、どうするのですか?」


「ベッドのそばに飾る!」


 俺は額に手をあてて天を仰いだ。

 ベッドサイドにドラゴンの首を飾る女が、どこにいるのだ!


 そうすると……、いずれ来る俺とルーナ先生の初夜は、ドラゴンの首に見つめられながら……なのか!?

 さすがに、そんなシチュエーションは勘弁して欲しい。


 俺が違う物にしてもらおうとすると、白狼族のサラがルーナ先生の希望にのった。


「いいな! じゃあ、私はドラゴンの爪! 短剣にするんだ!」


 ドラゴンの爪……。

 これまた色気のないリクエストである。


 俺は視線をアリーさんに移した。

 アリーさんは、女性らしさと知性を兼ね備えた人物だ。

 よもや婚約者にドラゴンをねだるようなことはすまい。


「私はドラゴンの血をお願いしますわ!」


 オーイ! 女性らしさと知性はどこへ行った!


「アリーさん。ドラゴンの血なんて、何に使うのですか?」


「お薬にしておじい様にお送りしたいの」


「あー……」


 なるほど、そういうことか。

 だが、クリスマスプレゼントが、ドラゴンの首、ドラゴンの爪、ドラゴンの血なのは、どうかと思う。


 俺は説得を試みた。


「あの……婚約者からのプレゼントなら、ネックレスとか、指輪とか、アクセサリーの方が良いのでは?」


 アクセサリーは、ド直球!

 クリスマスの王道である!


「興味がない」


 ルーナ先生は、まったく興味を示さなかった。


「食べられない」


 サラは、まだ色気より食い気のようだ。


「国宝クラスなら、喜んでいただきますわ」


 クッ……!

 アリーさんは、貴族の超お嬢様だ。

 アクセサリーなら、掃いて捨てるほど持っているのだろう。


「わかりました……。ドラゴンを狩ってきます」


 買って、じゃなく、狩ってなのだ。

 おかしなクリスマスになってしまった……。



 *



「ドラゴンであるか?」


「ええ。どこかにいませんかね?」


 俺はキャランフィールドの冒険者ギルドに黒丸師匠を訪ねた。

 いくら俺でも一人でドラゴン狩りにはいかない。

 黒丸師匠に付き合ってもらうのだ。


「ドラゴンを狩るなら、ダンジョンに潜るのが確実である!」


「いえ、それだとクリスマスに間に合わないのです」


 ドラゴンがいるダンジョンともなれば、一月潜りっぱなしになることも珍しくない。

 到底クリスマスには間に合わない。


 俺は黒丸師匠に事情を話した。


「ほー! クリスマスなる祭りは、ドラゴンの首を神に捧げるのであるな!」


「違います!」


 説明をやり直した。


「なるほど。ルーナも困ったモノであるな。婚約者にドラゴンの首をねだるとは……」


「まあ、でも、他の二人もドラゴンの爪とドラゴンの血が希望ですから、頑張ってドラゴンを狩ろうと思います。どこかに出没していませんか?」


 ダンジョンのドラゴンを狩るとなると時間がかかるが、フィールドにいるドラゴンを狩るなら転移魔法を使って、すぐに移動が可能だ。


「ドラゴンであるか……。あっ! そういえば!」


 黒丸師匠は、執務机の上にのせてある書類をめくり始めた。

 そして、一枚の書類を俺に手渡した。


「ミスルの冒険者ギルドからですね」


「うむ。火竜が出たようである。隊商が襲われたのである」


 書類には、大まかな事情が書いてあった。


 ・大きな火竜がミスルの南で出現。

 ・隊商が襲われた。

 ・すぐに逃げたので、死者は出なかったが、積み荷の食料は火竜に食べられてしまった。


「いいですね! この火竜を狩りましょう!」


「うむ! それがしも付き合うのである!」


 黒丸師匠が立ち上がり、壁に立てかけてあったオリハルコンの大剣を背負った。

 相変わらず頼もしいな。


 黒丸師匠と二人なら火竜も問題ない。

 出かけようとすると突然ドアが開き、両手一杯に書類を抱えたミディアムが入ってきた。


「ちょっと待った! 黒丸の旦那! どこへ行くんだよ!」


「火竜の討伐である!」


「オイ! 後にしてくれよ! この通り、年末で仕事が忙しいんだよ!」


「ミディアムに任せたのである!」


「任せるなよ!」


「メリークリスマスである!」


「待て! 待てよ!」


 黒丸師匠は、笑顔で冒険者ギルドを飛び出した。

 ミディアムの悲鳴が冒険者ギルドに木霊する。


「黒丸師匠……良いのですか?」


「大丈夫である。ああ見えて、ミディアムはなかなか優秀なのである。これも修行であるよ」


 がんばれ! ミディアム!



 *



 転移魔法と飛行魔法を使って、ミスルの南にやって来た。

 空を飛んでいても、砂漠は暑い。


「たぶん、この辺りである」


 眼下には、砂漠の中を行く隊商が見える。

 ラクダの背に荷物を載せて、砂漠の中の交易ルートをゆっくり移動している。


「来たのである!」


 黒丸師匠が、南の空を指さした。

 指さす先には赤い点が見えたが、みるみるうちに大きくなる。


「火竜だ! 不味い! 隊商が真下にいます!」


「それがしが、時間を稼ぐのである! アンジェロ少年は、隊商に報せるのである!」


「了解です!」


「王国の牙! 黒丸! 推参である!」


 黒丸師匠は、背中のオリハルコンの大剣を抜くと、火竜に向かって一直線に飛んでいった。

 俺は高度を落としキャラバンと併走するように飛ぶ。


「急いで逃げて! 後ろから火竜が来ている!」


 俺が危機を報せると、隊商の商人たちは大慌てで動き出した。


「ええ!? 火竜!? ああ! 本当だ!」

「みんな急げ!」

「ラクダを走らせろ!」


 隊商は北へ向かって急いで移動を始めた。

 これなら戦いに巻き込まれることはないだろう。


 俺は黒丸師匠が戦う空域へ急いだ。



 *



 黒丸師匠と火竜が戦う空域に到着すると、激しい音が響いていた。

 黒丸師匠がオリハルコンの大剣を振るい、火竜は鋭い爪や太い尻尾で応戦する。

 火花が散る空中戦が展開されていた。


「なかなかやるであるな!」


 黒丸師匠は真剣そのものだが、強敵を見つけてどこか嬉しそうだ。

 とはいえ、長々と戦ってはいられない。

 クリスマスプレゼントに、火竜の首、爪、血が必要なのだ。

 魔法でさっさと倒してしまおう。


 火竜の弱点は、水属性魔法だ。


『火は、水をもって制せよ』


 魔法の定番だ。


 俺は魔力を練り上げ始めた。

 黒丸師匠と火竜の戦いをジッと見つめながら、集中する。


(あれっ?)


 火竜から何か違和感が……。

 何だろう?


「あっ! 黒丸師匠! その火竜ですが、痩せていませんか? 不自然ですよ!」


「なぬ!? あっ!」


 黒丸師匠が一瞬動きを止めた。

 火竜はその瞬間を見逃さず、黒丸師匠の死角から尻尾を打ちつけたのだ。


「黒丸師匠!」


 黒丸師匠は気を失ったのだろう。

 地上へ向かって一直線に落ちていく。

 とはいえ、下は柔らかい砂だし、黒丸師匠は頑丈だ。

 大丈夫だろう。


 それよりも火竜だ。

 前衛の黒丸師匠を失ったのだ。

 素早い対応が求められる。


 俺は練り上げる途中だった魔力を解放することを決めた。


 水魔法『ウォータートルネード』を速射する。


 火竜を倒すには威力不足の魔法だが、俺の場合は水量が多い。

 黒丸師匠が戦線復帰するまでの時間稼ぎにはなるだろう。


「ウォータートルネード!」


 大量の水が火竜を取り巻く。

 トルネードの言葉通り、空中でありながら水流が火竜を翻弄する。

 激しい水の渦にとらえられた火竜は、水の流れに身を任せるしかない。


 俺は魔力を注ぎ続け、ウォータートルネードを維持する。

 やがて、黒丸師匠が戻ってきた。


「いやいや、不覚である!」


「余計なことを言って、すいません。集中を乱してしまいました」


「良いのである。それがしこそ、修行が足りなかったのである……ぬぬ!?」


「あれ!?」


 俺と黒丸師匠が話していると、火竜が力尽き落下してしまった。

 火竜はタフな魔物だ。

 あの程度の水魔法で力尽きるのは考えられない。


「妙ですね……」


「おかしいのであるな?」


 俺と黒丸師匠は、火竜を追って地上へ降りた。


 地上へ降りると、火竜は砂漠に横たわりグッタリとしている。

 黒丸師匠が、オリハルコンの大剣を抜いてトドメを刺そうと歩み寄った。


「確かに痩せているのである。この火竜は弱っていたのであるな」


「それで弱かったのか」


「うむ。事情はわからないのであるが、これも戦いの定めである! 覚悟するのである!」


 黒丸師匠がオリハルコンの大剣を高く掲げ、砂漠の日差しを反射して大剣がギラリと光った。


「「ピー! ピー!」」


 遠くから泣き声が二つ聞こえた。


「何であるか!?」


「黒丸師匠! あれ!」


 こちらに向かって、小さな竜が二匹飛んでくる。

 小さな竜は火竜の背中の上に降り立った。


「あっ……! 子供……!」


「で、あるな……。この火竜は、卵を孵すために、ずっと巣にいたのかもしれないのである」


「それで痩せていたのですか?」


「恐らく……」


 チビ火竜二匹は、母親の火竜にすがり泣き叫んだ。

 やがて、火竜と黒丸師匠の間に入り、母竜を守ろうと俺たちを威嚇し出した。

 だが、チビ火竜も痩せていて、必死に叫ぶが迫力がない。


「黒丸師匠……。さすがにこれは……」


「ぬぬっ! やりづらいのである!」


 この状況で火竜を殺すのは、さすがに鬼畜過ぎるだろう。

 俺はアイテムボックスから魔物の肉を取り出した。


「黒丸師匠。ドラゴンって、魔物の肉を食べますか?」


「ドラゴンの生態は、謎に包まれているのである。この世界の魔力を取り込んでいるともいうし、弱い魔物を食べるともいうのである」


「試しに、肉をあげてみましょう」


 俺は、チビ火竜に魔物の肉を与えた。

 最初は警戒していたが、チビ火竜は喜んで魔物の肉を食べ始めた。


「食べていますね!」


「お腹が空いていたのでる!」


 続いて、グッタリと横たわる火竜の口元に魔物の肉をおいてみた。

 すると火竜は、バクリと魔物の肉を食べ、嬉しそうに目を細めた。


「黒丸師匠。ドラゴンって、話は通じますか?」


「どうであるか……。だが、長生きした竜は、人よりも賢いというのである。この火竜は子供もいるので、長生きした竜かもしれないのである」


 俺は試しに火竜に話しかけてみた。


「お腹が空いているなら、もっとお肉をあげるよ。だから、君の爪や血をわけておくれよ」


 俺はアイテムボックスから追加で魔物の肉を取り出した。

 火竜は美味しそうに魔物の肉を平らげると、右足を俺の前に出した。


 先ほど黒丸師匠とやり合ったからだろう。

 爪が一本折れていた。


 俺は折れていた爪を受け取り、傷口から流れる血をコップに注いだ。


「アンジェロ少年! ルーナへのプレゼントはどうするのであるか?」


「そうですね……」


 困ったな。

 ルーナ先生のリクエストは、ドラゴンの首だ。

 何か代りの物を……。


 俺が考え込んでいると、火竜が体の向きを変えた。

 俺の目の前に火竜の巨体が横たわる。


「あっ! 鱗が!」


 火竜の横腹には、赤くきらめく鱗がビッシリと生えている。

 その中の一枚が、グラグラしていた。

 手でも抜けそうだ。


「この鱗をもらって良いの?」


「グアー」


 火竜は、優しい鳴き声を上げた。

 多分、イエスと言っているのだろう。


 グラグラしている鱗を握って引き抜くと、スンナリと抜けた。

 火竜の鱗は炎のような赤色で、砂漠の夕日のようでもある。


 俺は火竜の鱗を手に入れた。


「黒丸師匠。火竜をキャランフィールドの北へ連れて行きましょう。あそこなら食料になる魔物も多いし、人が住んでいないので迷惑にならないでしょう。ダメでしょうか?」


「良いのである! 罪を憎んで、竜を憎まずである! 隊商を襲わないのであれば、親子でノンビリ暮らすと良いのである」



 *



「――ということが、あったんだ!」


「「「へー!」」」


 キャランフィールドに戻ると、俺は早速婚約者たちにプレゼントを渡し、今日起きたことを話した。


 アリーさんに、ドラゴンの血。

 白狼族のサラに、ドラゴンの爪。

 ルーナ先生に、ドラゴンの鱗だ。


「ルーナ先生、すいません。ドラゴンの首は、さすがにかわいそうで……」


「同感。私は嬉しい。アンジェロが私のために、ドラゴンと戦ってくれたから。この火竜の鱗は大切にする」


 良かった!

 ルーナ先生も納得してくれた。


「さあ、ディナーにしましょう! 今日はコカトリスのロースト肉がメインディッシュだわ! ケーキもあるの! みんなを呼んできて!」


 アリーさんの号令で、俺たちはキャランフィールドの仲間を呼び集めた。

 熊族のボイチェフ、リス族のキュー、黒丸師匠やミディアムたち冒険者ギルドの面々、ホレックのおっちゃんを始めとする鍛冶師たち、エルフや商人たちもやって来た。


 気心の知れたキャランフィールドの仲間たちが揃ったところで、俺は酒の入ったグラスを高く掲げた。


「メリークリスマス!」


「「「「「メリークリスマス!」」」」」


 大人数の楽しい晩餐が始まった。

 ちょっとお行儀の悪い連中が多いが、アリーさんも目くじらを立てずに楽しんでいる。


 食堂の窓から外を見ると、雪が降り始めていた。

 キャランフィールドの北に住処を移した火竜の親子に向かって、俺はグラスを掲げた。


「メリークリスマス!」



◆―― 作者より ――◆

皆様よいクリスマスをお過ごし下さい!

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