第317話 僕の女神ブーム!

 アリーさんとの話が終ると、もう、お昼だった。

 俺は、久々にキャランフィールドの食堂で昼食をとることにした。


 食堂に近づくと賑やかな声が聞こえる。

 いや……、これは……、ルーナ先生と黒丸師匠の声だ。


「アンジェロの真似やる!」


「それがしは、アリーの真似である!」


 俺の真似!?

 アリーさんの真似!?


 食堂の入り口から、そっと中をのぞく。


 ルーナ先生が、先ほどの俺のように片膝をついた。


「アリーさん! 僕の女神!」


「まあっ!」


 黒丸師匠が、両手を頬にあてクネクネとリアクションする。


 昼時の食堂は人が一杯で、ルーナ先生と黒丸師匠の寸劇に大喜びだ。


「ダー! ハハハッ!」

「ウヒョー!」

「そんなこと言ったのかよ!」


 だが、俺はたまったものではない。

 大慌てで食堂に突入し、二人に。


「何をやっているのですか!」


「アリーさん! 僕の女神!」


「まあっ!」


「やらないで下さい! ひどいですよ! のぞいていたんですね?」


「アンジェロ少年が心配だったのである。見守っていたのであるよ」


「そーそー」


 握った拳がプルプルと震えた。

 俺の顔は真っ赤になっていただろう。


 ひどい!

 俺にプライバシーはないのか!


 俺が入ったことで、食堂にいるキャランフィールドの住人たちは一層盛り上がる。


「いよっ! 色男!」

「王様! 待ってました!」

「アンジェロさん! がんばれ~!」


 一体、何をがんばれというのか。


 俺がワタワタしているとルーナ先生が俺の肩を指で突いた。


「わたしにも言って欲しい」


「えっ? 何をですか?」


「僕の女神」


「えっ!? ここで!?」


「そー!」


 クッ……殺せ!



 *



 ――十日後!


 俺は黙々とケッテンクラートを磨く。


『世話になったな! ありがとう!』


 そんな気持ちを込めて洗車するのだ。


「なあ、アンジェロの兄ちゃん。現実逃避は良くねえぞ」


 ホレックのおっちゃんが、何か言ってきたが俺の心は諸行無常、色即是空なのだ。

 ケッテンクラートの機械部分に油を塗る。


 これはオーク油らしいのだが、機械油としてもいける。

 オークは食料にもなるし、優良魔物だな。


「なあ、アンジェロの兄ちゃん。もう、そのケッテンクラートはピッカピカだぞ。俺の工房に遊びに来るのは構わねえが、他のケッテンクラートもきれいだしよ。戦争で付いた汚れは落ちたぜ」


 うん?

 そうかな?

 俺はまだまだ磨きたいぞ。


「あー、その、何だ。『僕の女神ブーム』も結構なことじゃねえか」


「言わないで」


「女性を中心に、アンジェロの兄ちゃんの人気が上がったらしいぞ。だから気にすんなよ。なあ?」


「言わないでええええええぇぇぇぇぇ!」


「いや! 気にすんなよ! 俺は、ロマンチックでイイと思うぜ!」


「あああああああああああああああああああああああああ!」


 もう、恥ずかしさで死ぬ。


 結局、俺はルーナ先生と白狼族のサラに『僕の女神』をやるハメになったのだ。

 それも、キャランフィールドの住人の前で!


 公開羞恥プレイと化したが、ルーナ先生とサラは大満足だったようだ。


 だが、俺の行動はあっという間に広まった。

 街中が俺の真似をして爆笑している。


 そして日が経つにつれ、愛の告白やプロポーズで、『僕の女神』をするヤツが増えだした。


 挙げ句の果てに『アンジェロ陛下に愛の見届け人をお願いします』とか、申し出るヤツまで出始めた。


 街の広場の真ん中で『僕の女神』でプロポーズ。

 宮廷から立派な服を着た役人が出張り、その場で入籍の手続き。

 何でも宮廷から出張る役人は、俺の代理なのだそうだ。


『アンジェロ様のおかげで、国民の数が増えそうですな。僕の女神は、まことに結構!』


 ――とか、じいは言っていたが、頬がピクピクして今にも笑い出しそうだったのを、俺は見逃さなかったぞ。


「ホレックのおっちゃん。なかったことには出来ないのかな?」


「一度口から出ちまったモンは、取り消せないだろう。まあ、あきらめるんだな」


 ホレックのおっちゃんに、さじを投げられてしまった。

 俺は深くため息をつき、油で汚れた手をボロ布で拭う。


「それでよ。真面目な話をいいか? 内燃機関と蒸気機関……、あれは担当を決めて研究してみることにした」


「あの本は、役に立ちそう?」


「ああ、大雑把な原理がわかるだけでも、大分違うからな。続きの翻訳を頼む」


「わかった」


 スターリンの自室に金庫があり、中には地球から持ち込まれた本が大量にあった。


 火薬や爆薬についての本、内燃機関、エンジンについての本、蒸気機関の本、他にも化学など広範囲に渡って専門書があった。


 恐らく地球の神の使いに、持ってこさせたのだろう。


 俺はその中から、『内燃機関』、『蒸気機関』、『無線』について書いてある本を、日本語からこの異世界の言葉に翻訳して、ホレックのおっちゃんに渡したのだ。


「問題は、燃料……。石油か……。この世界にはないんだよね……」


「それだな。アンジェロの兄ちゃんが翻訳してくれた本には、食用油で動くエンジンもあると書いてあったが……」


「うーん……。食用油は、民間の需要が高いからね……。出来れば避けたいな」


 俺が揚げ物をこの異世界に持ち込んだせいもあるが、食用油は不足気味なのだ。

 廃油を集める手もあるが、揚げ物屋が沢山あるわけではないから、廃油では量が集まらない。


 石油があればよかったのだけれど、あちこち聞いて回っても石油はない。

 今後、発見する可能性もあるが、現時点ではない物としてエンジンの開発を行わないと……。


「木炭はどうかな?」


「木炭?」


「木炭から発生するガスを使うエンジンがあるんだ。木炭自動車……、乗合馬車を動かすくらいのパワーは得られるらしい」


 昔、日本では、木炭バスが走っていたそうだ。

 ただ、エンジンのパワーが弱いので、上り坂では乗客が降りてバスを押すなんてことがあったらしい。


 魔導エンジンは優れた機構だが、魔石を燃料として消費する。

 魔物を狩って、魔石を得られているが、将来、魔石が不足する事態もあり得る。


 違う燃料を利用するエンジンを開発して、用途に応じてすみ分けさせたいのだ。


 木炭は、どこにでもある。

 ホレックのおっちゃんは、ヒゲを右手でこすりながら、興味深そうにした。


「ふむ……悪くねえな。じゃあ、その木炭エンジンを開発してみるか」


「頼むよ。本を見て参考になりそうなところは翻訳するよ」


「おう! 頼むぜ! 木炭エンジンの開発は、俺の娘にやらせよう。蒸気機関は俺がやって……。あー、それから、無線だが、ラッキー・ギャンブルの野郎がやるってよ」


「エルフが?」


「ああ」


 ホレックのおっちゃんは、面白くなさそうだ。

 ラッキー・ギャンブルは、エルフの代表者……。

 エルフとドワーフは仲が悪いからな。


 だが、俺にとっては、悪くない。

 機械系は鍛冶が得意なドワーフが担当して、化学系は魔法に精通したエルフが担当する。


 両者が競い合えば、開発速度が上がる。


 そうだ。

 人族の技術者も紛れ込ませよう。


 さて、忙しくなるぞ!

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