第316話 尻に敷かれる俺の人生

 フォーワ辺境伯から側室の話があったと告げると、アリーさんの雰囲気が一変した。

 六月なのに部屋の中は、零下の寒さだ。


 おかしいな。

 アリーさんは魔法使いじゃないのに。


「それがしは、冒険者ギルドの様子を見てくるのである!」


 黒丸師匠が、逃げ出した!


「しまった! 情報部との打ち合わせの時間でした。では、これで!」


 じいも、逃げ出した!


「あー、お腹が空いた! みんなのお昼を作ってくる!」


 ルーナ先生も、逃げ出した!


「ちょっと! みんな! あ~!」


 なんという逃げ足の速さ!

 部屋に残されたのは、俺とアリーさんだけ……。


 いや! 他にもいた!

 アリーさんの護衛の猫族が、自由気ままに部屋のあちこちでごろ寝している。


 ――さてはオマエらが、どこかで聞きつけて、アリーさんにチクったな!


 俺が猫族の一人をにらむと、猫族が一斉に非難の鳴き声を上げた。


「にゃ~!」

「にゃ~!」

「にゃ~!」

「にゃ~!」

「にゃ~!」


「わかった! わかった! ちゃんと話すから!」


 俺は、フォーワ辺境伯の話を、アリーさんに報告し始めた。

 浮気したわけでもないのに、なんで俺がこんなに追い詰められるの?



 *



 スターリンがヴィスに討ち取られたことで、俺は戦争の終結を宣言した。


 俺とじいは、ドクロザワで後処理の指示を出しながら、次々と軍を解散させる。


 軍は大飯ぐらいだ。


 毎日の食事。

 兵士に払う給料。

 兵士の娯楽となる酒などの嗜好品。

 矢など消耗した武器の補充。

 騎馬隊の軍馬が食べる糧秣。

 魔道具に使う魔石。

 などなど……。


 早く軍を解散させないと、俺は破産してしまう。


 治安維持に必要な最低限の戦力を除いて、各地から馳せ参じてくれた騎士・兵士の皆さんには、順次お帰りをいただいている。


 ありがとう!

 君たちの勇姿を忘れない!


 俺は、次々と友軍が故郷へ帰っていくのを見送った。


 そんな中、俺の大天幕にギュイーズ侯爵とフォーワ辺境伯が、帰郷する挨拶にやって来た。

 二人は旧メロビクス王大国貴族たちを、よくまとめてくれている。

 俺の強力な与党だ。


 形式的な挨拶と事務的な確認が終ると、二人から『軽便鉄道を買い取りたい』と申し出があった。


「軽便鉄道ですか……。売れなくもないですが、高いですよ?」


「婿殿。もちろん、それ相応の対価は支払うよ」


「まあ、最新鋭の設備ですからな。仕方ないでしょう。それと、あの飛行機……。そろそろ我らにも配備していただきたい」


「そうだな。婿殿。兄君のアルドギスル陛下は、専用のグースをお持ちと聞くが?」


「あれはレンタルです。買えば高いですよ? ミスリルを使っていますし、羽根はワイバーンの翼ですから」


「「それでも欲しい!」」


 ギュイーズ侯爵とフォーワ辺境伯は、この戦争の勝ち組だ。


 二人とも小麦などの食料をかき集めて、軍に売却し莫大な利益を上げた。

 ギュイーズ侯爵など、領都の港で食料を荷揚げして、軽便鉄道で内陸部まで輸送したのだ。


 軽便鉄道と異世界飛行機グースを買い上げても、二人の財布は余裕だろう。


「婿殿。そういえば、シメイ伯爵も飛行機を欲しがっていたぞ」


「シメイ伯爵が?」


「彼の領地は山間部なので、空から領内の見回りが出来れば便利だと言っていた」


「なるほど」


 シメイ伯爵も勝ち組だ。

 あそこは領民が出稼ぎ感覚で参陣してくれるし、戦いにも慣れている。

 何気に頼もしい。


 襲いかかってきた敵兵を、料理をしていたおばちゃんたちが、鍋の蓋でぶっ叩きノックアウトしているのを見た。


 南部騎士団とあだ名されたのは、伊達ではない。


 シメイ伯爵は、領地から木材と魔物の肉を運び入れて一稼ぎした。

 木材は陣地構築や士官や兵士の仮宿舎を建てる為、大量に必要とされたのだ。


 馬型の魔物が牽引する大型の馬車が、次々にシメイ街道を下って前線に木材を運ぶ光景は、なかなか壮観だった。


 それに魔物の肉が、兵士たちに大人気だった。

 シメイ伯爵自ら鉄板焼きの屋台を出して、商売していたからな。

 チャリチャリ稼いで、武闘派に見えてしっかりしたオヤジだ。


「それと、婿殿。奥向きの話を、よいかな?」


「奥向きですか?」


「うむ」


 話題が変わり、ギュイーズ侯爵がフォーワ辺境伯に目配せした。

 フォーワ辺境伯が、しゃっちょこばる。


「えー……、ゴホン! アンジェロ総長陛下にお願いがございます。我がフォーワ辺境伯家から、側室をお召し上げ下さい」


「側室ですか……?」


 ギュイーズ侯爵を見ると、無表情にうなずいた。

 ギュイーズ侯爵は、俺の婚約者であるアリーさんの祖父だ。


 俺の後ろに控えていたじいが、話に割って入った。


「突然のお話で、アンジェロ様も困惑しておいでです。もう少し詳しい事情をお聞かせ下さい」


「うむ……。実はですな……」


 フォーワ辺境伯が、長々と事情を話した。

 要約すると――。


 ・派閥内(寄親寄子)から、婚姻政策を求められている。


 ・旧メロビクス王大国貴族の気持ちを考えるとギュイーズ侯爵とのバランスを取った方が良い。


 ・自分も総長(俺)と親戚になりたい。


 ――と、いう理由だ。


 なるほどな。

 アルドギスル兄上と俺は異母兄弟。

 ギュイーズ侯爵と俺は、将来義理の祖父と孫。

 有力者であるフォーワ辺境伯が、俺と縁を結びたいと思うのは当然のことか……。


 それに北部――つまりギュイーズ侯爵派閥の力が突出してしまうのは、南部――フォーワ辺境伯派閥としては、面白くないのだろう。


 じいも納得したようだ。

 話を進める方向でフォーワ辺境伯に確認をし始めた。


「それでしたら一度検討をいたしましょう。しかし、フォーワ辺境伯殿に年頃の娘はおらんでしょう?」


「ええ。ですので、分家から年頃の娘を養子にとろうかと」


「なるほど。それなら側室で釣り合いがとれますな。ギュイーズ侯爵殿は、よろしいので?」


「まあ、側室なら構わんよ」


 大人同士で、ドンドン話が進んでいる。

 俺も希望を伝えておこう。


「フォーワ辺境伯。出来るだけ優秀な子を寄越して下さい」


 俺の婚約者はみんな優秀だ。

 アリーさんは、政治家、行政官として活躍し、ルーナ先生は魔法、白狼族のサラは特殊部隊を率いている。


 出来れば内政寄りの人材が欲しい。


 だが、俺の希望を聞いたフォーワ辺境伯は、キョトンとしている。


「優秀……ですか? アンジェロ陛下の側室の話ですが?」


「ええ。側室の話をしていますが?」


「あの……、下世話な申しようで恐縮ですが……。普通は、美しい娘がよいとか、胸が大きい娘がよいとか、そういう希望が出てくるモノですが?」


「そうなのですか? ウチの婚約者は優秀で、みんな働き者ですよ。後宮のお飾りはいりません。実戦型を送って下さい」


「……」


 どうやら俺の希望は、一般的な側室探しからは乖離していたようだ。

 それに俺の婚約者は三人とも美人だからな。

 美人は間に合っている。


 こうして、ギュイーズ侯爵とフォーワ辺境伯は領地へ帰っていった。



 *



「――という訳です」


 俺は、側室取りの経緯を正直にアリーさんに話した。

 特に『美人は間に合っている』という俺の気持ちを強調して伝えたのだ。


「美人とは誰のことですの?」


「もちろんアリーさんですよ! 僕の女神!」


「まあ!」


 片膝をついた芝居がかったポーズで、クサイセリフを決めたのが功を奏した。

 アリーさんの笑顔が、パッと明るくなった。


 後ろで猫族が『ニャー! ニャー!』と冷やかしているが無視だ。


「事情はわかりました。正式な回答は、まだ、ですのね?」


「そうです。アリーさんが嫌なら断りますよ?」


「いえ。フォーワ辺境伯様のご希望通りに、側室を受け入れて下さい。国内貴族のバランスを考えると、受け入れた方がよろしいでしょう。今は安定が必要ですわ」


 アリーさんの顔が政治家の顔に変わった。

 こういう所は、さすが大物貴族の出身だ。


「ただし、私との結婚式の後にしていただきたいですわ」


「もちろん!」


「それから人族の正室は、私だけにするとお約束ください」


「なるほど……」


 ああ、それで急に俺のことを『あなた』と呼び出したのか。

 アリーさんは、グンマー連合王国における自分の立場を、確立させたいのだ。


 俺が現在の婚約者と結婚すると――。


 ・人族の正室:アリーさん

 ・エルフの正室:ルーナ先生

 ・獣人の正室:サラ


 ――となる。


「それは……。別種族の正室はいても構わないが、同種族である人族の正室は自分一人にしないと争いが起る……。ということですか?」


 アリーさんは、ニコリと笑った。


「理解のある婚約者を得て、私は幸せ者ですわ」


 こうしてフォーワ辺境伯から側室を娶る件は、アリーさんのお許しが出た。

 俺は尻に敷かれる人生を送るのだなと理解したのだった。

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