第279話 学食みたいな、俺の異世界食堂

「ちょうどお昼。私たちもご飯。お腹空いた」


 ルーナ先生に言われて気が付いたが、俺も腹が減っている。

 四人で食堂へ行くことにした。


 領主館に併設された食堂では、赤獅子族のヴィスがエビフライ定食をパクついていた。

 食堂のおばちゃんによると、既に二つ定食を完食して、あれで三定食目らしい。


 俺は白身魚のフライ定食を持って、赤獅子族のヴィスが座る前の席に来た。


「ここ、いい?」


「ん? おう、アンジェロ……さん。いいぜ!」


 赤獅子族のヴィスの前に座り、俺も定食を食べ始める。

 じい、ルーナ先生、黒丸師匠が、俺たちの周りを囲むように座った。

 他の人が近づかないようにしている。


 俺はヴィスから、多くの情報を引き出したい。

 それも建前じゃなく、本当に何が起きているのかを正直に話して欲しい。

 その為には、少し仲良く成っておいた方が良いだろう。


 俺は定食をつつきながら、何気なく会話をスタートした。


「美味しい?」


「おう! うめーよ! エビフライ最高! やっぱ揚げ物はうめえ!」


「口に合って良かった。揚げ物だと、オーク肉のトンカツが出ることもあるよ。えっと、トンカツというのは――」


 俺はトンカツとは、どんな食べ物が説明しようとした。

 フライなどの揚げ物は、俺が異世界に持ち込んだ料理法だ。

 この異世界の人たちは、トンカツのことは知らない。


 だが、ヴィスは、俺がトンカツの説明をする前に言葉をかぶせてきた。


「マジか! トンカツ食いてえな!」


「トンカツを食べたことがあるの?」


「おう! カツ丼とか無理かな?」


「あるよ……」


 俺は違和感を持った。

 普通だったら『トンカツ? どんな食べ物だ?』と聞いてくるのだ。

 赤獅子族のヴィスは、トンカツもカツ丼も当たり前のように……。


「なんか、ここは学食みたいだな。落ち着くわ。スゲーいいよ!」


「学食って……。ヴィス……君は一体……?」


 この異世界にない言葉『学食』に、俺は少し動揺した。


「ん? お前と同じ転生者だよ。元日本の高校生」


 ヴィスは、エビフライを食べながら、サラッと重要な告白をした。

 思わず俺の箸が止まる。


 ヴィスが顔を上げ、俺の目を見る。


「俺の身の上話を聞くか?」


「聞かせてもらうよ……」


 じいや黒丸師匠が見張っているので、近くに人はいない。

 食堂を利用する人たちは、離れたテーブルを使ってくれている。


 ヴィスが話す気になっているのだ。

 ここでこのまま話を聞いてしまおう。


 転生前のヴィスは、日本の高校生で、かなり荒れていたらしい。

 地球の神様によって、この世界に転生させられたそうだ。


 聞いて驚いたのだが、地球の神様は、女神ジュノー様たちとは敵対関係にあり、ヴィスにこの異世界を混乱させろと指示したらしい。


「妨害行為ってこと?」


「だな。神様のクセにやること汚えよな」


「じゃあ、俺のことも?」


「ああ、地球の神様の使いから聞いた。多分、この異世界の神様が連れて来た転生者だから、邪魔しろだとよ」


 横で聞き耳を立てるじいたちに、緊張が走るのがわかった。

 黒丸師匠は組んでいた腕をテーブルの上に載せ、いつでもオリハルコンの大剣を抜けるようにしている。


 俺は、ヴィスの言葉をゆっくりと吟味してから質問した。


「ヴィスは敵に回るの……かな? そういうわけでも……ないでしょ?」


 俺の敵に回るなら、とっくに俺に襲いかかっているだろう。

 何よりヴィスの話しぶりは、地球の神様に批判的だ。


「ああ。あいつら、こんな姿に転生させやがってよ! あいつらの命令を聞く筋合いはねえ!」


「そ、そうなんだ」


 ヴィスの剣幕に驚いた。

 かなり不満があるようだ。


 ヴィスとしては、転生するなら転生前と同じ人族が良かったそうだ。

 獣人、それもあまり人化していない赤獅子族に転生したので、前世とのギャップに今も苦しんでいると。


「なあ、アンジェロ……さん」


「公的な場でなければ、呼び捨てでいいよ」


「おう! それでアンジェロ! イネスを助けてくれるのか?」


「どうだろう……」


 俺は、わざと結論をぼかした。

 イネスを助ける方向になっているけれど、ここで言質を与えたくない。


 もっと情報が必要だ。


「俺は早く戻りてえ。今、すぐにでもな」


「随分、急ぐね? トンカツを食べていけば?」


「うっ! トンカツは食いてえけど……。早くイネスのそばに戻らねえと!」


 そんなに状況は切迫しているのか?

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