第278話 イネスからの手紙
俺はイネスからの手紙を開いた。
手紙には、これまでの経緯と用件が、小さな字でビッシリと書かれていた。
「アンジェロ様、手紙にはなんと?」
じいが急かす。
じいも手紙の中身が気になっているのだ。
「イネスは、共産党組織に身を投じたらしい。そしてソ連の力を借りてカタロニア地方を独立させたと……」
「なるほど……。カタロニアの独立運動組織がソ連を利用した……。いや、逆ですかな?」
俺は手紙を読み進める。
どうやら、じいの読みが当たっているようだ。
「逆みたいだね。ソ連の中央委員会という組織から、人が派遣されてカタロニアを仕切りだしたらしい」
「ソ連によるカタロニアの支配ですな。支配を受け入れた理由は、資金でしょうか?」
「資金提供、武器提供、火薬の提供と書いてある。ソ連中央委員会の意向を汲まねば、支援を打ち切ると圧力を受け徐々に……」
「ソ連に支配されたと?」
「うん」
まったく知らないということは、怖いことだ。
もしも、イネスが地球の歴史を知っていれば……。
ソビエトを始めとする多くの共産主義国家が、理想と乖離した恐怖政治の独裁国家だったことを知っていれば……。
共産主義組織と手を組むことは、なかっただろう。
マドロス王国の支配下の方が、はるかにマシだ。
俺は執務机の上に置いた紅茶を一口飲んで、気分を切り替えてから手紙の続きを読んだ。
「じい! カタロニアでは、飢饉が起きそうだと書いてあるぞ!」
「飢饉でございますか? はて? 今年の大陸北西部は、秋の収穫はどこも悪くないと記憶しておりますが……」
「独立支援をした見返りとして、ソビエト中央委員会が各地で農作物の収奪を行っているらしい」
「それは……」
ひどい話だ。
独立支援をした見返りと言っているが、カタロニアはソ連の支配下にある。
独立したのは、ほんのわずかの間だっただろう。
俺が手紙を読み終えたところで、ルーナ先生と黒丸師匠が執務室に入ってきた。
「イネスから?」
「ええ。手紙が届きました。これです」
ルーナ先生は、イネスの手紙を俺からひったくるように受け取り、むさぼるように手紙を読んだ。
ルーナ先生がイネスの手紙を読み終えると、イネスの手紙は黒丸師匠から、じいへと順番に読まれていった。
全員がイネスの手紙を読み終わるのを待ち、俺は話し始めた。
「イネスたちカタロニア独立組織は、ソ連から離脱して我々グンマー連合王国に参加したいそうです」
「アンジェロ少年。それは、可能なのであるか? 手紙を読んだ印象であるが、ソビエトの支配は強いようであるが?」
黒丸師匠の疑念は理解できる。
しかし、俺は可能なのだろうと思う。
「我々グンマー連合王国が、ソ連の代わりに資金援助などを行う。そして、飢饉にならないように食料を融通すれば、カタロニアの人々はソ連からグンマー連合王国に乗り換えることに賛成するでしょう」
イネスの手紙には書いてないが、グンマー連合王国に加入したいということは、『イロイロ助けてね』ということだろう。
まあ、そこは察してあげよう。
「なるほど、そうであるな。この手紙にあるソビエト中央委員会とやらから、派遣されている者たちは、どうであるか?」
「数は多くないのでは? 制圧は可能でしょう」
「ふむ……。中心人物がアダモヴィッチとメドベジェンコであるか……。コレであるな?」
黒丸師匠が、首を刈るジェスチャーをした。
俺は静かにうなずく。
イネスからの手紙によれば、アダモヴィッチとメドベジェンコが指導的な立場にいるらしい。
この二人を排除すれば、中央委員会から派遣された連中を制圧しやすくなるだろう。
何せ、カタロニアの地元民が動くのだ。
中央委員会から派遣された連中は、抵抗しようとも数で圧せられる。
俺は自信を持って黒丸師匠に問う。
「実行は十分可能だと判断します。どうでしょう?」
「それがしも、可能だと判断するのである。しかし……、イネスはちょっと図々しいのである。アンジェロ少年は、そうは思わないのであるか?」
「……」
「自分のケツは、自分でふくのである。他人にケツをふかせるなと思うのである」
黒丸師匠は、渋い表情だ。
それは確かに、その通りだと思う。
黒丸師匠の言い方はキツイが、確かに、イネスたちカタロニア独立組織の尻拭いを、俺たちグンマー連合王国がすることになる。
ソ連を追いだした後のカタロニアへの支援に、相当な予算を組む必要がある。
つまり、金がかかる。
タダでは、出来ない話なのだ。
一国の王として、連合王国の総長として、この話を受けるべきなのか……。
ルーナ先生に視線を移す。
イネスの友人であるルーナ先生は、どう思っているのだろうか?
「ルーナ先生のご意見は?」
「私は黒丸と同じ意見。ソビエットは、ダメ。あんな泥棒を自分たちで引き入れて、困ったから何とかしてくれなんて図々しいにも程がある」
「厳しいですね」
「私たちはクリスマスから、あちこちで戦った。カタロニアが独立してソ連入りなんて余計なことをするから……。忙しくて遊ぶ暇がなかった」
「すいません。こき使って」
どうやら、ルーナ先生は、年末年始に遊べなかったのがご不満らしい。
いや、でも戦場でゲラゲラ笑っていたよね?
催涙弾やカイカイ爆弾を落としたり、捕虜になった督戦隊の連中にグンマークロコダイルをけしかけたり、それなりに戦場ライフをエンジョイしていたように見えたけど?
ルーナ先生に、そのことを聞くと『別腹』と切り替えされた。
督戦隊の股間をイセサッキにかませるのは、スイーツじゃないぞ!
俺はルーナ先生の話を切り上げて、じいの意見を聞いた。
「じいは?」
「さて……。ドラゴニュート殿の言い分はごもっともですじゃ。しかし、これはソビエトを切り崩すチャンスでもあります」
それだよ!
対ソ連の対応は、和平か、攻めるか、で意見が割れているが、俺としてはソ連を攻めたいのだ。
新年を寿ぐ宴でフォーワ辺境伯が言っていた通り、王政を否定するソ連共産主義とグンマー連合王国は共存出来ない。
では、どうやって強大なソ連を倒すか?
地球の歴史に学ぶなら長期戦だろう。
東西冷戦のように国境を閉ざし、彼らが自壊するのを待つ。
しかし、地球世界とこの異世界の状況では、大きく違う点がある。
それは、俺たちグンマー連合王国は、自由主義ではなく王政なのだ。
アメリカを始めとする西側諸国は、自由主義国で、自由選挙、身分制度がない公平な社会があった。
共産主義が食い込もうとしても、自由主義国では限度があるのだ。
だが、王政の、身分制度のある我々グンマー連合王国ではどうか?
正直、わからない。
俺は善政をしいていると思うが、領地貴族全員が善政をしいているのかと聞かれればノーだ。
中には税率が高いとか、それこそ騎士ゲーのように初夜権とか無茶苦茶なことをしている領地貴族もいるかもしれない。
そういった統治の悪い場所に、ソビエトからエージェントが派遣され『貴族を追い出せ!』と運動が始まったら?
ひょっとしたら、グンマー連合王国内でも共産主義革命が起こるかもしれない。
長期戦を選べば、こんなリスクがあるのだ。
ならば出来うる限り早いタイミングで、ソ連を攻め滅ぼした方が良い。
俺が自分の考えを説明すると、黒丸師匠は深くうなずいた。
「なるほどである。確かに、ソ連と和平を結んで長期戦に持ち込むより、短期戦の方が良さそうである。で、あれば、イネスからの申し出は、受けた方が良いのである」
黒丸師匠に、ルーナ先生が続く。
「火薬を考えると、長期戦より短期戦の方が良い。火薬を使った武器が増え、火薬を改良されると厄介」
「それは面倒ですね……」
ヨシフ・スターリンは、転生者で間違いないだろう。
ならば地球に存在する武器を知っている。
ルーナ先生の言うように、火薬を改良、発展されると厄介だ。
その前に叩く!
四人の意思は統一された。
イネスからの申し出を受ける。
ソ連を叩くための、作戦を考えなくては……。
その為にも……。
「赤獅子族のヴィスと話そう。より多くの情報を得ましょう」
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