第276話 和平か、継戦か(新年を寿ぐ宴)

 ――年が明け一月十日、旧メロビクス王大国王都メロウリンク。


 俺が乾杯の音頭をとり、新年を寿ぐ宴が始まった。


「新年おめでとう!」


「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」


「グンマー!」

「グンマー!」

「グンマー!」


 なぜか『グンマー!』のかけ声も多数入る。

 まあ、細かいことを気にしてはいけない。


 グンマー連合王国は、多数の種族民族が同居する国なのだ。

 細かいことを気にしていたら、総長などやっていられない。


 今年の『新年を寿ぐ宴』は、旧メロビクス王大国王都メロウリンクで開催した。

 キャランフィールドには、場所がないし、運営する人手も足りない。


 メロウリンクの旧メロビクス王宮は、さすがに地域大国の王宮だ。

 広い会場や多人数の料理を用意できる台所があり、街には多数の宿屋がある。

 グンマー連合王国中の貴族を集めるには、ピッタリだ。


 メロウリンクは、アンジェロ・フリージア王国の領地になっている。

 飛び地なので、代官をおいて運営しているが、遺漏なく準備をしてくれた。

 俺からのリクエストで、立食形式の肩のこらない会にしてもらった。


「婿殿、新年おめでとう!」


 アリーさんの祖父であるギュイーズ侯爵が、俺に挨拶に来た。


「ギュイーズ侯爵、新年おめでとうございます!」


「昨年末は大変だった……。今年は、どうするかね?」


 昨年末、俺たちグンマー連合王国は、ソ連の全面攻勢を受けた。

 各地で奮闘し、なんとか押し返し国境線を維持した。


 俺、ルーナ先生、黒丸師匠は、異世界飛行機グース爆撃隊を引き連れて転戦した。

 南メロビクス王国、北メロビクス王国、マドロス王国と戦っては転移した。

 新年も戦っていたのだ。


「国境線まで押し返しましたが、敵に動きはありませんね」


「ふむ……。では、外交かな?」


「それが……交渉を受け付けないのです……」


 赤軍は、国境近くにとどまっている。

 こちらから『交渉しよう』と呼びかけてみたり、矢文を打ち込んでみたりしたが、返事がない。


「ふうむ……。ソビエト連邦は、侵攻をあきらめていないのか……」


「命令系統が機能していない可能性もあります。旧ミスル王国の主立った貴族は、処刑されるか、我が国に亡命しましたから」


「なるほど。やりづらいな……」


 ギュイーズ侯爵は、和平が希望だろうか?

 俺は、ギュイーズ侯爵の意見を聞いてみることにした。


「侯爵は、和平が良いと思いますか?」


「そうだね。どうも……あのソビエト連邦は不気味だ……。情報が少なすぎる。まずは、和平を結びソビエト連邦に関する情報を集めるのが良いと思うね」


 なるほど。

 我々が持っているソビエト連邦の情報は少ない。


 まず、工作員のエルキュール族は、ソ連になかなか進入できないでいる。

 偽装が出来ないのだ。


 商人はダメ。

 旅回りの踊り子一座もダメ。

 吟遊詩人もダメ。


 全て国境近くで、追い返されている。


 次に、戦争捕虜から有力な情報を得られていない。

 捕虜は何人かとれたが、ほとんどが一般人でソ連上層部の内情などわかるわけがない。


 ソ連の督戦隊も数人捕虜にしたが、共産主義イデオロギーを大声でわめくだけで、尋問にならないそうだ。


 あまりにひどい態度なので、強い尋問……。

 つまり、拷問にかけたそうだが、どうやら党の中でも下っ端連中らしく、使える情報は持っていなかった。


「侯爵としては、ソ連のことをもっと知るべきだと?」


「ソビエト連邦が、どこへ向かうのかを知りたいね。覇権国家を目指し、近隣諸国を併呑するつもりなのか、それとも自らの領地の保全を図りたいだけなのか……。我々と共存出来る道があるのかないのかを知りたい」


 共産主義国家と共存か……。

 ギュイーズ侯爵は、異世界人だから、地球の歴史を知らない。


 地球では二十世紀後半に冷戦があった。

 自由主義陣営と共産主義陣営に分かれて、国境を閉ざしたのだ。


 人の行き来は最小限で貿易は行わない。

 両陣営のリーダーであるアメリカとソ連が軍拡競争を行い、地球を何度でも滅ぼせるほど大量の核ミサイルが生産された。


 そんな形のいびつな共存ならあり得るかもしれない。


「ご意見は承りました。参考にします」


「よろしく頼むよ。そうそう! そろそろ、孫娘のアリーと結婚しては、どうかね?」


 ギュイーズ侯爵が、話題を変えた。


 そうだな。

 俺も今年の四月で十三才になる。


 転生前の日本感覚だと結婚には早いが、異世界の貴族社会で十三才は、結婚しても良い年だ。


 俺の体もそろそろ大人の仲間入りに――。


「おじい様。新年おめでとうございます!」


 ちょっと『やましいこと』を考えていたら、アリーさんがスッと俺の隣に入ってきた。

 俺と目を合わせニコッと笑うと、ギュイーズ侯爵を連れて離れていった。


「今年は、ひ孫の顔が見られるかな?」


「まあ、おじい様ったら!」


 俺が『やましいこと』を考えていたのが、バレたか!?

 心を読まれたか!?


 いや、考えてもイイよね?

 結婚するということは、そのイロイロとアレコレ……上になったり、下になったり、夜の無制限一本勝負をヤルわけで……。


 ――やはり最初はエビ固めで、ピンフォール勝ちだろうか?


 俺が恐ろしくくだらないことを考えていると、フォーワ辺境伯がやって来た。

 新年の挨拶を交すと、すぐに対ソ連の話になった。


「アンジェロ陛下! ソビエト討つべし! 連中はロクな命令系統を持ちません。数が多いだけの烏合の衆ですぞ!」


 フォーワ辺境伯は、継戦が希望か。

 俺は腕を組み考え込む。


「うーん……。しかし、数が多いのは脅威でしょう? 数が多いということは、軍に回復力があるということです。倒しても、倒しても、キリがないのでは?」


 フォーワ辺境伯は、俺の返答を『ごもっとも』と一度受けてから、声をひそめた。


「ですから……。ソビエト連邦の奥深くまで侵攻し、連中の首魁を討ち取るのです!」


「フォーワ辺境伯の狙いは、ヨシフ・スターリンですか……」


 かなり積極的な案だ。

 俺が驚いていると、フォーワ辺境伯は話を続けた。


「アンジェロ陛下。ソビエトの連中は、我ら貴族や王族を目の敵にしているのですぞ! そんな彼らが、我らと共存出来るとは思えません! 我らとは不倶戴天の敵です!」


 それは、その通りだ。

 共産主義と王政は、水と油だろう。


 ロシア革命では、ロシア王族が処刑されている。

 深夜に地下室へ連れて行かれ、機関銃で一家皆殺しだ。


 俺は自分たちが、アリーさん、ルーナ先生、白狼族のサラが、機関銃で撃ち殺されるシーンを想像した。

 ゾッとする……。


 フォーワ辺境伯は、厳しい表情で俺に告げた。


「彼らの考え共産主義は毒です! 我らの国をむしばみ、王政を崩壊させます! 放置してはなりませんぞ!」


「フォーワ辺境伯の考えは、よくわかりました。他の方の意見も聞いて判断します」


 フォーワ辺境伯は、一礼すると他の貴族たちとの交流しに行った。

 俺のそばに控えていたじいが、フルーツジュースが入ったガラスのコップを俺に渡した。


 俺は、一息に飲み干す。


「じい。フォーワ辺境伯にしては、珍しく強硬な意見だった」


「かの御仁は、機を見るに敏です。的を射たご意見でしたじゃ」


「じいは、フォーワ辺境伯に賛成か?」


「はい。情けない話ですが、情報部はソビエト連邦の情報を集められないでおりますじゃ。ギュイーズ侯爵のご意見はもっともですが……」


「時間をかけても、情報は集まらないか?」


「その可能性が高いかと……。でしたら、敵が防衛体制を整える前に、攻め込むのもよろしいでしょう」


「迷うな……」


 俺は次々に有力者の意見を聞いた。


 新加入したマドロス王国の国王は、『独立しソ連に加盟した三カ国に攻め込み、領地を回復して欲しい』と希望した。


 ちょっと図々しいが……まあ、希望は希望だから。

 希望にそえるかどうかは不明だ。


 アルドギスル兄上は……。

 蒸留酒クイックをガンガン飲んでしまって、酔い潰れていた……。


 こうして戦時下ではあるが『新年を寿ぐ宴』は、無事に終了した。


 和平か、継戦か。

 俺は決断を求められていた。

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