第257話 貴族狩り

 俺は、ルーナ先生に火薬の利用方法を教えた。


 飛行機から投下する爆弾。

 地面に埋める地雷。

 海に浮かべる機雷。

 空を飛ぶミサイル。


 鉄砲、大砲、拳銃の話もした。


「拳銃が手元にあるのですが、ホレックのおっちゃんは、拳銃を作るのは難しいだろうと」


「なぜ? あの酒樽どもは、性格は悪いが鍛冶の腕だけは良い」


「弾丸が量産出来ないそうです」


 拳銃本体は、作れるそうだ。

 しかし、火薬をつめた薬莢、弾丸を量産するのが難しい。


 職人技で一つだけ作っても意味がない。

 それなりの価格で、それなりの量を作れなければ。


 弓があっても、矢がないのでは困ってしまう。

 それと同じだ。


 そんな訳で、銃の開発よりも、ケッテンクラートや魔導列車の開発に人的リソースを投入している。


「わかった。火薬は、私の方でイロイロ試してみる」


 ルーナ先生は、実験する気満々だった。

 マッドサイエンティスト気質でないことを祈る。



 *



 ――十月十四日。革命発生から五日目。


 ミスル王国で政変が起きたことは、既にキャランフィールドの街中に広まっている。


 情報を求めて、俺の館の周りには人が集まり、俺の執務室には幹部連中や引き抜いた元ミスル王国貴族が、入れ替わり立ち替わりやってくる。


 俺の婚約者であり内政担当のアリーさん。

 元ミスル貴族で、蒸留酒製造担当のエルハムさん。

 元ミスル大使のアクトゥエン子爵。

 商業担当のジョバンニ。

 ウォーカー船長。

 港に来ている商人たち。


 以下、略!


 とにかく人口密度が……。


 本人がいなくても、家族が代わりに待機したり、使用人が来ていたりと、廊下も人が溢れているのだ。


 もう、開き直って、執務室のドアは開け放してある。


「通してくれである! 通してくれである!」


 廊下から、黒丸師匠の声が聞こえた。

 黒丸師匠もチョコチョコ来ている。


「黒丸師匠。ミスルの冒険者ギルドの方はどうですか?」


「だめであるな。手紙転送の魔道具を使っても連絡が取れないのである」


 冒険者ギルドの情報を教えてくれるので助かる。


 俺と黒丸師匠の会話を、周りのみんなが聞き耳手立ているのがわかる。

 圧が凄いのだ。


「どくのじゃ! 通すのじゃ!」


 廊下から声がする。

 今度は、じいだ。


「じい、どうした?」


「アンジェロ様! ミスル王国に潜入させた情報部員から、現地の情報が入りました!」


 じいの言葉に、執務室から廊下までザワリとする。


「じい。みんなに聞こえるように、大きな声で報告してくれ」


「はっ……」


 じいは、情報保全を気にしているのだろうが、ここに待機している全員に聞かせなければならない。


 ミスル人は、身内や知り合いが、革命の起きたミスル王国に残っている。

 商人は、商売上の大損失につながりかねない。


 みんな、それ相応に情報が欲しい理由があるのだ。

 だから、教えてやる。


 そうでもしないと、暴動になっちゃうよ。


「では! ミスル王国に潜入した者からの報告を発表する!」


 じいが、よく通る声で話し始めた。


 まず……、ミスル国王と家族は、王宮の塔から吊るされたらしい。

 いきなりショッキングな報告に、聞いていた女性の中には倒れた人もいた。


 アリーさんやエルハムさんは、顔色一つ変えない。

 さすがだ。


 それから、王都レーベでは、貴族狩りが行われ、捕まった貴族は片端から処刑されているそうだ。


 貴族狩りは、共産主義革命組織が主導しているらしい。


『吊るせ! 女子供も容赦するな! 等しく吊るせ! 平等であり公平であること、それが共産主義だ!』


 そういって、民衆を煽り立てているそうだ。


 この報告に、元ミスル貴族から悲鳴が上がった。

 エルハムさんも額に手をやり、深くため息をついていた。


 さらに悪いのは、富裕な商人も襲われているそうだ。

 共産主義革命組織が、資産を没収し、逆らった商人は処刑。


 奴隷商人も襲われ、資産を没収された上に、奴隷たちの中に放り込まれたらしい。

 どうなったかは、想像したくないな。

 金貸しも同様だ。


 商人たちから、この報告に非難の声があがった。


 報告をしてきた情報部員によれば、これは初日の夜までの状況らしい。


 王都レーベは大騒ぎになったので、情報部員は身の危険を感じ、慌てて逃げ出してきた。

 街道を北へ走り、ドクロザワに逃げ込んだそうだ。


「今、入ってきた情報は以上じゃ!」


 じいの報告は、聞いている人たちに衝撃を与えた。


 しばらくは、みんな呆けたようにしていたが、すぐに動き出した。

 ドタドタと足音が執務室に響き、廊下にいた人たちも自分の家族や主人に情報を伝えに走りだした。


 じいも、各所に連絡を手配するために、一礼すると執務室を出て行った。


 たぶん、事態はもっと悪くなる。


 俺はウンザリした気持ちで、机の上で冷めてしまった紅茶を飲み干した。


「苦いッ!」

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