第256話 爆発実験

 ――二日後。十月十二日。キャランフィールド。


 ルーナ先生が、執務室にやって来た。


「アンジェロ。火薬が出来た」


 早いな!

 さすがルーナ先生!

 しかし、ルーナ先生は、ぶすっとしてメチャクチャ機嫌が悪そうだ。


 ルーナ先生が、実際に火薬を爆発させてみせるという。

 爆発実験だな。


 じい、黒丸師匠、白狼族のウィンタース隊長を呼んで、火薬の爆発実験を見ることにした。


 キャランフィールドの街から離れた荒れ地が実験場だ。


 ルーナ先生が、荒れ地の一カ所を指さした。


「あそこ。木の枝が刺さっているところに、火薬を埋めた」


 うん。

 小さな木の枝が地面に刺さっている。

 十メートルほど先だ。


「魔法は使わない」


 ルーナ先生は、腰にぶら下げたマジックバッグから、弓矢を取り出した。


 ルーナ先生が、弓を使うのを初めて見る。

 エルフは弓矢の扱いにも長けた種族だから、上手いのだろう。


 松明を持った黒丸師匠が、ルーナ先生の矢の先に火を付けた。

 すぐに、ルーナ先生が、慣れた手つきで火矢を放つ。


 放たれた火矢はゆっくりと放物線を描き、地面にささった。


 パン!


 火薬は少量だったのだろう。

 火矢が地面に刺さると、爆竹に似た音がして、地面が少しえぐられた。


「あっ!」


 白狼族のウィンタース隊長が、声を上げた。


「ウィンタース隊長。どうした?」


「アンジェロ陛下! この臭いですよ! ミスル王国で、大きな音が二回した後、この臭いがしたのです!」


「なるほど。そうか……」


 嗅覚の優れた獣人が言うのだ。

 間違いないだろう。


 俺は、静かに告げた。


「共産主義革命組織には、火薬がある。対応策を考えなければ……」


 俺とルーナ先生は眉根を寄せたが、黒丸師匠とじいは事態の深刻さがわからないようだ。


「これが火薬であるか? 音は大きいであるが、威力は大したことないのである」


「そうですじゃ。これがミスル王国の政変で使われたのでしょうか? あまり役に立たない気がしますが……」


「今のは、火薬の量が少なかった。次は多い」


 ルーナ先生は、遠くの地面を指さした。

 五十メートルくらい先に、大きな枝が刺さっている。

 あそこに火薬が埋めてあるのだろう。


 ルーナ先生は、流れるような美しいフォームで火矢を放った。


「伏せる」


 ルーナ先生の指示に、俺、黒丸師匠、ウィンタース隊長が反応し、地面にしゃがんだ。

 だが、じいは、反応出来ないでいた。


「じい!」


「えっ?」



 ドーン!



 大きな爆発音と同時に衝撃と土くれが、俺たちを襲う。

 じいは、爆発の衝撃で吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。


 土煙がもうもうとする中、じいに駆け寄る。


「じい!」


「ぐ……が……」


 じいは、地面に倒れ口から血を吐き出している。


「ヒール! ヒール!」


 回復魔法を連続でかけると、じいは体を起こした。


「じい、大丈夫か?」


「あ……ありがとうございます。ふう……。回復魔法が効きました。大丈夫ですじゃ」


 みんな土まみれだ。

 白狼族のウィンタース隊長が、獣耳についた土くれを嫌そうに手で払っていた。


「むうう……凄い威力なのである……」


 黒丸師匠がうなり、じいがうなずく。


 やっとわかったか。

 火薬の恐ろしさを、身をもって感じたからな。


 土まみれのルーナ先生が、ボソボソとつぶやいた。


「火薬は、とても危険。みんなアンジェロになってしまう」


「みんながアンジェロ少年に? ルーナ。どいうことであるか?」


「火薬を作るのは、とても簡単。材料はすぐに手に入る。混合比率を知っていれば、子供でも作れる」


「そんなに簡単なのであるか?」


 黒丸師匠の問いに、ルーナ先生がコクリとうなずく。


「ふむ……簡単に作れる物が、この威力であるか……」


 黒丸師匠の視線の先には、火薬の爆発えぐられた地面があった。

 ルーナ先生は、ぶすっとして話を続けた。


「崖や山に火薬を仕込めば、土砂崩れを起こせる。使い方によっては、爆裂魔法以上の威力がある」


「魔法使いと同等の力を、誰でも得られるということであるな」


「もっと悪い。魔法使いは、魔力切れがある。火薬には、ない。火薬があればあるだけ爆発を起こせる。おまけに魔法じゃないから、レジスト出来ない」


「それは、やっかいであるな……」


「やっかい。安価に魔法使いを大量生産できるのが火薬」


「アンジェロ少年が増殖するのであるか……」


 そうだ。

 火薬の恐ろしさの一つは、量産性だ。

 量産できるから、誰でも扱える。


 一方、魔法は適正、才能が必要だ。

 さらに、俺やルーナ先生のように、広範囲を殲滅できる魔法を使える者は、希有な存在なのだ。

 報酬も高額だ。


 だが、火薬があれば、それほど費用をかけずに大量の魔法使いを雇うのと同等の効果を出せる。


 嫌な言い方だが、コスパが良いのだ。


「増殖するアンジェロ少年……。まるでスライムであるな!」


「黒丸師匠! 魔物扱いは、やめてください!」


 まーた、黒丸師匠がいらないことを言う。


 ただ、まあ、火薬に対処法がないわけじゃない。

 教えておこう。


「火薬は水に弱いです。水をかければ、爆発しません。雨の日は、使えません」


「なるほどであるな! 弱点もあるのであるな!」


 黒丸師匠が楽観すると、じいが水をかけた。


「お待ちを! それでは、雨の少ない地域……例えばミスル王国の砂漠地帯では、相当使えるということですぞ」


「あっ……、そうであるな……」


 そうだな。

 雨が多く湿地の多いベロイア地方では、火薬の運用に課題を残すが、ミスル王国なら運用しやすい。火薬を使い放題だろう。


 ウィンタース隊長が、ため息をつく。


「はあ~。あの……この火薬ってのは、何なのですか?」


 ウィンタース隊長の質問に、ルーナ先生が事前に打ち合わせてあった答えを棒読みする。


「エルフの古文書に記されたエルフの秘薬」


「エルフの秘薬? じゃあ、なんだってミスル王国で使われたんです? あそこは、人族の国ですよ」


「それは、わからない。秘密を盗み出したのかもしれない。問題はそこじゃなくて、火薬が存在すること。我々は対処が必要」


「ふう~。そうですね……」


 上手くごまかしてくれた。


「とにかく、各部隊の指揮官クラスに、火薬の爆発を見せよう。初見じゃ対処できないだろう」


 転移で指揮官たちを、ここへ連れてくるか?

 それとも、俺とルーナ先生が、火薬を持って転移した方が早いか?


 考えているとルーナ先生が、小声で話しかけてきた。


「アンジェロ。火薬の使い方を教えて。戦場で効率良く敵を殺すにはどう使う?」

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