第215話 制御不能なミスル王国大使
「アンジェロ様! ブンゴ隊長から緊急の連絡です!」
俺がキャランフィールドの執務室で仕事をしていると、じいが手紙を手に持って入室してきた。
ブンゴ隊長からの手紙ねえ……。
また、名前を付けろとかじゃないのか?
あいつ面倒だから、俺に丸投げしているだろう!
俺は、じいから手紙を受け取り、封を開いた。
そこには、馬賊のアジトがミスル王国の荒れ地にあり手が出せないと書いてあった。
俺は、じいにブンゴ隊長からの手紙を渡す。
じいは、さっと目を通すと、うなり声を上げた。
「ミスル王国ですか……」
「第二騎士団が国境を越えて馬賊を討伐したら不味いかな?」
「不味いですじゃ!」
「盗賊や馬賊に国境はないけど、俺たちには国境があるからなあ~」
じいの言う通り、不味いよな。
外交的に不味い。
ウチの騎士団が、馬賊相手とはいえ、他国で戦闘を行えば、間違いなく抗議される。
『グンマー連合王国は、他国に土足で踏み込む礼儀知らず』
などと言われては、たまらない。
大国になり、ただでさえ周辺国から警戒をされているのだ。
ミスル以外の国も、我が国にたいして疑念の目を向けるだろう。
ここは慎重に行動しなくては……。
「アンジェロ様。先般、ミスル王国の大使がキャランフィールドへ赴任してきました。まずは、大使と話してみては?」
「そうだね。じい、ミスル王国大使を呼んで。急ぎで」
「かしこまりました」
じいが使いの者を出すと、ミスル王国大使は、すぐにやって来た。
大使とは一度挨拶を交しているが、こうしてちゃんと話すのは初めてだ。
俺はよそ行きの表情と話し方に切り替え、ミスル王国大使と話しだした。
「アンジェロ総長陛下。ご機嫌麗しゅう」
「ありがとう、大使。宮殿がまだ設計中なので、執務室での接見だ。許されよ」
「お気遣いなく」
ミスル王国大使は、人の良さそうなおじさんだ。
ミスル人らしく、肌が浅黒い。
まん丸とした顔に、外交官らしからぬ裏表のない笑みをたたえている。
この人の名前は、確か……アクトゥエン……?
「大使の名前は、アクトゥエンでよろしいか? 貴国の名前は、フリージア人には難しくて……」
「左様でございます。アクトゥエンでございます。それで、急ぎのお話とのことですが?」
相手が用件を聞いてきたので、無駄な世間話をしないで済む。
俺は、すぐに、サイターマに出没する馬賊のアジトがミスル王国にあると告げた。
「ははあ。馬賊でございますか。それは恐らくこの辺りのエリアでは?」
アクトゥエン大使は、応接テーブルに指で大まかな地図を描き指さした。
その場所は、ブンゴ隊長から報告のあった場所と一致している。
「そうだ。その辺りだ。草原が荒れ地に変わり、岩場になっていると聞いている」
「ああ、それなら、ここで間違いございません。ミスルでは、アマジク地方と呼んでいます」
「そうか、アマジク地方というのか。それで、我が国の騎士団が国境を越えたら不味かろう? そこで貴国に馬賊の討伐をお願いしたいのだが――」
「どうぞ。国境を越えてください」
「「えっ……!?」」
俺とじいは、素で驚いてしまった。
俺は『グンマー連合王国の騎士団が、国境を越えたら不味いですよね?』と言ったのだ。
そりゃそうだ。
他国の軍隊が国境を越えて、自国に入ったら、どこの国でも怒る。
最悪、戦争だ。
だが、アクトゥエン大使は『国境を越えて構わない』と言った。
あり得ない回答だ。
俺は念のために、確認をした。
「アクトゥエン大使……。余の聞き間違いであろうか? 大使は、我が国の騎士団が国境を越えて、貴国のアマジク地方に進入して良いとおっしゃったように聞こえたが?」
「はい。そのように申し上げました」
「「……」」
アクトゥエン大使は、人の良さそうな笑顔を変えずに、迷いなく返答した。
俺とじいは、アクトゥエン大使の考えが読めず言葉に詰まった。
「アンジェロ総長陛下。ざっくばらんにお話ししても?」
「良い。ここには、余を含め三人しかおらぬ。遠慮無用だ」
「では……。アマジク地方は、一部を除いて王国の力が及ばなくなっております。アマジク地方と同じように、力が及ばぬ地方はいくつかございます。ですので、我がミスル王国では、アマジク地方の馬賊討伐は不可能です」
あり得ない回答に、俺とじいは身を固くする。
俺は、ゆっくりと息を吸い込んでから、アクトゥエン大使の顔をみたが、この部屋に入って来た時と変わらぬ笑顔だ。
「大使……それは……貴国に統治能力がないと言っているように聞こえたが……?」
「ええ。その通りです。我がミスル王国は、長年続くギガランド王国との戦いで疲弊し、統治機能が十全に働かなくなっております。人材不足、資金不足、兵力不足などなど、要因は様々ですが……」
アクトゥエン大使が堰を切ったように、自国を批判し始めた。
それも外国のトップである俺の目の前で!
俺は、アクトゥエン大使の正気を疑ってしまった。
「大使! 貴殿は……大丈夫か?」
だが、アクトゥエン大使は止まらない。
「まあ、平たく申しますと、我がミスル王国は、あちこち穴だらけの状態でございます。ですので、アマジク地方にアジトを構える馬賊は、貴国でご成敗下さい。だーれも文句など、申しませんとも!」
何かの罠だろうか?
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、アクトゥエン大使の勢いを見ると、罠とは思えない。
アクトゥエン大使の言動は、まるで新橋のガード下で一杯引っかけている愚痴っぽいサラリーマンそのものだ。
俺とじいが呆気にとられていると、アクトゥエン大使は両手を広げて悪意はないアピールを始めた。
「ああ! ご安心を! 入国の許可を私が出したと本国に連絡しておきますので。外交問題になることは、ございません。明日のグース定期便に手紙を載せましょう」
「そ、そうか。それは、助かるよ。ハハハ……」
俺は思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。
じいは、じいで、顔一面に汗をかいている。
「それと、アンジェロ総長陛下! 優秀な外交官を、ご入り用ではございませんか? 私、アクトゥエン子爵、アンジェロ総長陛下からお声が掛かれば、いつでもグンマー連合王国にお仕えいたしますぞ!」
ついには、自分自身の売り込みまで始めた!
もう、このアクトゥエン大使は、制御不能だ!
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