第213話 狐族の族長は、名前が欲しい!
「えっ!? 名前が欲しいッスか?」
夕方になり、異世界飛行機グースで見回りに出たリス族のミーノと狐族の族長が、ウーラの町に帰還した。
リス族のミーノは、すぐに隊長の女戦士『無双のブンゴ』に報告を行った。
報告の内容は、もちろん『狐族には名前がなく、臭いのする部位で呼び合う』ことである。
もはや馬賊のことは、二の次であった。
リス族のミーノから報告を受けたブンゴは、報告内容の意外さに驚き、戸惑った。
「それで、狐さんは、名前が欲しいと……。私が命名するんスか?」
「ブンゴ隊長が名前を付けないと、アシクサだとか、シリーだとか、困った名前になりますよ!」
「そう言われてもッスねえ……」
「ブンゴ隊長は、良いんですか? 中には、チンコクサ夫さんとか、とんでもない名前の狐族が現れますよ! 『オイ! チンコクサ夫!』とか呼べますか?」
「それは、乙女のピンチッス!」
無双のブンゴでも、乙女の恥じらいはあるのだ。
ブンゴは、命名の必要性を強く感じた。
「わかったッス! 狐さんと話してみるッスよ!」
ブンゴは狐族の族長を探した。
狐族の族長は、ウーラの町外れで、地面に何か書きながらブツクサと一人つぶやいていた。
「ううむ……、アシクッサ……、シリクッサ……、何かが違う……」
ブンゴは、狐族族長のつぶやきを聞いて、『早急な対処』が必要だと悟った。
(いや~、そんな臭そうな名前……乙女が口に出来ないッス!)
狐族族長は、ブンゴに気が付き立ち上がった。
「ブンゴ殿! 相談にのってくれませんか?」
「ああ、名前ッスね? リス族のミーノから聞いたッス」
「でしたら話が早い! 何か良い名前はございませんか?」
「そうっスね~。狐さんは族長だから、『ゾッキー』とかどうッスか?」
「……」
「えっ!? ダメッスか!?」
狐族の族長は、難しい顔で黙り込んだ。
ブンゴのネーミングセンスも大概である。
このままでは、『ナニクサネーム』になってしまう。
それは、回避したい。
ブンゴは何とかまともな名前を付けようと悩んだ。
「うーん……。狐さんは、どんな名前が良いんスか?」
「それが……、狐族には名前という文化がありません。どんな名前があるのか、わからないのです」
狐族族長の言葉に、ブンゴは驚いた。
文化が違うと、ここまで認識に差があるのかと。
ブンゴは気を取り直して、人族の名前について説明を始めた。
「人族の女の子は、花の名前をつけたりするッスよ」
「花の名前ですか? では、ブンゴ殿も?」
「そうッス。ブンゴは、紫色の花の名前ッス」
「女性らしく可憐ですな!」
「いやいや、そうッスね~。もっと褒めて欲しいッス!」
可憐と言われて、ブンゴは上機嫌だ。
しかし、狐族の族長は男性である。
花の名前は、似つかわしくない。
「男だと……。例えば、ニコラスは、古い言葉で勝者って意味ッスね。アンドレアスは、勇敢って意味ッスね」
「ふむ……戦いに関係する名前ですな」
「ああ! そういえば、戦闘に関係する名前は多いッスね! アンドレアスとか、族長っぽくて良いんじゃないッスか?」
「うーん……。あまり音の響きが……」
「好みじゃないッスか?」
「狐族には発音しづらいです。アーンジョレイヤス……」
「あ~言いづらそうッスね。これはボツで」
どうやら口の形が、人族とは違うので発音がしづらいらしい。
ブンゴは困ってしまった。
大人に名前を付けるのは、なかなか難しい。
しかし、名前は一生使う物。
気に入らない名前を付けるわけにはいかない。
ブンゴは、攻め方を変えた。
「狐さんが、これまで聞いた名前で好きな名前はないッスか?」
「オオミーヤとサイターマが良いですね!」
「あー!」
ブンゴに救いの光が差し込んだ。
偉大なる街オオミーヤ!
栄えある王領サイターマ!
ブンゴは、神の恩寵を感じたのであった。
「それはね。王様がつけた名前ッス」
「そうなのですか! いや、音の響きがとても良いと思いまして、何かこの世の物とは思えない心地よさです。オオミーヤとは、どんな意味なのでしょうか?」
「さあ……」
「ご存じない? では、サイターマは?」
「さあ……」
ブンゴは、この異世界の人である。
ゆえに、地球世界日本にある埼玉県や大宮のことは知らない。
「ご存じでなければ良いのです。きっと大草原とか、雄大な意味なのでしょう」
「あー、多分そうッスね~」
ブンゴは適当に相づちを打ち、狐族の族長に提案を行った。
「じゃあ、アンジェロ様にお願いしてみたらどうッスか?」
「おお! ぜひ!」
「じゃあ、私が手紙を書くッスよ。オオミーヤに毎日グースの定期便が来ているので、手紙を届けて貰うッス」
「どんな名前か楽しみです!」
「そうッスね~」
ブンゴは、アンジェロにネーミングを丸投げした。
面倒なことは、出来る人にやってもらうに限る。
ブンゴは肩の荷が降りホッとした。
そして、ブンゴからの手紙を受け取ったアンジェロは頭を抱えるのだった。
*
――三日後。
アンジェロからの返事が、ウーラの町に届いた。
早速、ブンゴは狐族の族長に伝えることにした。
「狐さん! 王様から返事が来たッス!」
「おおっ! 私の名前が!?」
「来たッスよ~。狐さんの名前は……」
ブンゴはアンジェロからの手紙を開いた。
狐族の族長の喉が、ゴクリと鳴る。
「名前は……オシャマンベ!」
アンジェロは、狐族の族長に『オシャマンベ』という名を授けた。
狐と言えば、北海道。
北海道……オシャマンベ!
ただ、それだけの理由である。
だが、この異世界人にとって、『オシャマンベ』は、新鮮な響きを持っていた。
狐族の族長は、一発でこの名を気に入った。
「オシャマンベ! 素晴らしい! 何という詩的な響き! 異国情調溢れた語感! さすがは、アンジェロ陛下!」
こうして狐族の族長は、オシャマンベと名乗ることになった。
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