第178話 三軍、王都へ至る

 アンジェロたちフリージア王国軍は、ギュイーズ侯爵軍と共に北西から王都を目指した。


 目立った抵抗をする領地貴族はなく、むしろ軍を率いて参陣する貴族が多かった。


 軍は、夜になると水場に近い平原で野営をする。

 そんな日が三日過ぎた頃、一人夜空を見上げるルーナ・ブラケットに黒丸が声をかけた。


「ルーナ……。ついにきたのであるな」


「うむ。メロビクスは滅びる」


 ルーナも黒丸もメロビクス王大国の建国に関わっている。

 二人は、建国の為に東奔西走した忙しくも楽しかった日々を思い出していた。


「あれから随分と長いような。一瞬のような気もするのである」


「そうだな……。だが、過去の事だ。初代王も許してくれよう」


 長寿のハイエルフとドラゴニュート。

 二人は人族では想像もつかない長い時の中で、出会いと別れを繰り返してきた。


 メロビクス王大国の初代王も、その一人である。


 永遠の眠りについた初代王の手を握り、別れを告げたのはいつであったか……。

 長い、長い時間の流れを、二人はかみしめていた。


「あの日も星空は美しく瞬いていたのである。人の営みは変わっても、変わらぬ物があるのである」


「そうだな。だが、変わってしまった物は仕方がない……。せめて変わらぬ星を見て心を慰めよう」


 苦労をともにした初代王の子孫を斬るのは心苦しい。

 しかし、今のメロビクス王大国は建国の理想からは、乖離している。


 自分たちがやらねばならないと、二人は心に誓っていた。



 *



 ――メロビクス王大国王宮。


 メロビクス王大国の国王キルデベルト八世は、玉座に座り震えていた。


 広い宮廷の謁見の間に人影はなく、華やかに彩っていた貴婦人は既にいない。

 頼りにしていた重臣たちは戦死するか逃げてしまった。


(どうしてこうなった……?)


 後悔というよりは、疑問や混乱が国王の胸に満ちた。


 中央軍はフリージア王国軍により壊滅させられ、有力な地方の領主貴族には裏切られた。

 自分を守ってくれる戦力はどこにもいない。


 王都の民衆も国王を見限り、連日抗議の集会が行われている。


 やがて、王宮の外から大きな歓声が聞こえてきた。

 外を見る勇気をキルデベルト八世は、持っていなかった。


 ――自分の命運は尽きた。

 キルデベルト八世は、自分の行く末を想像し恐怖した。



 *



 メロビクス王大国の王都メロウリンクの各所で民衆の集会が開かれていた。

 集会と言えば穏やかだが、現代風に言えばデモ集会だ。


「平和を乱したのは国王だ!」


 集会では、そんな声が上がった。

 もちろん、この集会を企画・先導しているのは、『じい』ことコーゼン男爵配下のエルキュール族工作員である。


 王宮を守る騎士や兵士たちは、集会を強制的に解散させた。

 だが、至る所で次々に集会が開かれ、集まる民衆の数は日に日に増えていった。

 民衆から騎士や兵士たちに注がれる視線は厳しく、ついには集会に手を出せなくなった。


 そんな中、王都に軍勢が迫った。


 まず、ギュイーズ侯爵の軍が北西から王都に入った。

 民衆たちは、歓喜の声で軍を迎えた。


「おい見ろ! ギュイーズ侯爵だ!」

「俺たちを助けに来てくれたんだ!」

「悪い王様をやっつけてくれ!」


 ギュイーズ侯爵は、馬上から手を上げて堂々と民衆に応えた。


 次に、南西からフォーワ辺境伯の軍が王都に入った。

 やはり、民衆たちは、歓喜の声で軍を迎えた。


「フォーワ辺境伯だ!」

「助けてくれ! 頼むよ!」

「王様を何とかしてくれ!」


 フォーワ辺境伯は、馬上からぎこちない笑顔で民衆に応えた。


 そして、北西からギュイーズ侯爵に続いてフリージア王国軍が王都に入った。


 先頭はグンマークロコダイルのイセサッキにまたがるルーナ・ブラケットである。

 イセサッキの後ろには、マエバシ、タカサキ、ミドリが、菱形のダイヤモンドフォーメーションで続く。


「おい見ろ! 魔物だぞ!」

「待て! 旗はフリージア王国の旗じゃないか?」

「なんで西から来るんだよ? フリージアは東だろ?」

「つーか、ギュイーズ侯爵の後に続いているぞ?」


 王都の民衆は、魔物の背に乗るエルフに驚いた。

 それ以上に、敵のはずのフリージア王国軍が、味方のギュイーズ侯爵軍に続いて王都へ入ってきたのに衝撃を受けた。


 そして、三軍は、王宮の正門前広場に集結した。

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