第149話 敵のみなさん! ようこそ、シメイ伯爵領へ!
フリージア王国南部にあるシメイ伯爵領。
ここは山と魔の森に囲まれた人外魔境である。
住人の人当たりは、極めて良い。
余所者にも親切。
食事を振る舞ったり、一緒に腕相撲をして騒いだりと非常にフレンドリーである。
しかし、敵対者には容赦しない。
ニッコリ笑顔で、バッサリと行く土地柄だ。
そんなシメイ伯爵領に攻め込んできた『勇者』たちがいたと言う。
その名は、『メロビクス王大国南部貴族連合軍』である。
「まあ、過去形だがな。勇気と無謀の区別のつかんバカ野郎どもだ」
殴られて顔がパンパンに腫れ上がったメロビクス王大国軍の主将を、シメイ伯爵は片手で引きずりながら、第二騎士団とコーゼン男爵の前に現れた。
第二騎士団長ローデンバッハ男爵は、苦笑いしながら聞く。
「シメイ伯爵が引きずっている物体は、何だね?」
「土産だ! ウチの領地に攻め込んできたメロビクス王大国軍の……名前は……なんだっけ?」
「私が知るわけがないだろう!」
「おーい! オマエの名前は? 生きてたら返事しろ!」
返事はない。
トムソーヤの冒頭部分よりも、返事はない。
第二騎士団副官のポニャトフスキ騎士爵が、引きずられていた人型物体に手を当てる。
「いや、これ、死んでいますよ」
コーゼン男爵が、淡々と応じる。
「シメイ伯爵、ちと可愛がりすぎじゃ」
「ダーハッハッハッ!」
「処刑する手間が省けたわい。感謝じゃ」
その時、フリージア王国アンジェロ派貴族軍主将のルシアン伯爵は、少し離れた所に立ち、耳を塞いでいた。
(聞こえない……聞いてない……何も知らない……何も見ていない……)
*
数日前、シメイ伯爵領に攻め込んだのは、メロビクス王大国南部貴族連合軍である。
その名の通り、メロビクス王大国の南部に領地を持つ貴族の有志連合だ。
その数は、兵五千。
伯爵から騎士爵まで、爵位はバラバラ、兵の装備もバラバラの寄せ集め感がある軍だ。
それでも、五千は大軍であるし、兵の装備品は鉄製多く、指揮官たちは立派な馬にまたがっている。
さすがは大国メロビクスといったところである。
メロビクス王大国南部貴族連合軍は、シメイ街道を東へ向けて進軍した。
シメイ伯爵領を制圧し、商業都市ザムザまで軍を進めるのが目標だ。
「フリージアなど鎧袖一触よ!」
「シメイの山猿どもめ! この軍を見たら、腰を抜かすぞ!」
南部貴族連合軍の士気は高かった。
率いる貴族たちは、領土獲得のチャンスに燃え、兵士たちはフリージア王国を略奪し、金品を得ることに期待していた。
欲望に目をギラつかせた南部貴族連合軍が、長い隊列を作ってシメイ街道を上っていく。
シメイ伯爵領は、山間部にある。
シメイ街道は馬車が通れる幅があるが、キツイ上り坂の山道だ。
五千の大軍は、途中休憩を取りながら、休み、休み、坂を上った。
「ふう、ふう、ふう……。山ばかりだな!」
メロビクス王大国は、平地となだらかな丘陵地帯が広がる。
山道など上ったことのない兵士たちが、息を切らし、悪態をつく。
慣れぬ山道歩きで喉が乾き、兵士たちの水筒は、とうに空になっていた。
道ばたに座っていた兵士の一団に、森の中から気のよさそうなおばちゃんが声をかけた。
「ちょっと! お兄さんたち! お水なら、そこに川があるよ!」
「地元の人か? おお! ありがとう!」
五人の兵士が、おばちゃんの案内で森に入った。
しかし、森の中には沢山の『無慈悲なおばちゃん』が待ち構えていた。
「ほら、奥さん! 獲物が来たわ!」
「まあ、鉄製の装備を身につけているわ!」
「そこ持って、ほら、包丁で切っちゃいましょう!」
おばちゃんたちは、兵士五人に襲いかかる。
ある兵士は、鍋で顔面を殴りつけられ死んだ。
ある兵士は、包丁で喉を切り裂かれ死んだ。
ある兵士は、体を押さえつけられ、首を絞められ死んだ。
ある兵士は、足払いを受け転倒したところに、大柄なおばちゃんにのしかかられ死んだ。
「た、助けてくれ~!」
一人難を逃れた兵士が、街道に戻ったが、頭にはスパゲッティの茹で棒が刺さっていた。
街道のあちこちで同様の事件が起きたので、指揮官たちは、兵たちに厳重に注意を促した。
「街道を外れることは禁止だ! 次の村に井戸がある! 次の村まで、がんばれ!」
そうか、次の村に井戸があるのかと納得し、兵士たちは息を切らしながら山道を上った。
「街道から外れると何をされるかわからない!」
「シメイ伯爵領のおばちゃんは危険だ!」
兵たちはお互いに注意喚起をし、指揮官たちは早くも犠牲者が出たことで気を引き締めた。
村に到着すると兵たちは、井戸から水を補給し、村の広場で寝転がって小休止した。
村人は誰もいないが、恐らく逃げたのだろうと兵たちも指揮官も考えていた。
すると山の方から子供たちの楽しげな声が聞こえてきた。
「おじちゃーん! 遊ぼー!」
子供が笑顔で、山から村の広場に駆けて来る。
どこにも子供好きはいるものである。
侵攻するメロビクス王大国南部貴族連合軍にも、子供好きの兵士がいた。
無邪気な笑顔で駆け寄ってくる子供を見て、無条件に……、まったく無条件に、子供を信じてしまったのだ。
「おー! 坊主! 元気が良いな!」
子供好きの兵士は、駆け寄る子供を迎え入れようと両手を広げて進み出た。
それを周りの兵士が止める。
「バカ! ガキの後ろを見ろ!」
「後ろ……? ゲッ!」
「オークだあああああ!」
笑顔で駆け寄る子供の後ろには、オークが追走していた。
村の広場の手前に来ると、子供はさっと横にそれた。
広場で休憩する兵士たちに突っ込むオーク。
子供はオークを誘導していたのであった。
「うわ!」
「魔物だ!」
「助けてくれ!」
フリージア王国と違って、メロビクス王大国は、魔物の出現が少ない。
魔の森は開拓で切り払われ、過去の魔物狩りで魔物の生息領域は解放されている。
魔物を見たこともない兵士がほとんどだった。
突然のオークの出現に、休憩していた兵士たちは、オークから逃げ惑った。
そこへ他の子供が、新たにオークを誘導する。
村の広場で三匹のオークが暴れ、兵士たちはなすすべなくオークに蹂躙された。
「うろたえるな! 隊列を組め!」
指揮官が冷静さを取り戻し、何とかオークを撃退した。
だが、あちこちで魔物の誘導が行われ、犠牲者や怪我人が多数発生した。
中にはグンマー・クロコダイルという強力な魔物に襲われた部隊もあった。
「何と質の悪い!」
「警戒を厳にせよ!」
指揮官たちは、兵たちに再度注意を促したが、倒した魔物をそのまま放置してしまった。
フリージア王国軍なら、その場で解体し食べるなり、魔石や素材を回収するなりしたのだが、メロビクス人は魔物の扱いがわからなかった。
それに彼らにとって肉と言えば家畜の肉で、魔物の肉など普段は食べないのだ。
魔物を食料と見ることすらなかった。
まして、凶悪なワニ型の魔物グンマー・クロコダイルが食べられるなど、想像すら出来なかった。
倒した魔物を放置した結果、血の臭いが辺りに充満し、さらに魔物を呼びよせる結果となった。
冒険者経験のある兵士や下級貴族が走り回って指導し、倒した魔物を土に埋める、焼くなどして、魔物の波状攻撃は止んだ。
まだ、敵と交戦していないのにもかかわらず、南部貴族連合軍は初日から二百名を超す犠牲者を出し、怪我人は千人を超えてしまった。
あまりの犠牲に貴族たちの中には、撤退を考えた者もいたが、何の成果もなく初日から軍を退く事はためらわれた。
――そして、夜が来た。
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