第139話 バラバラのフリージア王国

 王都での御前会議。


 アルドギスル兄上曰く――俺たち『王国の牙』がフリージア王国最大の戦力で、俺たちをどういかすかが肝要だと言う。


 アルドギスル兄上は、意味不明のポーズを決めているが、カッコよくないから!


 さて、アルドギスル兄上の事は置いておくとして……考えてみよう。


 敵はメロビクス王大国とニアランド王国の連合軍だ。

 万を超える大軍になるだろう。

 そうなると俺の極大魔法の出番だ。


 フリージア王国内で魔法を発動すると国土を荒らすことになるが……。

 領民に避難してもらうなどして、被害を軽減するしかない。

 敵に蹂躙されるよりはマシだ。


 俺は了承の返事をしようとしたが、隣の席に座るじいに足を強く踏まれた。


 何だろう?

 テーブルの下であっても、王子である俺の足を踏むなんて不調法をじいがするとは思えない。


 すると何かの符丁?

 合図か?

 黙っていろということだろうか?


 俺は返事を思いとどまり、腕を組んだ。


 すると、じいがアルドギスル兄上に反論を始めた。


「お待ち下さい! アンジェロ領は、二拠点を狙われておるのです! キャランフィールドと商業都市ザムザの防衛で手一杯ですじゃ!」


「ええー!? それは分かるけどさ。アンジェロならいけるでしょ?」


「いけるも何もございませんぞ! 自派閥のシメイ伯爵領へも応援を送らねばなりません。何でもアンジェロ様に頼るのはお止め下さい!」


 じいの言うこともわかる。

 俺の派閥がカバーしなければいけない範囲は広い。


 しかし、商業都市ザムザには、ローデンバッハ男爵率いる第二騎士団がいる。

 シメイ伯爵領は、南部騎士団と呼ばれるくらい兵が精強だ。


 大兵力の部隊から順番に叩いて行く間、保たせることは出来そうだが……。


「ねえ、ルーナさんと黒丸さんは、どうなの? 『王国の牙』は動いてくれないの?」


 アルドギスル兄上は、口を尖らせてルーナ先生と黒丸師匠に話を振った。


「私はアンジェロと婚約している。だから、婚約者の領地を守る為に戦う。他は知らない。自分で守れ」


 ルーナ先生は、アルドギスル兄上の願いをバッサリと切って落とした。

 何か申し訳ないくらいバッサリだ。


「それがしたち『王国の牙』は、商業都市ザムザで結成され、現在はキャランフィールド所属の冒険者パーティーなのである。よって、キャランフィールド防衛、商業都市ザムザ防衛に合力するのである」


「じゃあ、冒険者パーティーとして、フリージア王国からの依頼を受けてよ!」


「金貨一千万枚で請け負うのである」


「一千万枚!?」


 アルドギスル兄上の声が裏返った。

 俺も声をあげそうになったが、何とか思いとどまった。


 金貨一千万枚は、ふっかけ過ぎじゃないか?


 会場の貴族たちから、驚き……いや、批判の声が上がる。


「それは暴利という物では?」

「人の足下を見おって……」

「一体、何様のつもりだ!」


「適正な額である。それがしたち三人で、メロビクス王大国とニアランド王国の連合軍を相手取るのである。万を超える軍と戦うのである。たった、三人である。貴殿らは、少数で万を超える大軍と戦えと言われて引き受けるのであるか?」


「「「「「……」」」」」


「そして、勝利すれば国が救われるのである。それがしは、領地を寄越せとか、王位を寄越せとか、無理は言ってないのである。金貨一千万枚は、良心的な条件提示だと思うのである」


「「「「「……」」」」」


 誰も何も言い返せなかった。


 アルドギスル兄上の隣に座るヒューガルデン伯爵が、珍しく苛立たった様子で立ち上がった。


「我らアルドギスル派も軽く見られましたね……。別にアンジェロ様の手を借りずとも、西部の防衛は問題ありません! メロビクスにニアランド! なで斬りにしてご覧にいれましょう!」


 ヒューガルデン伯爵の力強い宣言に、アルドギスル派の貴族が声をあげる。


「よくぞ!」

「おうさ! その通り!」

「目に物を見せてやりましょうぞ!」


 その後、ヒューガルデン伯爵とじいが激しくやりあった。


 結局、御前会議の結論としては――。


 ・アンジェロ派:キャランフィールドと商業都市ザムザの防衛、シメイ伯爵領への応援

 ・アルドギスル派:アルドギスル領アルドポリスの防衛


 そして、王都は、第一騎士団が防衛することになった。


 アンジェロ派とアルドギスル派が対立し、バラバラな印象だ。


 俺としては、もっと一致団結して、派閥に関わりなく効率的に戦力配置をしたかったのだが……。


 御前会議の会場を出て、母上の住む『橙木宮』へ向かおうとした。

 だが、先頭に立って歩くじいは、違う方向へ進む。


「じい?」


「……」


 じいは歩きながら振り返る。

 じいの目は『黙ってついてこい』と言っている。


 案内されたのは、王宮の奥深い場所だった。

 石造りの大きな部屋には、多数の机が並べられ、貴族服を着た男たちが忙しそうに働いている。


「じい……ここは?」


「王都の情報部ですじゃ」


「情報部!?」


 じいは、なぜ情報部に俺を案内したのか?

 じいの狙いがわからない。


 だが、ルーナ先生と黒丸師匠は、いつもと変わらず平静だ。

 理由を知っているのだろうか?


「遅くなり申し訳ございません」


 部屋の入り口に情報部長が現れ、後ろにヒューガルデン伯爵がいる。

 俺たちは、情報部長に促され、隣の部屋に移動した。


 大きなテーブルが一つ。

 俺、じい、ルーナ先生、黒丸師匠が座る。

 対面にヒューガルデン伯爵。


 情報部長と一人の体格の良い男が席に着くと、話が始まった。


 まず、ヒューガルデン伯爵が口を開いた。


「アンジェロ様。先ほどは失礼をいたしました」


「?」


「先ほど御前会議で対立したのは、芝居です」


「えっ!?」


「事前にコーゼン男爵と打ち合わせてあったのです」


「じいと!? 打ち合わせてあった!?」


 俺は驚いたが、ヒューガルデン伯爵は口元に笑みをたたえ平然としている。


「じい?」


「ヒューガルデン伯爵のおっしゃる通りですじゃ。エルフ殿とドラゴニュート殿にも一役かってもらいました」


「ルーナ先生と黒丸師匠も?」


「そう。じいから頼まれた。あれは芝居」


「そうである。なかなかの名演技である」


「ええ!?」


 じゃあ、さっきの御前会議でアルドギスル派とアンジェロ派が対立したのは、ヒューガルデン伯爵の仕込みか?


「ヒューガルデン伯爵。では、先ほどの会議で俺とアルドギスル兄上が対立したように見えたのは――」


「はい。全て私の筋書き通り。上手く会議を誘導できました。アンジェロ様が何も言わずに静観して下さって、助かりました」


「……」


 それで、じいは俺の足を踏んで合図を送ったのか……。

 しかし――。


「しかし、何でまた? フリージア王国がバラバラになっているように見えたぞ!」


「それが狙いです。敵を欺く為です」


「敵を欺くって……」


 訳が分からない。

 御前会議の場で、敵を欺くも何もないだろう。


 俺が混乱していると、じいが淡々と報告してきた。


「アンジェロ様。敵の間諜――スパイがいます」

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