第135話 エルフの影響力

 キャランフィールドに滞在するエルフたちのリーダーは、ラッキー・ギャンブルという若い男である。

 彼はエルフの現族長を輩出したギャンブル家の十八男で、エルフ族とアンジェロ領における政治的な判断も任されていた。


 ギュイーズ侯爵からの商船団が到着した日、ラッキー・ギャンブルは焦りを感じた。


『この贈り物の量は圧倒的だ……。我々エルフの影響力が低下してしまう……』


 夜になり、彼はルーナ・ブラケットと会談を持った。


「ルーナ。ギュイーズ侯爵からの贈り物を見ただろう? どう思う?」


「牛乳と卵が手に入りやすくなるのが嬉しい」


 ラッキー・ギャンブルはギュイーズ侯爵家をライバル視し、政治的な視点から質問をした。

 しかし、ルーナはラッキー・ギャンブルの質問をあっさりと流した。


「そうじゃない! このままではアンジェロ領における我らエルフの影響力が低下する。君は第一王妃になれないかもしれない」


 アンジェロが転生した異世界では、正室は何人でも娶ることが出来る。

 表向き正室に順位付けはない。


 しかし、第一夫人、第二夫人、第三夫人という具合に呼ばれるので、第一夫人であること、王族であれば第一王妃であることが一種のステータスであった。


 ラッキー・ギャンブルは、ルーナをアンジェロの第一王妃にと考えていたのだ。


 だが、ルーナは首を横に振った。


「私は長寿なハイエルフ。人族の感覚だと不老不死に近い。私が第一王妃になれば、影響力が強すぎる」


「エルフ族としては結構な事だと思うが?」


「アンジェロが死に、その子が王になり、その王が死に、孫が王になる。それでも私は変わらず存在する。すると、王やその周辺が何でもかんでも私にお伺いを立てることになる。国のあり方として、不健全」


「……」


 ラッキー・ギャンブルは、ルーナの言わんとすることがわかった。

 それは間違いではない。

 おそらくは、正しい。


 ルーナがアンジェロの第一王妃として、アンジェロの死後もずっと強い影響力を残すより、第二王妃として一歩下がった立ち位置の方が、国の為には良いだろう。


 しかし、ラッキー・ギャンブルは立場上エルフ族の影響力が落ちることを看過できなかった。


「だが、ルーナ! アンジェロ君やその周りの者は、どうだろうね? ギュイーズ侯爵家をあてにして、エルフ族を軽く扱うことがあるのではないかな? 何かもう少し……我らも貢献をした方が良いのでは?」


 エルフ族の影響力が落ち、エルフ族の扱いが軽くなる。

 メロビクス王大国において、大量のエルフが奴隷にされた事を、ラッキー・ギャンブルは恐れていた。


「心配ない。アンジェロは、エルフの貢献をよく分かっている。魔導エンジンを始め、魔道具製作で我らは十分貢献している」


「ふむ……そうかな……」


「そんなに心配か? ラッキー?」


「ああ。心配だ!」


「なら、あなたがもっと働けば良い。アンジェロの為に、この領地の為に、魔道具を造る。あなたは、子供の時から要領ばかり良くて、人の尻馬に乗ってばかり。たまには自分で額に汗して働くと良い」


「いや……その……えっと……」


「私はあなたのおしめを替えた。寝小便をした時は、下着を替えた。それから……」


「わかった! わかったよ! もう、いいよ!」


「長寿なエルフが第一王妃になるとロクな事はない」


 ラッキー・ギャンブルは、ルーナの主張を心底理解した。



 *



 俺はギュイーズ侯爵家から、沢山の贈り物を受け取った。

 その翌日、エルフ族のまとめ役ラッキー・ギャンブルがやって来た。


「アンジェロ君! 何か手伝うことはないかね? とびきり優秀な私が、君に手を貸そうじゃないか!」


「それは、どうも」


「アンジェロ君だけ特別だからね!」


 なんだかやけに恩着せがましい。


 そもそもこの人は、あまり仕事しているように見えないなあ。

 食堂で女の子とメシ食っている所と、酒を飲んでいる所しか見ていない。


 でも、エルフ族が送り出してきたという事は、優秀な人材なのだろう。

 なら、仕事をお願いしよう。


「グースの改良が遅れています。手を貸してもらえませんか?」


 グースの量産は軌道に乗っている。

 奴隷から解放したエルフも手伝ってくれているし、最初に製作した六台を真似て造れば良いからだ。


 だが、改良になると、ルーナ先生の妹ファー・ブラケットさんに頼る部分が大きい。

 正直、手が足りてない。

 それに、グースの魔道具開発は、ファーさん一人でやっているので、何か一つつかえると解決策が出づらい。


 違う視点を提供する人物が必要だ。


 ラッキー・ギャンブルが、開発チームに入ってくれるならありがたい。


「わかった! やろうじゃないか! それで……開発が遅れているとの事だが、何が問題か聞いているかい?」


「ええ。垂直離着陸と魔導エンジンのパワーアップです」


「ふむ……具体的に説明してくれたまえ」


 俺はラッキー・ギャンブルに、詳しく説明を始めた。


 まず、垂直離着陸だ。


 俺のアイデアでは、主翼に使っているワイバーンの翼に魔力を流し込み、ワイバーンの翼の機能を使って垂直離着陸を実現するのだ。


 ワイバーンは巨体を空に浮かせるのに助走を必要としない。

 翼を羽ばたかせただけで宙に浮く。


 翼を羽ばたかせた風や揚力だけで、あの巨体が浮くのは物理的におかしい。

 おそらく魔法的な何かが起こっている。


 その何かをグースに利用しようと思うのだ。


「ふーん、なるほど……。着眼点は面白いね……。魔導エンジンの方は?」


 ラッキー・ギャンブルは、興味深そうな表情を見せた。


 俺は魔導エンジンについても説明する。


 グースのプロペラを四枚にしたところ、プロペラの重量が増した。

 すると今までの魔導エンジンでは、パワー不足で回転数が上がらないのだ。


 ファーさんが、魔導エンジンのパワーアップを試しているが、魔法陣の組み方が上手く行かないらしい。


「そうか、そうか……。んー、わかった。見に行くよ」


「お願いします」


 ラッキー・ギャンブルは、すぐにファーさんの所へ行ってくれた。

 理由はわからないが、やる気を出してくれたならありがたい。


 ご厚意は素直に受け取っておくに限る。

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