第132話 リビドー
――翌日。
昨日は、話の通じない人への対応でグッタリと疲れた。
キャランフィールドへじいを連れて戻ってきたら、そのまま朝までグッスリでした。
今日は朝早くから俺の書斎で、じいと打ち合わせを行う。
じいは、ここのところ『フリージア王国情報部準備室長』として、アルドギスル領アルドポリスで働いていた。
じいは、俺が小さい頃から支えてくれている信頼できる家臣だ。
戻ってきてくれて嬉しいし、正直ホッとした。
「じい。情報部の開設は、もう良いの?」
「ご安心ください。立ち上げは、無事に終わりました。宮廷貴族に引き継ぎましたので、また、アンジェロ様のおそばにお仕えいたしますじゃ。じいといたしましては――クドクドクドクド」
ああー、このクドクドした感じは、久しぶりだ。
俺は、じいの長口上を微笑みながら聞いた。
じいは、自分が不在の間に起こったアンジェロ領の変化に、驚きながらも変化を歓迎している。
「領地が発展するのは、良いことですじゃ」
「人材不足は相変わらずだけどね。領地の急激な発展に人が追いついてない。数も質も」
「移住を希望する者は、積極的に受け入れるようにいたしましょう。まあ、先日のニアランド王国の件は、アレでしたが」
「そうだね。冒険者の受け入れは、ストップしよう。領地運営能力や折衝能力のある貴族や何らかの技能を持つ平民に限って移住を許可する方針でどう?」
「よろしいでしょう」
じいが出向している間の話が一段落したところで、俺は重要な話を切り出した。
「じい。じいが不在の間に、一人重要人物が増えた」
「アリー・ギュイーズ様ですな。昨日、お会いいたしました。聡明な方ですじゃ」
「うん。それで出自がね……」
「事情は本人から聞きました。エリザ女王国女王エリザ・グロリアーナが異母妹。母方がメロビクス王大国のギュイーズ侯爵家。そして、エリザ女王に嫌われ、命を狙われる可能性がある……。ですな?」
さすがじい!
もう、自分で情報を集めてまとめている。
話が早くて助かる。
「その通り。それで、ウォーカー船長がギュイーズ侯爵との連絡役で、この手紙を運んできた」
俺はじいの目の前に、ギュイーズ侯爵からの手紙を差し出した。
「密書ですか……。拝見しても?」
「うん。この領地の将来を左右する重要なことが書いてある」
「ほう……。では、拝見いたします――むっ! これは!?」
じいは、ギュイーズ侯爵からの手紙に、さっと目を通すと厳しい表情になった。
もう一度、ゆっくりと吟味しながら手紙を読むと、顎に手を当て視線を窓に移し長考に入った。
俺はじいの思考を邪魔しないように、そっとテーブルに置かれた紅茶を飲む。
ギュイーズ侯爵――つまりアリーさんの母方の祖父だ。
アリーさんはメロビクス王大国に留学したこともあり、母方のギュイーズ侯爵家とのつながりが深い。
ギュイーズ侯爵からの手紙の内容は下記だ。
・行き場のないアリーさんを、アンジェロ領で保護したことへの感謝。
・ギュイーズ侯爵家は、フリージア王国と敵対するつもりはない。
・特に、俺、アンジェロ第三王子とは、友誼を結びたい。
・商人を通じて、交易を活発に行いたい。
・ギュイーズ侯爵家が懇意にする貴族にも、同様に口添えする。
・ついては、アリーさんと俺の婚姻を提案する。
やがて、じいが、口を開いた。
「アリー様をアンジェロ様の嫁にですか……。ふむ……」
「どうだろう?」
「さて、どうでしょう……。大物貴族からの婚姻話……。まずは、アンジェロ様のお考えを伺いましょう」
じいは、きちんと居住まいを正し、俺の言葉を待つ。
この感じも久しぶりだ。
俺は、なるたけ順序立てて、自分の考えを言葉にした。
「まず……結論から言うと、俺はこの婚姻話に乗り気だ」
「左様でございますか? して、その理由は?」
じいの手が震えている。
この婚姻話に興奮しているのがわかる。
「メリットが大きい。もちろん、デメリットはあるが、それ以上に得られるメリットが大きいと思う」
まず、俺はじいに、この婚姻で得るメリットを話した。
「メロビクス王大国北西部の雄、ギュイーズ家とその一派を味方に出来るのが大きい。メロビクス王大国を分断することが可能だ」
「戦わずして敵の戦力を削る。そして、敵の後背に裏切るかもしれない潜在的な脅威を出現させる訳ですな」
じいの言う通りだ。
メロビクス王大国とは和平条約が結ばれていない。
じいがつかんだ情報では、メロビクス王大国の王宮では、再度の出兵を検討している。
前回の戦いでは、王直属の軍が出兵してきたが、次は領主貴族も含まれるそうだ。
北西部の大物領主貴族の参戦がないのは大きい。
「この手紙の内容からすると……。最低でも『中立』を期待してよろしいでしょう」
「じいもそう思う? 謀略……何らかの罠の可能性はないかな?」
俺は一つの可能性を提示してみた。
アリーさんの祖父が、孫娘のアリーさんをダシに謀略をしかけるとは思えないが、情報が専門のじいは、どう見るだろう?
じいは、しばらく考えた後に、自信を持って断言した。
「ないと見ますじゃ」
「理由は?」
「この手紙からするとギュイーズ侯爵は、孫娘のアリー様に深い愛情をお持ちと感じます。また、ウォーカー船長を通じて監禁されていたアリー様を脱出させており、ギュイーズ侯爵の行動が彼の愛情を証明しておりますじゃ」
確かにそうだな。
アリーさん脱出の首謀者がギュイーズ侯爵だとバレれば、エリザ女王国女王エリザ・グロリアーナと対立することになる。
そのリスクを負っても、脱出させた……そこには少なくない愛情があるのだろう。
だが、愛情だけで人間――特に貴族は行動する訳ではない。
損得勘定、つまり打算ということはないだろうか?
俺はじいに打算の可能性をぶつけてみる。
「打算ということは?」
「もちろんあるでしょう。王族や貴族にとって、結婚とは政治です。打算なくして成立はいたしません! アンジェロ様とて、打算がおありでしょう?」
「それは、もちろん」
政略結婚――それは王族や貴族にとっては、ごく当たり前のことなのだ。
俺は、みそっかすの第三王子として生まれ育ち、北部王領に追放同然でおいやられた。
だが、今では王位継承候補者になっているし、領内にミスリル鉱山を持つ有力領主の一人だ。
打算に基づく婚姻は覚悟が出来ている。
じいは、話しを続ける。
「打算で考えれば、もっと安心出来ますじゃ。ギュイーズ侯爵がアンジェロ様を裏切れば、孫娘のアリー様が処分される……。メロビクス王大国の貴族はメンツを重んじます。孫娘をエサにアンジェロ様を罠にはめ、孫娘を見捨てたとなれば――」
「なるほど、メンツ丸つぶれ。孫娘を見捨てたとあっては、風聞が悪すぎる」
「はい。自派閥の貴族からの信を失うでしょう。ですので、ギュイーズ侯爵が裏切る可能性、何らかの謀略や罠の可能性は、相当低くみます」
「うん。それならこの婚姻話は安心だと思う。交易面でもメリットがあるし、アリーさん自身も優秀だから、内政をサポートしてもらえる」
「大変結構でございますな。して、デメリットは?」
俺は苦笑しながら、じいの質問に答えた。
「エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナににらまれる」
誰かににらまれるのは、ポポ兄上やエノーの一件で慣れている。
海をまたいだ隣国の女王に、にらまれるくらいは、今さらだ。
「それですな。もし、アンジェロ様がフリージア国王でしたら、リスクをどう見ますか?」
「……」
いきなり口頭試問か!
俺が王様になる前の予行演習?
「正直、リスクは、あまり大きくないと見ている」
「ふむ……。頭に血が上って、エリザ・グロリアーナ女王は戦争を仕掛けてくるかもしれませんぞ?」
「その場合は、上陸前の海で叩く! 俺が極大魔法を発動する。海の上なら、村や町に影響はないから、俺も遠慮なく大きな魔法を放てる」
エリザ女王国は、大陸からちょっとだけ離れた島国だ。
キャランフィールドの港から、船で一日。
大陸と非常に近いが、この海がある限りエリザ女王国は大陸に攻め込みづらい。
「確かにそうですな。では、エリザ女王国がフリージア王国との交易を禁止した場合は?」
「それはちょっと困るが、現実的には起きづらいと思う。フリージア王国は、内陸国だからね。俺がキャランフィールドの街を開くまで、港はなかった。フリージア王国の商人は船を持っていないから、エリザ女王国と取引をしていない」
「エリザ・グロリアーナ女王が、我が国と交易を禁じても、そもそも交易をしていないから影響がないと?」
「まったくないとは言わないが、影響は少ないと思う。逆にエリザ女王国が損をするよ。アンジェロ領は、ウォーカー船長を始めとしたエリザ女王国の商人と取引量が増えているからね」
「その利益を投げ捨てて交易を禁止したら? 食料が止まりますぞ?」
海上封鎖かな?
エリザ女王国の海軍が、沖合で商船を拿捕したり、臨検を行ったりすると面倒だ。
船ごとにバラバラに行動されれば、俺が全てのエリザ女王国海軍船を魔法で沈めるのは難しくなる。
海のゲリラ活動は、止めて欲しい。
海からの食料供給が途絶えてしまう。
だが――。
「その為の北部縦貫道路だよ。食料の供給ルートを海上と北部縦貫道路の二ルート確保しておく。そうすれば、片方を止められても、もう片方で食料供給を確保できる」
「よろしいでしょう。そこまでお考えでしたら、この婚姻を進めましょう」
どうやら、じいに合格をもらえたらしい。
俺がホッとしていると、じいの表情が変わった。
先ほどまでの厳しい表情から、小さい頃から俺の面倒を見ている守役の顔になった。
「ところで、アンジェロ様」
「なんだ? じい」
「アンジェロ様のお気持ちは? アリー・ギュイーズ様に対して、どのような思いを?」
じいは真顔で質問してきたが、こっちは照れくさくてしょうがない。
「そんなこと……、答えられるか……」
「ふむ……。では、この婚姻話は止めましょうか?」
「えっ!?」
「王族の結婚は政略結婚であることが、ほとんどです。しかし、本人同士の相性であるとか、気持ちであるとか……。そういう物がある程度伴わないと、夫婦生活が破綻してしまいます」
「あー……」
どうやらじいは、親戚のおじさん的な目線、世話焼きおばさん的な目線で、この婚姻を心配しているらしい。
俺は澄ました顔をつくろって答えた。
「大丈夫だ……。アリーさんは、聡明で美しい。一人の女性としても十分魅力的だ」
「では、結婚後の夫婦生活の心配無用ですな?」
「安心せい!」
美人でスタイルが良いお姉さんキャラのアリーさんは、魅力的なのだ。
いかん、リビドーが……。
じいに答えた時、俺の顔は赤くなっていたと思う。
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