第131話 斜め上の理屈再び
アルドギスル兄上が、石壁の内側から提案をしてきた。
「アンジェロ~。とりあえず紹介状を見てみたら?」
「そうしますか……」
ボルチーオ・ファン・マンテルにさっさと帰って欲しいが、帰りそうにない。
仕方がない。
アルドギスル兄上のいう通り紹介状を見て、それから対応を考えよう。
とはいえ、俺が石壁の外側に出るのもよろしくない。
石壁の外側はニアランド王国の領土だから、後で何か言われても面倒だ。
俺は石壁の内側に降りて、アルドギスル兄上とじいに相談することにした。
「この石壁に通り道を造って、ボルチーオをこちらに呼ぼうと思います」
「良いと思うよ。まあ、断るにしても、ちゃんと話した上で断った方が良いだろうし」
アルドギスル兄上は、
「じいの意見は?」
「敵国とは言え、伯爵家の三男ですから……。アルドギスル様のおっしゃる通り、きちんとお話しをした上でお断りした方が良いでしょう」
「やっぱりそうか。面倒だけど仕方ないね」
自分で決めた事だから、本当に仕方がない。
アルドギスル兄上やじいを付き合わせてしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。
俺が石壁に穴を開けようとすると、じいからアドバイスがあった。
「こちら側に来る人数は、絞った方がよろしいでしょう。何かあっても対応出来るように、そうですな護衛を含めて五人なら、こちらも対応出来ますのじゃ」
「わかった。先に交渉して来るよ」
こちらもアルドギスル兄上の護衛兵士が二十人ほどついてきている。
ニアランド王国側が五人なら、万一暴れられても制圧できるだろう。
俺は再び石壁の上に登りボルチーオ・ファン・マンテルと交渉をした。
色々ごねられたが、最終的にボルチーオ・ファン・マンテルと護衛の騎士四人がフリージア王国側に来ることで同意した。
魔法を発動して、石壁の一部に人が通れる穴を開ける。
穴を通って来たボルチーオ・ファン・マンテルは、いきなり怒鳴り始めた。
「貴様ら! 歴史的上位国たるニアランド王国が貴族、ボルチーオ・ファン・マンテルに対して何たる無礼か! 後ほど外交ルートを通じて抗議する!」
前から思っていたのだけれど、歴史的上位国とは何の事だろうか?
メロビクス戦役時、天幕の中で聞いた気もするが、ニアランド王国人は、このフレーズが好きなのだろうか?
えっと……とりあえず、言い返しておこうか。
「フリージア王国とニアランド王国は、戦争中ですよ? 和平交渉は進んでおりませんし、外交ルート自体がないのでは……」
「では、国王に会わせろ! 私が直々に説諭してやろう!」
「国王陛下は、お忙しいのでお会いになれません。繰り返しになりますが、我が国と貴国は戦争中ですよ? 和平交渉ならまだしも、『説諭』なんて理由で国王陛下がお会いになるわけがないでしょう」
「まったく! フリージア人は常識知らずだ!」
いや、常識知らずは、あなただ!
どうも、ペースが狂う。
彼らの自分勝手な主張にこれ以上付き合ってはいけない。
俺は気持ちを入れ替えて、淡々と進めることにした。
「まず、最初に申し上げますが、今回アンジェロ領に移住しているのは、冒険者が主です。ボルチーオさんは――」
「ボルチーオ様だ! 様! 敬称をつけないとは、何と礼儀知らずな!」
「私はフリージア王国の王子ですから、他国の貴族を『様』付けで呼ぶことはありません」
ボルチーオ・ファン・マンテルが、まだ何か言いそうだったので、すかさず言葉をかぶせて話を進める。
「アンジェロ領に移住しているのは冒険者です。あなたは冒険者ではありませんね?」
「冒険者だと? そのような下賎な輩であるわけがなかろう!」
「では、移住は許可できません。この事は各地の冒険者ギルドに伝達済みです。お引き取りを!」
「私は紹介状を持っているのだぞ! フリージアの要人からだ!」
ボルチーオ・ファン・マンテルは、地面に羊皮紙を叩きつけた。
あれが、紹介状か。
もっと大事に扱えよ。
じいが、厳しい表情で羊皮紙を拾って俺に渡す。
ボルチーオ・ファン・マンテルの態度の悪さに辟易しながらも、『ちゃんとしなくては』と義務感だけで巻いてある羊皮紙を開く。
「えっ!? エノー伯爵!?」
紹介文は、『勇猛』とか、『頭脳明晰』とか、褒め言葉を連ねた普通の内容なのだが、文末に記されたサインが問題だ。
そこには、死んだはずのエノー伯爵のサインがあった。
「あれえ? エノーのサインだ?」
「むうう……」
横からのぞき込んできたアルドギスル兄上が素頓狂な声をあげ、じいがうなる。
ボルチーオ・ファン・マンテルは、俺たち三人の反応を見て、得意げに話し始めた。
「どうだ! フリージアの宰相エノーのサインだ!」
レディース・アンド・ジェントルメン!
ディス・イズ・ア・ペン!
オマエはバカか!
俺たち三人は生暖かい目でボルチーオ・ファン・マンテルを見守る。
さあ、続けたまえ!
「まあ、貴様ら歴史的劣等国人であっても、宰相のサインの重みは理解できよう」
今度は、歴史的劣等国人と来たか!
歴史的上位国人さんは、斜め上の理屈が大好きだな。
「さあ! ミスリル鉱山が眠るという魔の森に、私を案内しろ!」
俺は生暖かい視線のまま、ボルチーオ・ファン・マンテルに話を促す。
「案内した後は?」
「私がミスリル鉱山を見つけ、国王陛下に献上するのだ?」
「国王陛下? フリージア国王のレッドボット三世陛下でしょうか?」
「そんな訳がないだろう! 国王陛下といえば、ニアランド王国の国王陛下に決まっておるだろう!」
どうして、そうなるのだろう?
ミスリル鉱山を発見した一帯にある魔の森は、フリージア王国の領土で、俺の領地なのだ。
何をどうしても、ニアランド王国の領地にはならない。
俺は深くため息を付き、淡々と確認作業を続ける。
「ハア……。つまり……、あなたは……。まず、ミスリル鉱山を見つけたい?」
「そうだ!」
「そして、ニアランド国王に献上したい?」
「うむ!」
「献上したミスリル鉱山は、ニアランド王国の領地にする?」
「良く理解できたな、劣等国人よ。上出来だ!」
これどうしたものかね?
とりあえず言うべき事は一つ。
「帰れ!」
ボルチーオ・ファン・マンテルが、心底心外だと表情を変えたが、俺は気にせず言うべき事を言う。
「ミスリル鉱山近辺の魔の森は、フリージア王国の領土で私の領地です。ニアランド王国の領土にはなりませんし、ニアランド国王に献上するのもダメです!」
ボルチーオ・ファン・マンテルが口を開こうとするが、俺は彼にしゃべらせないように声を張って続ける。
「今回、移住を許可しているのは冒険者だけです。そして、あなたは冒険者ではないから、お断りします。俺の領地に来ても、役立たずです! 威張り散らすだけの、無駄飯ぐらいは不要です!」
「き、貴様……」
「それから、このサインにあるエノー伯爵ですが……」
「そうだ! 貴様らの国の重鎮であろう? 宰相が推薦したのに断るとは、無礼千万! どのように責任をとる!」
「エノー伯爵は、死亡していますよ?」
「――えっ!?」
ボルチーオ・ファン・マンテルは、心底驚いたのだろう。
口を大きく開き、目を丸くして、言葉が出ないでいる。
俺は親切丁寧男子だから、詳しく教えてやろう。
「先達てのメロビクス戦役において、エノー伯爵はフリージア王国を裏切りました。俺とアルドギスル兄上の暗殺を企てたのです。最後は腹を魔法で切り裂かれ亡くなりました」
「ウソ……で、あろう……?」
「ウソじゃありませんよ? エノー伯爵の腹を魔法で切り裂いたのは、私です。彼が亡くなった時、俺だけでなく、アルドギスル兄上も一緒にいました」
「そうそう! 僕も見ていたよ! 裏切り者らしい死に様だった。彼さあ~。結局、ニアランド王国の間諜だったよね~。だから、エノー家は取り潰しになって、領地は僕が管理しているよ」
「……あれ?」
ここへ来て、ボルチーオ・ファン・マンテルは、自分のしていることが、いかに間抜けか思い至ったらしい。
恥ずかしそうに顔を赤くし、うつむき地面を見ている。
「それはそうと……。既に亡くなったエノー伯爵のサインが、この紹介状にあるのはおかしいですね?」
「そ……そんな事はなかろう! そ、そうだ! エノーは死ぬ前にこの紹介状を書いたのだ!」
「ミスリル鉱山が見つかったのは、エノー伯爵が亡くなった後ですよ?」
「えっ……! そうなの……?」
こいつ底なしのバカだな……。
ボルチーオ・ファン・マンテルが気まずそうにしていると、じいが容赦なく死体蹴りを始めた。
「このエノー伯爵のサインは、本人の物ではありません。ワシは特徴を覚えておりますじゃ?」
「じい、どこが違うの?」
「ここです。サインの最後でペンを『止め』ていますが、エノーはサインの最後ですっとペンを『流す』のです」
「へえ」
「生前エノーは、ヒゲを自慢しておりましてな。サインの最後でペンを流すのはヒゲを模しているそうですじゃ」
「じゃあ、このサインは偽物確定?」
「偽物です! 間違いございません。貴族のサインを偽造するのは、重罪ですじゃ。それは、隣国ニアランド王国も変わりません。さて、このケジメをボルチーオ・ファン・マンテル殿はいかがなさるおつもりか?」
「うわっ! 大変だあ~! いーけないんだ! いーけないんだ!」
アルドギスル兄上も楽しそうだ。
「私は! 私は! わらしはあー! !¢£△◆%#&○$!?」
ボルチーオ・ファン・マンテルは、突如意味不明な事を口走り始めた。
ダメだ。壊れた。
「だいたい貴様は第三王子とか言っているが、平民腹から生まれた卑しい子供であろう!」
いきなり浴びせかけられる罵倒に、俺は体を硬くする。
死んだポポ兄上で慣れていても、嫌なモノだ。
「そんな卑しき身で、歴史的上位国人に何を申すか! 貴様の母親は売女で、貴様にも売女の汚らわしい血がながれておろう! さあ、そこにひざまずけ! 私を案内しろ! ミスリル鉱山を差し出せ!」
ヒドイ言いようだ。
こいつは、俺の領地に来れば、ミスリル鉱山を手にできると勝手に思っていたのだろう。
それがかなわないと知った。
そして、自分が偽造したエノーのサインもバレた。
そこで、キレだした訳だが……。
素直に謝罪するなり、せめて大人しく帰るなりすれば良いモノを、悪口雑言を連ねる精神構造は、理解不能だ。
ボルチーオ・ファン・マンテルの暴言が続き、俺がどうしようかと考えていると、アルドギスル兄上がブチ切れた。
「止めろ! 僕の弟を侮辱するな! 許さないぞ!」
「なっ!? 貴様!?」
「ここはフリージア王国だ! 余所の国に来て、好き勝手に振る舞うのは許されない! そして、僕の可愛い弟を侮辱するのは、絶対に許さない!」
アルドギスル兄上……!
凄く嬉しいです!
弟の為に怒ってくれるなんて、良い兄だ!
そう思った次の瞬間、アルドギスル兄上が腰の剣を抜いた。
「力ずくで追い出してやる!」
「ちょっ! 兄上!」
俺がキレる前にアルドギスル兄上がキレてしまった。
妙に頭が冷静になっていく自分がいる。
国境で敵国の貴族の息子相手に剣を抜く。
これは……よろしくない……。
俺は兄上を抑えようとするが、物凄い剣幕だ!
「おまえらニアランドは、俺たちを裏切った! それでも公平に接しようとしたアンジェロを侮辱するとは、この恥知らずめ!」
「な、な、何を! 何を言うか! 退け! 退けえええ!」
ボルチーオ・ファン・マンテルは、兄上の剣幕に押され這々の体で引き上げていった。
膝が震え、股間が濡れていたのは、見なかったことにしよう。
アルドギスル兄上が剣を抜いたのはまずかったが、幸いな事に、ボルチーオ・ファン・マンテルは気が小さい男だったのだろう。
ガクブルで引き上げてくれたおかげで、大事にならずに済んだ。
「兄上、ありがとうございます」
「なーに! 当然のことさ! あんな、おバカの言ったことを気にするなよ?」
「はい。兄上!」
アルドギスル兄上が、肩を組んで励ましてくれた。
俺は兄上へのお礼の代わりに、国境線に石壁を造り、じいを連れてアンジェロ領へ帰った。
「可愛い弟か……」
キャランフィールドへ着いてから、兄上の言葉を思い出す。
転生前の自分に兄弟はいなかった。
俺は嬉しくも面映ゆい気持ちで、アルドギスル兄上の言葉をかみしめたのだった。
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