第125話 ゴブリン集団掃討戦

 ――昼食後。


 俺たちは山側のエリアに総攻撃をかけた。

 ゴブリンが大量に出現したと聞いていたが、百を超えている。


 森の奥にどれだけいるのか……。


「正面は『エスカルゴ』と黒丸! ボイチェフたちは右! 白狼族は左! 『白夜の騎士』は弱いところを遊撃!」


 ルーナ先生の戦闘指示が次々に飛ぶ。


「アンジェロ! 土魔法を三連! 撃て!」


「ストーンショット!」


 ルーナ先生の指示を受け、俺は散弾の土魔法を広範囲に発動する。

 扇状に放たれた無数の石弾が、ゴブリンを撃ち抜き、一度で数十体が倒れた。


 この異世界では、ゴブリンは害獣、いや害虫扱いだ。

 畑を荒し、家畜や子供を襲う。

 繁殖のメカニズムは不明だが、放っておくとあっと言う間に数を増やす。


 だから、この異世界の人たちは、ゴブリン相手に一切容赦しない。

 俺も同じ気持ちだ。


 広範囲攻撃をする土魔法ストーンショットを、三連続でゴブリンの集団に撃ち込んだ。

 ざっと見たところ、五十は倒したが、木の陰にいたゴブリンにストーンショットは当たっていない。


「突撃!」


 ルーナ先生の号令で、俺たちは三方向からゴブリン集団に襲いかかる。

 木が戦闘の邪魔になるので、みんな小回りの利く得物に持ち替え一体ずつ着実に倒す。


 黒丸師匠も愛用のオリハルコンの大剣から、鉄製のショートソードに持ち替え、普段とは違う戦い方をしている。


「丁寧に一体ずつ倒すのである! 敵は多いのである! 足にしがみつかれないように、気をつけるのである!」


 黒丸師匠のいうとおりだ。

 一体、一体は弱くても、数の暴力は恐ろしい。


「前衛交代! 正面は『砂利石』とアンジェロ!」


 俺は細かな魔法のコントロールが苦手なので、こういう細々した現場は向いていない。

 大型ミサイルのような魔法使いだから、広範囲に大規模魔法を行使したり、単体で強力な魔物と戦ったりするのが得意なのだ。


 その点、ルーナ先生は、魔法のコントロールが抜群なオールラウンダー。

 今もピンポイントで土魔法を行使して、次々とゴブリンにヘッドショットを決めている。


「アンジェロ、前に出ます!」


 だから、今日は、状況に合わせて前衛で剣を振るうのだ。

 俺が黒丸師匠とスイッチし、『エスカルゴ』と『砂利石』がスイッチする。


 強面のミディアムたちが、俺に軽口を叩く。


「おう! おう! 王子様が大丈夫かよ?」

「後ろで見学していて、かまわねえぜ!」

「前衛はド迫力だぜ! ちびんなよ!」

「お帰りは、あちらよーん!」


 じいなら顔を真っ赤にして怒りそうだが、俺は気にしない。

 と言うより、この程度を気にしていたら冒険者などやっていられない。


 今の言葉は、『こんにちは』で『がんばれよ』だ。

 彼らなりの挨拶と応援だ。


 俺も言葉を崩して、ご挨拶だ。


「ざけんな! 見とけ!」


 言いざま正面のゴブリンを切り伏せ、右から来たゴブリンに蹴りを見舞う。

 蹴り飛ばされたゴブリンは、木に後頭部をぶつけて無様に倒れた。


 一瞬の動きにミディアムたちから、感嘆の声が上がる。


「やるじゃねえか! 悪かねえ!」

「お見事!」

「伊達に王子やってねえな!」

「そっちは、任せたぜ!」


 ミディアムたちと並んで、ひたすらゴブリンを叩き潰す。


 俺は子供の体だから力はそれほどないが、剣は黒丸師匠に鍛えられた。

 それなりの腕前はある。


 ミディアムたちも、落ち着いてさばいているので、安定した前衛だ。


「前衛交代! 正面は『氷の刃』と『黄金の五人』!」


 しばらくしてルーナ先生から交代指示が出た。

 新人パーティー二組と交代だ。

 交代した二組の動きが、ぎこちない。


 とは言え、ゴブリンは次から次へと出てくるのだ。

 新人に任せて、休憩を取ろう。


「アンジェロ少年、どうであるか?」


「数は多いですが、攻め方は単純ですね。後ろに回り込むゴブリンはいないですし」


「アンジェロ少年も、そう感じるであるか。ゴブリンキングは、いないであるな」


 ゴブリンキングは、個体の強さ自体は、たいしたことはないが、頭が回るのでやっかいだ。

 いない方が助かる。


「そうすると……、このエリアで増殖したゴブリンをひたすら倒す……ですか……」


「我慢比べである」


 俺と黒丸師匠は水筒の水を飲みながら、うんざりだと肩をすくめた。


「うわあ!」


 前衛から悲鳴だ!


「どうしたのである!?」


「チィ! 『黄金の五人』の一人が引きずり込まれた!」


 黒丸師匠の問いかけに、ミディアムが舌打ち交じりに答えた。

 すぐにルーナ先生から指示が飛ぶ。


「隊列を崩すな! 『砂利石』は前衛の穴を埋めろ! 救出は『エスカルゴ』、黒丸、アンジェロ! 急げ!」


「「「「「了解」」」」」


 俺、黒丸師匠、『エスカルゴ』の戦士二人と盗賊が前に出る。


 引きずり込まれた冒険者が見えた!


 何匹ものゴブリンが馬乗りになり、石斧であちこち叩かれている。

 血も流しているし、急がないと!


「それがしとアンジェロ少年で、周囲を蹴散らすのである!」


「わかりました!」


 俺と黒丸師匠は、引きずり込まれた冒険者にこれ以上ゴブリンが近づかないよう、剣を振るう。

 ルーナ先生の土魔法の回転が上がり、ゴブリンの頭が秒速で吹き飛ぶ。


「しっかりしろ!」

「今、助けてやるぞ!」

「ゴブリンを引き剥がせ!」


 ミシェルさんたち『エスカルゴ』の三人がかりで、ゴブリンを引き剥がし怪我をした冒険者を肩に担ぐ。


「撤収! 撤収だー!」


 ミシェルさんの号令で、俺と黒丸師匠も剣を構えゴブリンの集団を牽制したまま後ずさる。

 前衛が作る隊列の隙間に入るとミディアムがボソリとつぶやいた。


「後は、任せろ!」


「頼むよ!」


 今のを見てもビビらないか。

 ミディアムは思ったよりも胆力がある。


 引きずり込まれた冒険者は、『エスカルゴ』の魔法使いに回復魔法をかけてもらっていた。

 回復魔法で元の顔に戻ったが、相当やられていたからな……。


 あのゴブリンの中に引きずり込まれたら危険だ。


 引きずり込まれた冒険者は、『黄金の五人』のまだ若い男冒険者だ。

 名前はジャック。

 装備からして剣士だろう。

 メンバー四人が、心底心配そうに寄り添っている。

 新人冒険者としては、本人もパーティーメンバーも怖かっただろうな。


 黒丸師匠がジャックにコンディションの確認をとる。


「ジャック、どうであるか?」


「ありがとうございます! 大丈夫です! あのゴブリン野郎! ぶっ殺してやる!」


「よしである! 次も行くである! アンジェロ少年、予備の剣を貸してやって欲しいのである」


「わかりました」


 ジャックは、まだ興奮状態だ。

 アドレナリンが出まくっているな。


 だが、黒丸師匠に『黄金の五人』のジャック以外のメンバーがかみついた。


「ちょっと! ギルマス! 何を考えてるんですか!」

「ジャックが可愛そうよ!」

「大怪我だったじゃないか! 休ませてくれ!」

「そうだよ! ジャックは休みだ!」


 四人はジャックの身を案じているらしい。

 だが、黒丸師匠が一喝した。


「ダメである! こういうことが起きたら、時間を置かず前線に出す方が良いのである!」


「そんな!」

「ヒドイ!」


 いや、ひどくはない。

 一見すると厳しい対応だが、ここでジャックを労りすぎると、ジャックは戦うのが怖くなってしまう。


 一種のPTSDだと思うが……。

 恐ろしい戦闘体験をした後にブランクが空くと、戦うこと自体が出来なくなる冒険者がいるそうだ。


 黒丸師匠はジャックが、この状態になってしまうことこそを心配している。


 戦えなくなった冒険者は、違う仕事を探すしかない。

 違う仕事とは言っても、この異世界ではそう簡単に見つからない。

 そうなれば、盗みなど犯罪に走り、奴隷落ちもある話なのだ。


 ある程度経験を積んだ冒険者なら知っている話で、ジャックのような目にあったら、下手に労るよりも、間を置かず実戦に連れて行く方が良い。


『俺はやれる!』


 ――と自信を回復させてやるのだ。


「俺と黒丸師匠で脇を固めましょう。ジャック! 行こう!」


「そうであるな! それがしたちが、ジャックをフォローするのである」


 俺と黒丸師匠はジャックを連れて前衛に出た。

 新人冒険者パーティー『氷の刃』の戦闘時間が長くなっている。

 もう、彼らの息が切れそうだ。


「変わるのである!」


「た、頼みます! 助かった!」


 前衛交代した俺、黒丸師匠、ジャックの三人で、ゴブリンを削る。

 最初はぎこちない動きだったジャックだが、時間が経つにつれ自信に満ちた動きになった。


「ジャック! いいぞ!」


「良い動きである!」


「さあ! おかわりだ! もっと来い!」


 ジャックは、すっかり自信を取り戻した。


 俺たちは交代しながら二時間も戦い続け、ゴブリンを撃退し、山の麓に小さな洞穴を見つけた。

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