第122話 アリー・ギュイーズ
六月になり、アンジェロ領も夏らしくなってきた。
俺は執務室で冷えた果実水を飲みながら書類に目を通す。
北部縦貫道路の工事は順調に進んでいるが、ゴブリンとの遭遇が多くなったと報告が上がっている。
冒険者ギルド長の黒丸師匠が、俺の執務室に入ってくるなり立ったまま陳情を始めた。
「現場からは増援依頼がひっきりなしである。アンジェロ少年の方は、どうであるか?」
「白狼族から応援が来ます」
「それは朗報である。あいつらを、休ませるのである」
黒丸師匠は、ホッとしたのか椅子にドサリと座り込んだ。
今、北部縦貫道路の警備部隊に負担がかかっている。
警備部隊は、白狼族サラ率いる『白夜の騎士』、メロビクス人の『エスカルゴ』、スラム出身の『砂利石』の三パーティーだ。
工事が進むにつれ、ゴブリンからの襲撃が増えている。
工事現場には、力の強い熊族もいるので撃退は可能だが、工事が中断されてしまう。
警備の人手があれば、人海戦術でゴブリンの巣を叩き潰すのだが、人手不足が解消されていないのだ。
おまけに警備が二十四時間になった。
ゴブリン侵入防止の為、リバフォ村の手前に木製の柵とゲートを設置した。
工事現場が動くのは昼間だけだが、このゲートの夜間警備に1パーティー張り付けなくてはならない。
工事現場の警備に一組。
現場の周辺警戒に一組。
リバフォ村やキャランフィールド近辺の魔物討伐に一組。
夜間のゲート警備に一組。
既に仕事が回っていない。
三組とも休みがとれないので、俺、黒丸師匠、ルーナ先生で、夜間ゲート警備を行ったり、短時間現場警備を変わったりして、『白夜の騎士』、『エスカルゴ』、『砂利石』を休ませている。
三組とも文句は言わないが、顔に疲れが出ている。
早めにちゃんと休息をとらせないと、現場が崩壊しかねない。
「後は、港に来るセイウチ族には、話をしてあります。彼らの居留地近くの獣人が、助っ人で来てくれるかもしれません」
「神に祈るのである!」
「商業都市ザムザからは?」
「手配中である。ザムザの冒険者たちは、地元から離れたくないのである。手当を増額するとか、新人でも可と条件を緩和しないと厳しいのである」
商業都市ザムザは、陸上貿易の一大拠点だ。
街道付近の魔物退治やキャラバンの護衛など、仕事は沢山ある。
キャランフィールドへの出張依頼をかけてはいるが、応募がないのだ。
黒丸師匠が冒険者パーティーに直接話を持ちかけても良い返事がもらえない。
「背に腹はかえられないです……。新人冒険者パーティーでも応募可にしましょう」
「それが良いのである。一組で警備しているところを二組にするとか、ゲートの夜間警備にあてるとか、新人でも使い道はあるのである」
「そうですね。冒険者パーティーの選考は、黒丸師匠にお任せします」
「承ったのである。では、それがしは、早速商業都市ザムザに向かうのである」
「よろしく、お願いします」
カラン! カラーン!
カラン! カラーン!
黒丸師匠が出て行ったら、港の方から鐘が聞こえてきた。
船が入ってきたのだ。
今日、ジョバンニは、商業都市ザムザへ買い付けに行っている。
ルーナ先生も商業都市ザムザ郊外の畑だ。
じいは、情報部の立ち上げでアルドギスル領アルドポリス。
エルハムさんは、クイックの増産。
俺が対応するしかないじゃないか!
「はあ~」
忙しさにため息をつきながら、転移魔法でゲートを港につなぐ。
ゲートをくぐり港に着くと、ウォーカー船長がいた。
「よーう! 王子様! 久しぶりだな! 今日は大麦と鉄鋼石を持ってきたぜ! 安くしとくから、買わないか?」
「全部買います!」
ナイス! ウォーカー船長!
鉄鋼石は、ホレックのおっちゃんから催促されていた。
食料も足りてない。
なにせ住人が急激に増えたのだ。
商業都市ザムザでジョバンニが買い付けをして、俺がアイテムボックスに入れて運んでいるが、間に合わない。
商業都市ザムザにも住人が沢山いるので、ザムザの住人が食べる分もある。
それに、この異世界では、巨大な倉庫はないし、冷凍冷蔵設備もない。
物流も日本に比べて劣る。
その日に、農家で採れた野菜が市場に並ぶ。
余剰作物を小規模商人が買い付ける。
そんな規模なのだ。
だから、ウォーカー船長が、エリザ女王国やメロビクス王大国から、小麦や大麦を船で大量に運んでくれるのは非常に助かる。
「おーい! 船が入れねえぞ~!」
海から大声が聞こえてきた。
セイウチ族のヒマワリさんだ!
やった!
魚が来た!
しかし、港には商船が二隻係留されていて、着岸スペースがない。
「ちょっと待って! 今、岸壁を造る!」
俺は土魔法を使って、岸壁を増設する。
さっさと係留して魚を寄越せ!
ウォーカー船長が目をまん丸にして、呆れた声をだす。
「噂には聞いていたが、すげえ魔力だな……」
「いや、ごっそり魔力を持って行かれますよ。すぐ回復しますけど」
「人外過ぎるだろう……」
「こういう何もない所は余裕ですよ」
木など障害物があるとダメなのだ。
思うように土を動かせなくなる。
だから、道路建設は作業員を使うしかない。
「どうでも良いことですから、気にしないで下さい」
「いや! 気になるだろう! 普通は!」
「あー、それより、ウォーカー船長。誰か幹部になれそうな良い人がいたら紹介してください」
「あっさり流したな……。人材採用を、平民の俺に頼むか?」
「本当に足りてないのですよ。住人は増えましたが、幹部クラスが足りなくて……。どこかいないですかね? 主家が没落してフリーになった騎士爵とか。爵位がなくても良いから、貴族に仕えて領地経営の経験がある人とか」
「わかった……。もし、誰かいたら連れてくるよ……。どんな経緯があっても気にしないか?」
「気にしません。仕事が出来る人なら誰でも良いです。頼みます!」
なんか、急成長して人手不足のベンチャー企業みたいだ。
仕事に追われて、俺自身が身動き取れなくなりつつあるのだ。
*
六月半ばになると、北部縦貫道路の警備人手不足問題は解決した。
白狼族からの応援が五名。
セイウチ族経由の出稼ぎが四名。
商業都市ザムザから新人冒険者パーティーが三組。
警備ローテーションが組めるようになり。『白夜の騎士』、『エスカルゴ』、『砂利石』を休ませることが出来た。
セイウチ族からの出稼ぎは、色々な種族が混じっている。
合計二十名がやってきて、そのうち四名が戦闘向き、十六名は作業向きだ。
これで作業チームを増やし、拡幅工事も着手できる。
「オイ! アンジェロ! ゴブリンが減らない! むしろ増えているぞ!」
「らしいね……。思ったより大規模な巣があるのかも……」
工事が進んでいる――つまり、道路が南下しているのだが、ゴブリンの巣は見当たらない。
ゴブリンの数は増える一方で、白狼族が巡回するとゴブリン、五、六匹の集団に遭遇しやすくなってきた。
ゴブリンの密度が上がっているのだ。
「ふむ……。大規模な山狩りをして、ゴブリンの巣を探すのである!」
黒丸師匠の提案で、大規模捜索が行われることになった。
*
キャランフィールドを出航した『愛しのマリールー号』は、北へ向かっていた。
キャランフィールドから海峡を渡りエリザ女王国の沿岸へ。
そこから、陸地沿いにひたすら北へ進む。
目指すはエリザ女王国の北東にあるアクモディア諸島。
猫族のテリトリーである。
アクモディア諸島は、かなり北にある為、六月でも十度を少し上回る程度の寒い地域だ。
アクモディア諸島の本島であるアクモディア島の入り江に、『愛しのマリールー号』は滑り込んだ。
「ニャ! ウォーカー船長ニャ!」
「よーう!」
猫族と気軽に挨拶を交しながら、ウォーカー船長は小さな家を訪ねた。
ドアの前で姿勢を正してからドアを叩く。
「アリー様? ご在宅でしょうか? ウォーカーです」
ドアが開き家主が顔を見せた。
短く切った金髪が似合う品の良い少女。
アリー・ギュイーズである。
「まあ! ウォーカー船長! お久しぶりですわ!」
「良いお話がございまして、参上いたしました」
「そう! お上がりなさいな!」
アリーは、ニッコリと微笑みウォーカー船長を家に招いた。
家は食堂とベッドルームがあるだけの、簡素な作りで、家具も最低限の物だけが置かれていた。
ウォーカー船長は、アンジェロが広く人材を求めている事を、いつになく丁寧な言葉遣いでアリーに告げる。
「――このような次第でございます。アンジェロ領は、これから伸びる領地だと思われます」
「将来有望と言う訳ですね。わかりました! わたくし、アンジェロ殿下にお仕えいたしますわ!」
「それでは、アンジェロ領にご案内いたします」
ウォーカー船長は、水と食料の補充を行い、現地の猫族の戦士五人を、護衛として船に乗せた。
そして、アリーが船に乗るとすぐに出航した。
行きとは違う東回りの航路――セイウチ族の領地を通りアンジェロ領キャランフィールドの港を目指した。
アリーは、期待に胸を膨らませていた。
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