第113話 祭り好きな男たち
スラムの住人の中でも血の気が多い連中が、アンジェロ領のメンバーにつっかかった。
あっと言う間に大乱闘が始まった。
飛行場近くの空き地は、祭りの現場だ。
俺の隣に立つ黒丸師匠は、心底楽しそうだ。
「血湧き肉躍る肉弾戦なのである! それがしも参加するのである!」
「このトカゲ野郎!」
「元気があって大変よろしいのである!」
黒丸師匠のアッパーカットが、いかつい兄ちゃんにきれいに決まった。
そのまま黒丸師匠が人波みに飲まれていく。
奥の方ではエルハムさん率いるクイック製造隊が、隊列を組んで応戦している。
あそこはミスル人兵士だから強い。
エルハムさんに突っかかる女勇者もいたが、足払いをかけられあっという間に制圧された。
白狼族が、熊族が、リス族が、人族が、種族人種に関係なく殴り合いだ。
木こり親子も参戦して、スラムのお兄ちゃんたちを放り投げている。
いや~熱いな~。
じいが血相を変えて俺の所に走ってきた。
「アンジェロ様! これは不味いですじゃ!」
「いや。やらせておこうよ」
「やらせておこうではありませんぞ! すぐに止めないと――」
キュラキュラ♪ キュラキュラ♪
キュラキュラ♪ キュラキュラ♪
ケッテンクラートの音が聞こえる。
ホレックのおっちゃんが、鬼の形相でケッテンクラートにまたがっている。
「どけどけ~!」
おっちゃんは、乱闘の中心にケッテンクラートを乗り入れると、運転席に仁王立ちした。
俺とじいは、ホレックのおっちゃんに注目した。
「止めるのかな?」
「さすがドワーフ殿! 名工は人格が違いますな!」
だが、ホレックのおっちゃんは人格者からほど遠かった。
おっちゃんが吠える。
「酒とケンカは、ドワーフの好物よ! かかってきやがれ!」
「うるせえぞ! ヒゲもじゃ!」
「せからしか!」
ホレックのおっちゃんは、近くにいた若いのに殴られると、ドワーフ訛りで一喝しながら殴り返した。
そのまま怪力を生かして、ジャイアントスイングを決める。
「あははは! おっちゃんやるな~。さすが人格者! 名工は違う!」
「アンジェロ様! 止めないと!」
じいが俺を揺さぶるが、俺は気にしていない。
気が済むまで、やらせておけば良いのだ。
冒険者になりたての頃、荒くれ連中に散々からまれた。
そんな時、黒丸師匠はこう言った。
『アンジェロ少年! ファイトなのである!』
ルーナ先生は、こう言った。
『アンジェロ。魔法は禁止。張り倒してきなさい』
俺は子供なのに、ごつい荒くれ冒険者に素手で立ち向かっていったのだ。
勝てたのかって?
勝てるわけないだろう!
ただ、大事なのは気合い。
『俺をバカにするな! ぶち殺すぞ!』
『俺は死ぬまで抵抗するぞ!』
『俺が死ぬ時は、オマエも道連れだ!』
そんな強い気持ちを持つことが大切なのだ。
そうでないとナメられる。
気の荒い連中相手に理屈をこねても無駄なのだ。
百の理屈より、パンチ一発!
「じい! 年寄りや女子供は、脇によけて巻き込まれないようにしているから大丈夫だよ。暴れたいヤツには、暴れさせておこう」
「しかし――」
「おい! チビ! テメエ~! 偉そうにするな!」
エキサイトした、兄ちゃんが突っかかってきた。
「これ! 無礼じゃ! こちらはアンジェロ王子なるぞ!」
「気に入らねーんだよ! 偉そうにしやがって!」
いや、相当興奮している。
さあ、俺も行くか……。
「不敬罪とか野暮は言わないよ。やろうか?」
「アンジェロ様!?」
「そいっ!」
俺はインネンをつけてきた兄ちゃんの膝を蹴飛ばし、体勢が崩れたところを背負い投げの要領で投げ飛ばした。
俺に投げ飛ばされた兄ちゃんは、気持ちのよさそうな顔で地面に伏した。
――その後、十分もかからずに、アンジェロ領メンバーが、スラムの血気盛んな若い衆を制圧した。
*
赤獅子族の族長ビンは、上機嫌だった。
シメイ伯爵の使者が持参したプレゼント――蒸留酒をあおり、肉をかじる。
「ん~! 人族は強い酒を飲んでいるな……ウッ!」
急に胸を押さえ倒れる族長ビン。
急性の心臓麻痺で亡くなってしまった。
「あ~、俺が族長?」
「はい。ヴィス様」
転生者ヴィスは、二百人の赤獅子族に頭を下げられ族長に就任したが不機嫌だった。
神の使いから手に入れた焼きそばパンを食べながら、ヴィスは赤獅子族に命じた。
「ケンカしてこい!」
「「「「「はっ!?」」」」」
赤獅子族は呆気にとられた。
族長の第一声が『ケンカをしてこい!』とは……。
みな真意をはかりかねた。
ヴィスは、そっぽを向いたまま言葉を続ける。
「強いことが大切だ。じゃあ、強くなるには? 実戦あるのみ! だから、みんな好き勝手にケンカしてこい!」
「「「「「……」」」」」
赤獅子族の反応は様々だった。
最初は親族長ヴィスの言葉に困惑したが、徐々に納得の声があがった。
赤獅子族は元々好戦的な獣人一族なのだ。
先代は争いを起こさず、戦いよりも酒と女を好んだ。
赤獅子族は平和であったが、どこか物足りなさを感じる者も多かったのだ。
かくして赤獅子族は周辺地域に対して好戦的に振る舞うようになった。
メロビクス王大国、ミスル王国、フリージア王国、イタロス地方、あちこちに出かけては、村や町を襲い、軍が出てくれば戦った。
こうして大陸北西部で、新たな戦乱の火が起きた。
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