第112話 スラムの住人
「人が増えて喜ばしいのであるな。とびきりガラの悪いヤツもいるのである」
「スラムの住人ですからね。お行儀が悪いのは仕方がありませんよ」
俺は黒丸師匠と話しながら苦笑いだ。
五月になり、キャランフィールドもすっかり暖かくなった。
そこで、王宮との約束『スラムの住人を引き取る』を実行した。
これは商業都市ザムザを俺の領地としてもらう引き換えに出された最後の条件だ。
王都にはスラム街があり、およそ五百人が住んでいる。
貧民ばかりで税収が上がらない。
犯罪に手を染める者もいて、王都の治安が悪化する。
さらに、隣国ニアランド王国とメロビクス王大国とは戦争状態が継続しているので、間諜が逃げ込む場所になってしまうのだ。
王宮としては、扱いに困っていた。
そこで、俺に白羽の矢が立った。
『住人の少ないアンジェロ領で、スラムの住人を引き取って欲しい』
王宮から上がってきた要望に、俺は悩んだ。
この一年、アンジェロ領は少数精鋭でやって来た。
種族や出身国はバラバラだけれど、北部王領と呼ばれていた元流刑地を発展させようと力を合わせてきた。
気心も知れていて、雰囲気も良い。
そこにスラムの住人が入ってきたら、どうなるだろうか?
今の良い雰囲気を維持できるのか?
俺はスラムの住人とは交流を持ったことがない。
ただ、良い噂を聞いたことがないし、王都の住人は、みな敬遠する。
俺も良いイメージを持っていない。
知性がなく、粗暴そう。
話が通じなさそう。
健康状態が悪そう。
そんなネガティブなイメージしかないのだ。
しかし――。
『戦いは数だ!』
――とも言う。
前世日本で就職活動をした時の事だ。
俺はリクルートスーツに身を包み、色々な企業を訪問した。
大企業は、給料が良いし、オフィスもきれいだった。
まだ学生で難しいことはわからなかったけれど『儲かっている』、『会社にお金がある』のはわかった。
地元の小さい企業も訪問してみた。
大企業とは、あまりにも給料が違うので驚いた。
『えっ!? これしかもらえないの!?』
対応してくれた会社の人には申し訳なかったけれど、ビックリした。
大企業に勤める大学の先輩が教えてくれた。
『大きな企業は人数が多いだろ? 仮に従業員一万人の企業があるとする。一人あたり、月百円の利益を稼いだとする。会社全体では一ヶ月でいくらの利益を出せる?』
『一人百円なら……、一万人いるので、百万円です』
『正解。じゃあ、仮に従業員五人の小さな企業があるとする。さっきの大企業と同じように、一人あたり月百円の利益を稼いだとする。一ヶ月で会社全体の利益は?』
『五百円です』
『そう。百万円と五百円……。数字で比較するとわかりやすいだろう? 数が多いって言うのは、大きな武器だ。もちろん現実のビジネスは、もっと複雑だけどね』
『なるほど』
先輩は学生の俺にもわかるように、話を単純化してくれた。
だが、数の強みは、理解できた。
アンジェロ領は、会社に例えるならビジネスモデルが出来上がったところだ。
ホップ、ステップ、ジャンプのホップは成功した。
ならば、ステップ――拡大時期じゃないだろうか?
・高単価、高利益のクイックを各地へ売る。
・二年後にウイスキーを出荷する。
このビジネスモデルを広げるのだ。
その為に、今、必要なのは『労働力』つまり『人』だ。
正直、スラムの住人は、質が良い人材とは思えないが……。
それでもまとまった人数が、タダで手に入るのだ。
俺は王宮からの打診を受託した。
北にあるアンジェロ領は寒い。
五月になり暖かくなってから、スラムの住人を引き取る段取りに決した。
――そして五月になった。
王都で集められたスラムの住人を、俺が転移魔法でアンジェロ領キャランフィールドに連れてきた。
飛行場近くの空き地に五百人が集まっている。
俺は、お手伝い要員として呼び寄せた奴隷商人ベルントに聞く。
ベルントには、ブルムント地方のクイック販売を許している。
販売は好調で、儲かっているらしい。
俺に対して、常に揉み手だ。
「さて、連れてきたは良いけれど、どうするかな?」
「まずは、それぞれの特技や適性を見極めることです」
「特技や適性か……鍛冶師がいたら良いな……」
「そうです。鍛冶師とか、読み書きが出来るとか、力仕事が向いているとか。まず、この五百人を整理する必要があります」
「なるほど」
適材適所とは言うけれど、新人の特徴を理解しなければ適切に配置出来ないからな。
「しかし、五百人か……俺が一人一人と面接していたらキリがないぞ。列をいくつか作って、順番に話を聞き、書類にまとめてはどうだろう?」
履歴書やプロフィールシートを作る。
五百人もいるのだから、効率の良い方法じゃないと、いつまでたっても人員配置できない。
「うーん、良案だと思いますが……。文字を書ける人間が、沢山おりましょうか?」
「あ……、いないね……」
「鍛冶師など、ある程度必要な人材がお決まりでしたら、声をかけて集めた方が早いです」
「グループ分けするのか、確かにその方が早そうだな……。それでいこう! じゃあ――」
俺とベルントが打ち合わせを終わらせようとすると、あちこちでケンカする声が聞こえてきた。
「あーあ! やってられねえなあ!」
「おい! テメエ! フリージア人じゃねえだろう?」
「腹減ったなあ……」
スラム住人の中でも、特にガラの悪い連中が、騒ぎ始めた。
黒丸師匠の目がギラリと光った。
「ふむ……あのガラの悪い連中は、それがしが鍛えたいのである」
「腕っ節が強いなら、冒険者もありですね」
「やや……サラにからみだしたのである。命知らずであるなあ」
今日は、白狼族のサラや熊族のボイチェフたちに警備をしてもらっている。
スラム住人の周りに配置しておいたのだが、インネンを付け出したバカが出た。
「オウ! 犬っころ! テメエ、犬クセえぞ!」
「私は白狼族だ! 犬族ではない!」
「似たようなモンだろうが! そこの歩く絨毯も邪魔なんだよ!」
「オラの事か~? 絨毯じゃないぞ~」
サラとボイチェフは、相当強いぞ。
小さな頃から、魔の森の中で魔物に囲まれて生きてきたのだ。
真っ向から戦えば、中堅クラスの冒険者に勝つ実力がある。
黒丸師匠が、嬉しそうに実況を続ける。
「あっ! ボイチェフを蹴り飛ばしたのである。バカであるな~」
チンピラ風の若い男がボイチェフを蹴飛ばした。
あーあ、終わったなアイツ……。
「痛いだ~! 蹴るのは、いけないだ~」
「うるせえ! 熊公!」
「オイ! 貴様! ボイチェフに謝れ!」
サラは姉御肌で、ボイチェフやキューは守る対象なのだ。
サラが怒りだし、チンピラに詰め寄る。
「あんだよ……犬ッコロはうるせえんだよ! そこでオシッコしてみせろ!」
「オイ! この野郎!」
サラがチンピラに殴りかかった!
チンピラもケンカなれしているのだろう。
サラの右フックを後ろに下がってかわす。
だが、サラは身体能力の高い獣人だ。
チンピラの動きに追随し、ボディに左フックをねじ込む。
「ぐふっ!」
チンピラの体が『く』の字に折れ曲がり、サラの右ストレートがチンピラの顔面にヒット!
チンピラが気持ちよさそうな笑顔で地面に倒れると、スラムの住人の中から声が上がった。
「「「「「やっちまえ!」」」」」
大乱闘が始まった!
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