第95話 和平交渉へ
「和平? 今さら?」
「今だからこそです」
俺は、宰相エノー伯爵と向き合っている。
会議があるから出席しろと国王本営から連絡があり、じいを伴って大天幕まで来たのだ。
会議の出席者は七人――
・国王である父上
・第一王子ポポ兄上
・宰相エノー伯爵
・第二王子アルドギスル兄上
・兄上の腹心ヒューガルデン伯爵
・第三王子の俺
・じい、ことコーゼン男爵
――以上だ
会議冒頭で宰相エノー伯爵が、メロビクス王大国軍と和平を結ぶと言い出した。
戦争は終わったのに、今さら和平なのか……。
宰相エノー伯爵の狙いが、俺はわからない。
「エノー。戦争は勝った。和平など必要ないだろう?」
俺の問いかけに、宰相エノー伯爵は淡々と反論してきた。
「では、このまま戦い続けますか? どこまで戦いますか? メロビクス王大国の王都までですか? それとも全土を占領するまででしょうか?」
「うーん……」
そういうことか……。
宰相エノー伯爵が、『今だからこそ和平を結ぶ』と言う意味がわかった。
確かにこの戦場では、俺たちフリージア王国軍が勝った。
勝ったけれど……、じゃあ、戦い続けるのか?
正直な話、俺はアンジェロ領に帰って、ノンビリしたい。
宰相エノー伯爵が言うように、メロビクス王大国の王都まで攻め込むとか、正直面倒だ。
しかし、つい先ほどまで戦っていた連中と急に和平と言われても……。
俺は腕を組んで考え込む。
すると、俺の隣で黙っていたアルドギスル兄上が、俺に話しかけてきた。
「アンジェロ、どう思う?」
「感情的には、納得できませんね」
「僕もさ! ついさっきまで目の前で、我が国の兵士が戦って死んだ! 僕の目の前で、ドバーと血を流して、悲鳴を上げて! それで和平だって? 冗談じゃない!」
アルドギスル兄上は、声を荒げた。
ちょっと、びっくりだ。
アルドギスル兄上は、いつもニコニコマイペースで、声を荒げるなんて思わなかった。
宰相エノー伯爵が、アルドギスル兄上を説得する。
「アルドギスル様。お気持ちはお察しいたしますが、感情に流されてはいけません。この戦場では、我々が勝ちました。しかし、メロビクス王大国は、名の示す通り大国です。大軍が攻めてきたら、我らに勝ち目はございませんぞ」
「はっはー! その時は、またアンジェロが、あの魔法をドバドバ! っとやってくれるさ!」
宰相エノー伯爵とアルドギスル兄上の議論が始まった。
だが、平行線だ。
俺はポポ兄上に話を振ってみた。
「ポポ兄上は、いかがお考えでしょうか?」
「エノーに任せておる……」
平民腹がどうこうと悪態をつくかと思ったら、静かに返事をした。
ポポ兄上の顔色が、あまり良くない。
先ほどの戦いがよほど堪えたのだろうか?
父上はどうだろうかと見てみると、アゴのヒゲをさすって考え中だ。
俺たち王子三人の意見、議論の成り行きを見てから、決めるのだろう。
アルドギスル兄上と宰相エノー伯爵の議論が一段落したところで、じいに発言をさせる。
「じいは、どう思う?」
「恐れながら申し上げます。和平に賛成ですじゃ」
視線がじいに集中する。
じいは、あまり爵位が高くないので、国政を左右する会議に出席したことがないのだろう。
居心地が悪そうにしている。
「遠慮しないで続けて。色々な意見を聞かないと、俺も国王陛下も判断が出来ないから」
「はっ……。それでは、理由を申し上げますが、ニアランド王国の出方が不明だからです」
「ニアランド王国か……」
「はい。ニアランド王国軍は、突然裏切りました。仮にですが……、今後もニアランド王国が我が国と敵対するとやっかいです」
「メロビクス王大国とニアランド王国の二カ国と、常に敵対する事になるな……」
それは非常に面倒だと思う。
西のメロビクス王大国と北西のニアランド王国。
二方向に注意を向けて、いつでも出陣できるように備えておかなくてはならない。
俺は戦場で勝ったから、それで良いと思っていたが……。
やれやれ、『戦後、我が国と他国の関係がどうなるか?』を考えて手を打たないといけないのか……。
「アンジェロ様のおっしゃる通りですじゃ。であれば! 二カ国の内、一カ国だけでも、和平を結んでおいた方が良いかと。さすれば、ニアランド王国と戦うのか? それとも外交で抑えるのか? ニアランド王国の出方を見る時間が稼げますじゃ」
「なるほど……」
俺がじいの発言に感心していると、宰相エノー伯爵がすかさず合いの手を入れてきた。
「コーゼン男爵の言い分は、ごもっともです。もし、ニアランド王国と外交となりましても、時間がなければ外交は出来ません。時間稼ぎの意味でも、ここはメロビクス王大国軍と和平を結びましょう」
場の雰囲気が、和平に傾いた。
だが、アルドギスル兄上が反発する。
「ちょ! ちょっと待ってよ! ヒューガルデン! なーんか言ってよ!」
兄上の後ろに控えていたヒューガルデン伯爵が一歩前に出る。
彼は内政派貴族の筆頭格で、大領地貴族の一人だ。
ヒューガルデン伯爵は、白髪、白眉の美男子。
二十代のはずだが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
戦場なので金属鎧を身につけているが、細身なのであまり似合っていない。
涼しげな声を大天幕に響かせた。
「アルドギスル様。ここは和平でしょう」
「なっ!? ヒューガルデン! オマエ、何を言っているの!?」
アルドギスル兄上は、ヒューガルデン伯爵の言葉に目をむく。
しかし、ヒューガルデン伯爵は、にっこりと笑って理由を述べた。
「戦で大切なのは、止め時です」
「止め時?」
「そうです。今なら……キリが良いですよね!」
「キリが良いって……。酒を飲んでいる訳じゃないぞ!」
「ははっ! 酒も戦も同じですよ! 何事にも仕舞い時が、ございます」
仕舞い時か。
確かに。
フリージア王国は、隣国ニアランド王国との盟約に基づいて出陣した。
そして、初戦でメロビクス王大国軍を破り、裏切ったニアランド王国軍も破った。
今なら約束を守り、自分の身を守っただけということになる。
諸外国への聞こえも良いだろうし、二カ国との外交交渉もしやすそうだ。
ヒューガルデン伯爵が言う通り、キリが良い。
アルドギスル兄上は、口をとがらせる。
「そりゃ、わからなくもないけどさ!」
「もし、メロビクス王大国に攻め込むとしたら、兵糧も足りませんし、兵力も足りません」
「攻め込まないで、放っておけば?」
「そして、二カ国がフリージア王国に攻め込んでくるのを待つのですか? 嫌な未来予想図ですね」
「ぶー! ぶー!」
ぶーぶー言ってもダメだぞ、アルドギスル兄上!
アルドギスル兄上とヒューガルデン伯爵の関係が、わかるな。
どうもアルドギスル兄上は、この白髪白眉の伯爵に弱いらしい。
ブレーキ役なのだろう。
さて、会議の流れは和平に傾いたが、問題はある。
「エノー。和平を結ぶのは良いとして、誰と話し合うのだ?」
こう言っちゃ何だが、俺の放った極大魔法メテオストリームは強力無比だ。
主立った将や貴族は、隕石の下敷きになってしまっただろう。
和平を結ぶにも交渉相手がいなくちゃ始まらない。
俺の問いかけに、宰相エノー伯爵は、ニコリと笑って答えた。
「伯爵位を持つ貴族が一人生き残っておりました」
「へー。良く生き残れたね」
「後方で兵糧の受け渡しを行っていて、極大魔法メテオストリームを逃れたようです。旗下の斥候が発見いたしまして、和平を結んでも良いと言っております」
「伯爵なら交渉相手としては、悪くないと思うが……。メロビクス王大国の本国と話し合った方が良いのではないか?」
「もちろん、正式な和平はメロビクス王大国の王宮と行います。しかし、交渉には時間がかかるでしょう」
「正式な和平までの『つなぎ』だな?」
「左様でございます。アンジェロ様」
それなら異存は無い。
仮の和平、つなぎの和平でも結んでおけば、いくらかはマシだろう。
アンジェロ領に帰還できる。
メロビクス本国との交渉は、外交族貴族たちにお任せだ。
俺は父上に向かって、意思表示をする。
「国王陛下。私は和平案に賛成いたします」
「ふむ。アンジェロは賛成か。アルドギスルはどうか?」
「……賛成しまーす」
「よし。それではメロビクス王大国軍と和平を結ぶ。エノー、和平を進めよ」
「ははっ!」
*
――夕方。
間もなく日が暮れる。
俺は馬に揺られて、和平交渉場所へ向かっている。
先頭は、エノー伯爵。
ポポ兄上が続き、俺とアルドギスル兄上が並んで進む。
最後尾は、護衛の騎士が五人だ。
アルドギスル兄上のマシンガントークが炸裂し、俺が相槌を打つ。
「あーあ、面倒臭いな!」
「アルドギスル兄上。大事な外交交渉ですよ」
「それは、わかっているけどさあ。僕は、バカだから交渉事は向かないよ。いつもは部下に丸投げしているしい~」
「今回は宰相エノー伯爵に丸投げで良いでしょう」
「だったら、行かなくても良いよねえ?」
まあ、そうだけどね。
交渉メンバーは宰相エノー伯爵の希望だ。
まず実務は、外交派トップの宰相エノー伯爵。
和平条件のすり合わせや交渉事は、彼が行う。
交渉相手は伯爵なので、国王陛下が出て行くのはダメだ。
宰相エノー伯爵は、国王の名代としてポポ兄上をプッシュした。
しかし、この人事には、アルドギスル兄上派閥のヒューガルデン伯爵が反発。
色々と議論――と言うよりも、言葉での殴り合いの後、三人の王子が国王名代として同席することになった。
派閥均衡ってヤツだ。
「先方は、伯爵お一人で会場にいらっしゃいます。何せ生き残りがおりませんので、護衛の確保も難しい状況だとか……。ですので、こちらも最少人員で向かいます。交渉をするのに、相手に恥をかかせるのは得策ではありませんからな」
宰相エノー伯爵の意見に従い、最低限の護衛として騎士が五名。
そして、宰相エノー伯爵と俺たち三人の王子が会場に向かう。
会場は戦場の北側で、極大魔法メテオストリームの被害がなかったエリアだ。
馬を進めると、白い天幕が見えてきた。
宰相エノー伯爵が、護衛の騎士に指示を出す。
「ここからは、私と王子三人で向かう。その方らは、辺りを警戒せよ。敵の生き残りが、いるやもしれぬ」
「「「「「ハッ!」」」」」
護衛の騎士は天幕の手前で四方に散った。
俺たちは、天幕の前で馬を下りる。
ポポ兄上の顔色が悪い。
緊張しているのか?
アルドギスル兄上が、すかさず冷やかす。
「あれあれ~? ポポ兄上! お顔の色が悪いですよ~。下のご用ですか? はっはー!」
やめて上げて!
もう、小学生並のからかいじゃないか!
俺は笑いを必死にこらえる。
「アルドギスル……その方……。いや、大丈夫だ。行こう……」
「はいはーい!」
ポポ兄上は、土色の顔で汗をかいている。
本当に大丈夫かな?
天幕の中に入ると、ランプがともされて薄暗い。
中央に小さな人影が見える。
宰相エノー伯爵が、紹介を始めた。
「こちらはメロビクス王大国のハジメ・マツバヤシ伯爵です」
ハジメ・マツバヤシ……。
こいつか!
俺と同じ転生者で、エルフを奴隷にしていたヤツだ!
奴隷エルフを救出したことが、バレやしないかとドキドキしてきた。
宰相エノー伯爵は、紹介を続ける。
「わたくしが、宰相のエノー伯爵です。わたしのとなりが第一王子のポポ殿下」
宰相エノー伯爵が、一度言葉を切った。
「そのとなりが、第二王子のアルドギスル殿下」
「はーい!」
アルドギスル兄上……軽いなあ……。
外交交渉の場だから、相手が子供でも、もうちょっとどっしりと――。
「そして、第三王子のアンジェロ殿下です」
ハジメ・マツバヤシの視線が、アルドギスル兄上から俺に移った。
――ゾクリとした。
理由はわからないが、ダンジョンの中で不意に強力な魔物に出会ったような。
背筋に寒気が――。
「君がアンジェロ君か……。はじめまして。さようなら」
ハジメ・マツバヤシは、右手を服の中に入れ何かを取り出した。
拳銃を握り、俺に狙いを定めるハジメ・マツバヤシ。
「あっ――」
俺は、何かを言おう、何かをしようとしたのかもしれない。
だが、それよりも早く、ハジメ・マツバヤシの右手にグッと力がこもるのが見えた。
次の瞬間、乾いた音が天幕に響く。
パン、パンと火薬の爆ぜる音が二回続き。
俺の体に痛みが走った。
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