第85話 国王の反乱

 俺、じい、黒丸師匠は、アンジェロ隊の天幕に戻ってきた。


 天幕の周りは賑やかだ。

 ルーナ先生が料理をし、白狼族のサラが手伝い、その周りを獣人の少女二人がグルグルとはしゃぎ回っている。


 なんだがホンワカする光景だ。

 心が温かくなる。


「獣人の子は、元気ですね」


「うむ。ルーナになついているのである」


 黒丸師匠も目を細める。


 ルーナ先生は、一見すると冷たくてとっつきにくいが、実は面倒見が良くて優しい。

 子供に良くなつかれるのだ。

 白狼族のサラもルーナ先生になついている。


「アンジェロ様。あの子らは、いかがするおつもりでしょうか?」


 不機嫌だったじいが、いつもの口調に戻った。

 どうやら、じいも子供たちを見てほっこりしたらしい。


「ニアランド王国側が良いなら、うちで引き取ろうか?」


「……」


 じいが珍しくジトっとした目をする。

 何だろう?


「えっ!? じい、何?」


「引き取るのは構いませんが……お手つきは困ります」


 お手つき――つまり、『女に手を出す』、『夜のお相手をさせる』ということだ。

 じいは、なぜそんな発想をするのだろうか。


「お手つきって……、じい! 俺に幼女趣味はないぞ!」


「幼女趣味はなくとも、獣人趣味はおありでしょう? 以前、アンジェロ様は獣人の侍女を、いたく気に入っておいででした」


「フランの事? フランは結婚退職したぞ」


 俺が小さい頃に面倒を見てくれた豹族の侍女、フランの事を言っているらしい。

 フランは既に結婚退職している。

 今は、夫婦で王都に住んでいると聞く。


 フランは獣人の中でもかなり人化している方で、ネコミミで尻尾モフモフの美人さんだった。


 まあ、確かにお気に入りの侍女だったが……。

 よく抱っこしてもらったし、おっぱいも柔らかかったし。


 だが、何もないぞ!

 というより、子供だから、何か出来ようはずがない。


「白狼族のサラも気に入っておるでしょう」


 あー、サラも好きだ。

 三角の犬耳で、フサフサの尻尾も良い。

 あれ? 俺ケモナー?


「えーと、同世代だしなあ。族長の娘だから、仲良くした方が良いだろう?」


「そのうち娶りますな」


「そうだな……」


 そこは間違いないと思う。

 俺はサラが好きだし、政治的にも白狼族のサラを娶れば、獣人三族との絆が強まる。

 アンジェロ領は安泰だ。


 じいは、走り回る獣人の子供二人に再び目を向ける。


「あの姉妹は、おそらく豹族の支族でございましょう。豹族は美人が多い獣人一族ですからな。アンジェロ様のお手がつくのかと思うと、じいは心配でございます」


 ああ、フランと同じ豹族なのか。

 そりゃ美人になるだろう。


 豹族は、獣人の中でも人が多い一族だ。

 沢山の支族に分かれていて、大陸北西部以外にも住んでいる。


「いや、まー、そのー。俺は王子だから、子孫を残す為に、夜励むのも仕事のうちと心得ているぞ」


「それは構いませんが、獣人ばかり娶るとバランスが悪うございますからな。あの子たちは、ダメです。ハイエルフ殿を娶り、白狼族のサラを娶るなら、人族も娶ってくだされ」


「わかった……」


 獣人の少女二人を眺めて癒やされていたら、何かトンデモナイ方向に飛び火してしまった。


「晩ご飯が出来た。今日は、目玉焼きはんばく」


「それがしの大好物である!」


「目玉焼きは黄身がトロトロ」


「さすがルーナである!」


 今日の夕食は、黒丸師匠が好きな目玉焼きハンバーグだ。

 ルーナ先生も黒丸師匠が来たことを喜んでいるのだ。


「わあ! 美味しい!」

「おいちい! おいちい!」


 食事が始まると、豹族の子供二人が大喜びでハンバーグを頬張った。

 親を亡くした悲しい気持ちが、少しでも慰められたなら良かった。


 ここにいる間は、美味いものを食べさせてやろう。



 *



 フリージア王国国王レッドボット二世の天幕では、宰相エノー伯爵が国王に苦言を呈していた。


「陛下! ニアランドの副将アラルコン閣下に、なんということを!」


 宰相エノー伯爵は、異変を感じていた。

 これまで国王レッドボット二世は、自分の言うことは何でも聞いていた。

 いや、自分が国王に何も言わせないでいたのだ。


 自分の後ろ盾となる隣国ニアランド王国とニアランド王国から嫁いだ第一王妃からの圧力、そして第一王子派閥の貴族たちの声。


 国王レッドボット二世は、これらを恐れて自分の言いなりだった。


 ところが、今日は、自分が意図しない発言をニアランド王国の副将へ向けて放ったのだ。


 一体、何が起こっているのか?


 国王を詰問しながら、宰相エノー伯爵は嫌な予感を覚えていた。


 宰相エノー伯爵が、一通り話し終えたところで、国王レッドボット二世が口を開いた。


「エノーよ。そちは、どこの国の人間か?」


「は?」


 宰相エノー伯爵は、国王のいつになく重く厳しい声に驚く。

 間の抜けた返事に、国王が再度問う。


「その方は何者かと聞いておるのだ。フリージア王国の人間ではないのか?」


「何をおっしゃいますか! わたくしは、フリージア王国の宰相でございます!」


 宰相エノー伯爵は強い口調で言い返すが、国王は淡々と応じた。


「そうか。昼間の軍議の態度を見ていると、そうは思えなくてな……。ニアランドの人間ではないのか?」


「陛下……ご冗談を……」


「冗談で言っておるのではない。その方の忠誠心が、どちらを向いているのか、問うておるのだ!」


 宰相エノー伯爵の背筋に冷たい汗が流れた。


 国王は、いつもと違う。

 自分の嫌な予感が的中した。


 しかし、百戦錬磨の外交官でもある宰相エノー伯爵は、動揺を外に出さず、芝居がかった動作でひざまずき心にもない言葉を口にした。


「わたくしの忠誠心は、国王陛下とフリージア王国に捧げております」


「……これまでは、その方と第一王子ポポの意見を尊重してきた。しかし、今後は第二王子アルドギスルと第三王子アンジェロの意見も聞く。二人のそばに仕える者を呼べ」


「陛下!? 急にいかがなさいましたか!?」


「こたびの戦で、第二王子アルドギスルを支持する貴族たちが多いことがわかった。ならば、アルドギスルの意見を聞くのも重要であろう?」


「いや、しかし――」


「第三王子アンジェロも見事ではないか! 領地周辺の獣人族を従え、見たこともない空飛ぶ魔道具にのって参陣した! さらに今日の軍議での態度!」


「陛下! ニアランドの副将アラルコン閣下は、お怒りでしたぞ!」


「構う物か! わしは胸のすく思いだったぞ! あのアラルコンなる者は、我が国を属国か何かと勘違いしておる! けしからん!」


「陛下!」


「わしは息子たちに勇気をもらった。もう、隣国ニアランドの都合に振り回されんぞ! ニアランドが四の五の言うなら、妃をニアランドに送り返す」


「……」


 ニアランド王国出身の妃を送りかえせば、ニアランド王国と国交の断絶もあり得る。

 その事は国王レッドボット二世もわかっていた。


 宰相エノー伯爵は、レッドボット二世の思いの強さに危機感を強くした。


(これは早く手を打たねば! ポポ様の王位継承が危うい!)



 *



 ハジメ・マツバヤシは、上機嫌だった。


「ふーん。フリージア王国って、ドロドロしてるんだね」


「はっ……王子二人の派閥に分かれているそうです」


 ハジメ・マツバヤシは、フリージア王国宰相エノー伯爵から密書を受け取った。

 戦後の外交交渉への布石をフリージア王国側が打ってきたのだ。


 ハジメ・マツバヤシは、連絡継続と面談を了承したが、宰相エノー伯爵を信用したわけではなかったのだ。

 彼は護衛騎士たちに、フリージア王国の情報収集を指示した。


 護衛騎士たちは、手分けをして情報を集め、夜になりハジメ・マツバヤシの天幕に再集合し報告を行う。


 天幕の中では、オイルランプが灯りを放つのみで、護衛騎士たちはハジメ・マツバヤシの表情を見ることは出来なかった。


 だが、声のトーンで喜んでいることがわかる。

 それも、かなり。


 どうやら自分たちの報告は有用だったらしいと、護衛騎士たちは胸をなで下ろした。


「フリージア王国宰相のエノー伯爵は第一王子派閥で、ニアランド王国とのパイプが太いか……。外交上手なんだね」


「はい。フリージア王国の外交を一手に担っているそうです」


 ハジメ・マツバヤシは、とても愉快な気分だった。

 フリージア王国内での派閥争い。

 兄弟がいがみ合い、それぞれ貴族を引き連れて権力争いを行う。


 なんと醜い。

 なんと楽しい。


 いいぞ、もっとやれ!


 どうやったら、火に油を注ぐことが出来るだろうか?

 どうやったら、もっと憎しみあうだろうか?


 新しいおもちゃを見付けたハジメ・マツバヤシは、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

 天幕の中の暗さが、その人外な笑顔を隠していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る