第84話 斜め上の理屈

 ――夕方。


 俺は天幕の外に出てグースの帰りを待っていた。

 すると北の空に、何かが飛んでいるのを見つけた。

 夕焼けに照らされて見にくいが……あれは……!


「黒丸師匠!」


 俺は大きく手を振った。

 黒丸師匠からも見えているようで、こちらへ一直線に飛んでくる。

 なぜか、背中に獣人の子供を二人のせているが……。


「アンジェロ少年! 黒丸推参である!」


 元気がなかった黒丸師匠だが、今日はシャンとしている。

 ルーナ先生が、ジト目で近づき黒丸師匠に声をかける。


「やっと来たか。背筋が伸びたようだな」


「すまなかったのである」


「晩ご飯の支度をする。美味しい物を作る」


「それは、楽しみなのである!」


 ルーナ先生は、喜んでいるな。

 あの『美味しい物を作る』は、良いことがあった時に出る言葉なのだ。


「黒丸師匠も一緒に戦ってくれるのですか?」


「アンジェロ少年。それがしは……、今度は守る為に戦おうと思ったのである」


「守る為ですか?」


「そうである。勝利とか、強さとか、そういう物の為に戦うのは、もうよいのである。これからは、弱き者、大切な者を守る為に戦うのである」


 黒丸師匠が、とても優しい目をした。

 何か心境の変化があったらしい。

 それはきっと良いことなのだろう。


「弱き者、大切な者を守るか……。とても立派な事だと思います」


「そうであるか? まっ! 前衛はそれがしに任せるのである!」


「頼もしいです! 王国の牙が揃いましたね!」


「無敵なのである!」


 黒丸師匠は、カカカと気持ち良さそうに笑った。

 それはそれとして気になるのは、黒丸師匠が連れてきた二人の子供だ。


「黒丸師匠。その二人の子供は?」


「うむ……。実はであるな――」


 黒丸師匠が、ここへ至る道中を話してくれた。

 メロビクス王大国軍の略奪部隊と遭遇したのだ。


 略奪された獣人の村は、師匠が連れてきた二人の子供を除いて全滅。

 さらに、二人の子供も嬲り殺しにあいそうな所を、黒丸師匠が助けに入ったそうだ。


「黒丸! 良くやった! それでこそ黒丸だ!」


 ルーナ先生は、ストレートに黒丸師匠を褒め称えた。

 そして、ストレートに怒りだした。


「メロビクスはクズ。私とアンジェロで、極大魔法を撃ち込もう」


「まったくですね。それくらい、やりたい気分です」


 食料を奪ってメロビクス王大国軍を飢えさせたのは、俺だが……。

 だからといって、略奪・皆殺しは、ないだろう!


 本当に、デカイ魔法をドカンとぶち込んで終わりにするか?

 政治的な事を考えなければ、それでも問題ないぞ。


 フリージア王国内の政治、隣国ニアランド王国の立場、今後の国際関係、俺は色々な事を考えているから、『魔法をドン!』を控えているのだ。


 俺とルーナ先生が憤慨していると、じいが首脳陣に報告すると言い出した。


「アンジェロ様。黒丸殿の戦闘は、ニアランド王国内です。一応報告を入れておきます」


 人助けとは言え、同盟国内の戦場と離れた場所で戦闘を行ったのだ。

 確かに、報告を入れておいた方が良い。


「わかった。頼むよ」


「じい殿、よろしくなのである」


 しばらくして、じいが急いで戻ってきた。

 眉間にしわを寄せて、思い切り不機嫌そうだ。


「……アンジェロ様、黒丸殿。軍議に来いとの事ですじゃ」


「えっ!? 軍議をやっていたの?」


「はい。我らは呼ばれておりませんでした」


 また嫌がらせか!

 どうせ、ポポ兄上一派の仕業だな。


「わかった。大天幕に行くよ。ところで俺たち何で呼び出されたの?」


「ニアランドの副将が軍議に来ておりまして、直接事情を聞きたいと……」


「なるほど。それで、じいは何に怒っているの?」


「干物野郎の態度にですじゃ!」


 干物野郎とは、ニアランド人の事だ。

 ニアランド王国は、海に面している。

 そこで、ニアランド人を悪く言う時は、『魚臭い』とか、『干物野郎』とか、『イカ臭い』とか言うのだ。


 大天幕に到着すると、ずらっと貴族が居並んでいる。

 上座に見慣れない人物が座っている。

 オレンジを基調にしたニアランド王国の軍装姿だ。


 宰相エノー伯爵が、俺、じい、黒丸師匠を立たせたまま話を始めた。

 王子の俺を立たせたままだ。


「アラルコン閣下。こちらは第三王子のアンジェロ殿下です」


「そうですか。あなたの部下が我が国で戦闘を行ったと聞きましたが?」


 いや、ちょっと待て!

 誰だよ! オマエ!

 俺は、第三とは言え王子だよ!

 挨拶も、自己紹介も、外交辞令もなしに、話を始めるのは失礼すぎるだろう。


 それも、俺は立っていて、そっちは座っている。

 おかしいだろう!


 じいが、割って入った。


「お待ちを! こちらにおわすお方は、我が国第三王子のアンジェロ殿下でおわす! 物を尋ねる前に、礼法にのっとった挨拶をされよ!」


 アラルコンと呼ばれたニアランド人は、じいに一喝されても態度を変えなかった。

 隣に座る宰相エノー伯爵に、小声で何か言っている。


 宰相エノー伯爵は、アラルコンに物凄く気を遣っている。

 見ていて薄ら寒くなる笑顔を浮かべて『はあ』、『なるほど』、『おっしゃる通りですな』と相槌を打つ。


 俺は、不快な気持ちと同時に、かなり困惑した。


 隣国ニアランド王国は、大国ではない。

 貿易で儲けているが、メロビクス王大国ほど恐れる理由はない。

 それに一世代遡れば、フリージア王国とは戦争をしていた。


 宰相エノー伯爵が、アラルコンにそこまで気を遣う理由がわからなかった。


 やがて、アラルコンが小声の話を終えると、宰相エノー伯爵がこちらに向き直った。


「アンジェロ殿下。配下の戦闘についてご報告をいただけますか?」


「配下? いえ、黒丸師匠は、配下ではありません。与力です」


 黒丸師匠は、商業都市ザムザと俺の領地キャランフィールドの冒険者ギルド長を兼任している。

 俺の配下ではなく、冒険者ギルドの人間なのだ。


 そして、俺と一緒に冒険者パーティー『王国の牙』を結成している。

 あくまで俺と黒丸師匠は、対等な関係なのだ。


 だから、『与力』が一番近しい。


 俺としては、黒丸師匠に敬意を払って欲しかったのだが、宰相エノー伯爵に俺の気持ちは通じなかったようだ。


「それは、どちらでも良いでしょう。とにかく、報告をお願いします」


 これは議論をしても、時間の無駄だ。

 さっさと報告を済ませて、ルーナ先生の作った晩ご飯を食べよう。


 俺は黒丸師匠から聞いた話を伝えた。

 すると、アラルコンが居丈高に質問した。


「それ、頼んでないですな?」


「は?」


 俺はアラルコンの質問の意味は理解したが、アラルコンは、なぜ感謝しないのか?

 なぜ迷惑そうにするのかが、理解できなかった。


 アラルコンは続ける。


「ですから、我がニアランド王国からフリージアへ救援要請は出てないですな?」


「……そうですね」


「では、あなたたちが勝手に助けたのですね?」


 なに、それ?

 アラルコンは腕を組み、アゴをクイッと持ち上げて偉そうな態度だ。

 俺はアラルコンの尊大な態度と常識のない言葉に、さすがに反発を覚えた。


「その言い草はないでしょう? 黒丸師匠は、貴国の村が襲われているのを見て救援したのですよ? 敵を倒し、村人を助けたのです」


「頼んでないですよ?」


 だめだな。

 アラルコンが何を言いたいのか、わからない。


「何が問題なのですか? ニアランド王国内で戦闘をした事を問題にしているのですか?」


「いえ。現在は戦争中ですから、同盟国が我が国領内で敵兵士を排除する戦闘は問題ありません」


 国境線や領土内での戦闘を問題にしている訳じゃないのか……。

 アラルコンの話のポイントが見えない。


「じゃあ、何が問題ですか?」


「何度も繰り返しますが、我が国は頼んでいませんよ」


「……」


 さっぱり分からない。

 俺が困惑して無言になると、アラルコンは声のボリュームを上げた。


「お手伝いさせていただいた! そう言いなさい!」


「えっ!? ちょっと何を――」


「我がニアランド王国は、フリージアよりも歴史が長い。つまり歴史的上位国なのです!」


「……」


「上位国を助けるのは当然のことでしょう? あなたは親が困っていたら助けるでしょう? 兄が困っていたら助けるでしょう?」


 いや、親は助けるけど、ポポ兄上は助けないよ!

 なんなのだ!

 この理屈は!


 歴史的上位国って何だよ?

 そんな言葉はないぞ!


 困ったことに、ポポ兄上や宰相エノー伯爵は、『その通り』だとか、『まったくおっしゃる通りです』とか、謎のご機嫌取りをしている。

 ポポ兄上派の貴族たちは、うなずいている。


 おまえら、どこの国の人間だよ!


 だが、ポポ兄上の派閥以外は、剣呑な雰囲気を漂わせている。

 そりゃそうだ。

 自国の王子に向かって『○○させていただいたと言え!』とか、常識がなさ過ぎる。


 第二騎士団長のローデンバッハ男爵が、さすがに腹に据えかねただろう。

 アラルコンに文句を言い出した。


「お待ちください! その言いようは、何ですか! 我らは盟約に基づいて、貴国の防衛戦争に協力しているのですぞ! まず、アンジェロ王子と黒丸殿に、『ありがとう』でしょう?」


 その通りだ!

 ローデンバッハ男爵が言う通り!

 子供でもわかる話だ。


 だが、アラルコンは、どこまでも尊大だった。


「盟約があるなら、共に戦うのは当然でしょう? それとも、フリージアは約束を守らない劣等国ですか?」


「貴様! 劣等国とは何だ!」


「劣等国と言われたくないですか? ならば、黙って戦うべきでしょう。むしろ、『協力させていただく』『共に戦わせていただく』と謙虚な姿勢を持たなければなりません」


「なぜ、我が国がそのような――」


「我がニアランド王国が落ちれば、次はフリージアの番です。つまり、この戦いはフリージアの防衛戦争でもある。つまり我がニアランド王国は、フリージアを守ってやっているのです!」


 なんだ、その斜め上の理屈は!

 俺はじいに小声で聞く。


「なあ、じい。不思議なことに、俺たちが悪くて、俺たちが下の立場に聞こえるよな?」


「あれこそが、ニアランドの腐った論法ですじゃ! 自分たちが上位、自分たちが偉い、他国は自分たち下だ。そんな風に考えているのですじゃ」


「……その謎の自信は、なんなの?」


「脳みそが腐っておるのでしょう。脳漿の代わりに、魚のはらわたを頭に詰めておるのです。やれやれ、イカ臭いですじゃ」


 ようやくわかった。

 ニアランド王国は、マウントを取ってくる国なのだ。

 自分たちはオマエらより上だと言いたいのだ。

 そこがアラルコンの話のポイントだったか。


 だから、黒丸師匠がニアランド王国内で敵国兵士と戦い、幼い子供を救出しても、感謝がないのだ。


「じい、ところであのアラルコンって?」


「ニアランド王国の副将ですじゃ」


 あれが副将かよ!

 全てをほっぽり出して、アンジェロ領に帰りたくなった。


 俺とじいが、小声で話している間もニアランド副将アラルコンのマウンティング話法が続く。


 大天幕の中は、妙な空気が充満した。

 ポポ兄上率いる第一王子派閥はアラルコンに追従し、アルドギスル兄上率いる第二王子派閥はアラルコンに反発している。


 そして、先日、俺のお友達になった第二騎士団長ローデンバッハ男爵と副官のポニャトフスキ騎士爵は、剣に手をかけて暴れ出しそうだ。


「いい加減にしてもらおう!」


 大天幕の一番奥から声がした。

 皆、ハッとして視線を大天幕の奥へ向ける。


 父上だ!

 おお! 父上がしゃべった!

 今までは会議で置物みたいだったのに!


 宰相エノー伯爵や第一王子ポポ兄上が国政を壟断しているとはいえ、国王である父上の言葉を止めることは出来ない。


 宰相エノー伯爵は、渋い表情になったが、父上は無視して話を続けた。


「アンジェロは、我が息子だ! 礼をとらねばならぬのは、貴殿であって、アンジェロではない!」


「しかし――」


「さらにアンジェロ与力の黒丸殿は、アンジェロの剣の師でもあり、冒険者ギルドのギルド長でもあり、最高ランクの冒険者でもある。礼節を持って接するべき相手だ」


「いえ――」


「余は黒丸殿の行いを是とし感謝する」


 俺は嬉しかった。

 父上が味方してくれた事もあるが、何よりも父上が元気に存在感を発したからだ。


 これからは俺が父上の味方になろう。


 結局、軍議はニアランド王国副将アラルコンが憤慨して出て行くと同時に、宰相エノー伯爵が打ち切った。

 黒丸師匠の保護した獣人の少女二人の扱いは、宙に浮いてしまった。

 これは宰相エノー伯爵から、ニアランド王国に打診して貰うしかない。


 俺は隣で静かにしている黒丸師匠に声をかけた。


「黒丸師匠。行きましょう」


「むっ……終わったのであるか? 立ちながら寝ていたのである」


「えっ!?」


 やけに黒丸師匠が静かだと思ったら、寝ていたのか……。

 いや、逆に良かった。

 黒丸師匠が起きていたら、怒っていただろう。

 そうしたら、黒丸師匠の威圧が炸裂して、この大天幕はミスル王国王宮の二の舞だ。


「俺たちの天幕に帰りましょう。ルーナ先生が、晩ご飯を作って待っていますよ」


「それは楽しみである!」

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