第70話 夜間訓練飛行
夏の終わりから秋にかけてアンジェロ領は忙しかった。
領内唯一の農村地帯であるリバフォ村は、大麦や農作物の収穫に追われ、新設した水車は大忙しで稼働していた。
「そろそろ冬支度も始めませんと! ご領主様も冬に備えて薪をご用意下さい」
村長曰くこの辺り一帯は、冬の寒さが厳しいらしい。
幸い木こりチームが製材して余った木が沢山ある。俺が土魔法で作った薪小屋にボンボン放り込んで貰う事にした。
酒造りチームは他所の領地から買い付けたワインを蒸留しクイックやブランデーを作るのに忙しかった。最も忙しかったのは開発チームで、異世界飛行機グースの改良と増産を行っていた。
そして十二月に入った。
拡張した飛行場では異世界飛行機グースの飛行訓練が連日行われている。
今日は夜間の緊急発進訓練だ。
飛行場に非常事態を知らせる鐘が鳴り響き、
「スクランブル! 緊急発進!」
「回せー!」
「パイロット急げよ!」
「ゴーゴーゴー!」
パイロットに選抜されたリス族と飛行場勤務のリス族が
何人かのリス族は真っ暗な飛行場に飛び出し、松明を滑走路に沿って放り投げて離陸の為の明かりを作った。
俺が搭乗するのは一番機、飛行隊長機のリアシートだ。
複座に改造されたグースの一番機のリアシートに俺が飛び込むと、夜食のパンを口に咥えたリス族の飛行隊長が革ジャンと飛行帽を身に着け前席に駆け込んだ。
シートに座ると同時に飛行隊長がシートベルトを締めながら大急ぎで夜食のパンをかき込み、地上のリス族の誘導員に大きく声を掛ける。
「一番機発進位置へ移動願う!」
「了解! 一番機発進位置へ前進どうぞ!」
誘導員が卓球のラケットのような
グース一番機がプロペラを唸らせながら、滑走路にゆっくりと進み出る。
飛行隊長は滑走路の端でブレーキを踏んだまま、アクセルを踏み込んだ。
プロペラの回転数が上がり、プロペラの風切り音が鋭くなる。
俺は夜間飛行の寒さに備え、革ジャンのボタンを首元までしっかりと止める。
地上の誘導員が声と手信号で発進の合図を送って来た。
「一番機離陸どうぞ!」
「了解! 一番機離陸!」
飛行隊長がブレーキから足を話すと、グースは一気に加速を開始した。
松明が左右にともるだけの暗い滑走路は人族には見えづらいが、獣人には苦にならないらしい。
リス族の飛行隊長は正確に滑走路中央を走行し、グースを離陸速度まで加速させた。
フワッとした感覚を一瞬感じた後に、グースは夜空に舞い上がっていた。
水平飛行に移ると夜の闇の中にアンジェロ領の領都キャランフィールドが見える。
暗い中にポツリポツリと屋敷から明かりが漏れ、ピンと張りつめた冷たい空気の中で月明かりに照らされた森は静かに眠っている。
「アンジェロ様! このまま夜間編隊飛行訓練を行います!」
「了解。隊長にお任せする」
前席の隊長が気合の入った声で訓練続行を告げて来た。
飛行場の方を見ると次々にグースが舞い上がって来る。機体後部にぶら下がったカンテラ型の魔道具が赤く光る。
やがて隊長機を先頭に六機のグースが逆V字型に並び、一つの生き物のように夜空を飛び回った。魔導エンジンが放つ魔力の残滓が、光の粒子となり夜空に光っては消えて行った。
一時間の飛行訓練を終えて、俺たちは地上に戻り待機所に向かう。
ホレックのおっちゃんが作った鉄製のゴツイ薪ストーブに駆け寄る。
「ぶええ。寒い!」
俺がストーブに手をかざしていると三番機に乗っていたじいと二番機のルーナ先生がやって来た。
「まったくアンジェロ様も人使いが荒いです。年寄りには、この寒さは
「グースは楽しい。でも寒い」
異世界飛行機グースはウルトラ・ライト・プレーンだ。
三角の主翼の下にフレームを組んで座席を設えただけなので、現代の旅客機のように空調はついてない。
「それでも魔法障壁を展開する仕様になって、随分マシになりましたよ」
開発当初、操縦席はむき出して、風に当たりっぱなしだった。夏場でも三十分間空を飛ぶと体温を奪われて、ガチガチになる。
そこで
パイロット席を包むように魔道具で魔法障壁を展開すれば、風除けにもなるし地上からの魔法攻撃や矢を防ぐ事が出来る。俺はこの案をすぐに採用した。
魔法障壁を展開する魔道具は、今まであった物を改良してすぐに対応出来た。
お陰で風に吹かれ続ける寒さはなくなったが、それでも冬場空に上がれば寒さが
「防寒服を改良しましょう……」
「それが良いですじゃ」
「賛成。寒いのは苦手」
人族とエルフは毛皮がないから寒いのはダメだ。
だが、獣人はそうでもない。四番機に乗る白狼族のサラと五番機熊族のボイチェフはピンピンしている。
「そんなに寒いか? この革ジャンを着ていれば大丈夫だけどな」
白狼族のサラはかなり人化しているが、それでも尻尾や体の一部は毛皮のままだ。寒さには人族やエルフより強いのだろう。
「おらは大丈夫だぁ。この革ジャンは暖かいだぁ」
熊族のボイチェフなんて、熊そのものだからな。
そりゃ寒くもないでしょうよ。
現在グースは六機が完成した。
前後二人乗りの複座に改良して、魔法障壁を展開出来るようになり、一応これで完成とした。
グースのパイロットは全員リス族から選抜した。理由は体が小さく体重が軽いのと全身毛皮で寒さに強いからだ。また、獣人は夜目が利くので、計器やレーダーがなくても夜間飛行が可能だ。
何故かリス族の族長がノリノリで、パイロット希望者が沢山集まり選抜が大変だった。
そして後部席へ乗り込む担当も決めた。
一番機 俺、アンジェロ
二番機 ルーナ先生
三番機 じい
四番機 白狼族サラ
五番機 熊族ボイチェフ
六号機 リス族キュー
メロビクス王大国とフリージア王国で戦争が起こった場合は、この面子で出陣する事になるだろう。まあ、第三王子で流刑地に飛ばされた俺に声がかかるかわからないが……。
グースの機体チェックが終わったキューが報告に来た。
「アンジェロ殿。機体に異常なし。全機正常です」
「キューちゃん、ありがとう」
パイロットのリス族たちも集まって来て、みんなで温かいオニオンスープを飲む。
鉄製薪ストーブの上に置いた鍋から木のコップにオニオンスープが注がれ、手から手へと木のコップが回されて行く。
木のコップから湯気が立ち上がり、玉ねぎの甘い香りが待機所に充満する。
みんなが無言でオニオンスープをすする中、誰かが声を漏らした。
「あー、あったまる……」
そうだな。温まるな。
バタンという大きな音と共に待機所の扉が開いた。
黒丸師匠が一枚の羊皮紙をつかんだまま走り込んで来た。
「たった今冒険者ギルドに転送されて来たのである! 出陣要請である! メロビクス王大国がニアランド王国に攻め込んだのである!」
*
「年末までには、この戦争は終わるさ!」
シャルル・マルテ将軍は馬上で高笑いをした。
王都メロウリンクを進発したメロビクス王大国軍は、国境の大河を渡りニアランド王国西部に襲い掛かった。
メロビクス王大国軍は、重装騎兵を中心に一万五千。
対するニアランド王国西部の貴族は、地元農民をかき集めても数百人、良くて千人規模の軍しか編成できなかった。
それもその殆どが農民の素人歩兵だ。
ニアランド西部諸侯は、メロビクス王大国軍に大した抵抗もせずに、手に持てるだけありったけの金銀財宝を抱えてニアランド王都に向け逃亡した。
その結果、シャルル・マルテ将軍率いるメロビクス王大国軍は、無人の野を行くがごとく占領地を拡大して行った。
緒戦の勝利に浮かれるメロビクス王大国軍では、至る所で強気な声が聞こえて来た。
『年末までには、この戦争は終わる』
だが、この声に首を傾げ、嫌な顔をしている男がいた。
この戦争に反対したハジメ・マツバヤシ伯爵である。
まだ五才のハジメ・マツバヤシ伯爵は一人で馬には乗れず、お付きの女魔法使いミオに抱かれるようにして馬に乗っていた。
「まったく楽観的というかさあ。もう勝った気でいやがるんだ。あの筋肉バカ助共は……」
ハジメ・マツバヤシ伯爵のいつもの文句タレに女魔法使いミオが応じる。
「いけませんか? 重装騎兵も歩兵も装備を一新しておりますし、普段訓練をしている常備兵が戦力の中心です。負ける事を想像する方が難しいと思いますが?」
「ああ、そうだね! 左様でございますねぇー。けどね。あれはまずい! 『年末までには、この戦争は終わる』ってヤツね! あれはダメだよ! フラグってヤツさ!」
女魔法使いミオは不思議な物でも見るように、自分の抱えるハジメ・マツバヤシ伯爵を見た。『年末までには、この戦争は終わる』、彼女も漠然とそんな風に考え出していたのだ。
「何か……不味い事でも?」
「ああ、不味いね。僕がいた地球ではね。『クリスマスまでに戦争が終わる』なんて言うと、だいたいロクな事にはならないのさ」
「クリスマス?」
「十二月二十五日の事だよ。僕がいた世界ではね。その日は神様に祈ったり、何故かチキンを食べたり、恋人同士がイチャついてそれはもう盛大に夜ホニャホニャするのさ」
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシ伯爵の言う意味がまったく分からなかった。神様に祈りをささげる事と、チキンを食べる事と、恋人がホニャホニャする事にどんな関連があるのだろうかと思索を巡らした。
そんな思考をハジメ・マツバヤシ伯爵の言葉が断ち切った。
「まあ、この戦争で僕らは手柄を立てる必要はないよ。既に内政で十分手柄を立てているからね。他の人に出番は譲ってやろう」
「よろしいのですか? 騎士たちは、やる気になっておりますが……」
「良いんだ。何より大事なのは僕の安全だよ。何かあっても、いつでも逃げ出せるように後ろの方に陣取ってよ」
女魔法使いミオは考える。
戦争になれば手柄を立てる事が最も重要だと自分は考えていた。しかし、主のハジメ・マツバヤシ伯爵は、そうではないと言う。
(この人の考えている事は、本当にわからない)
ミオは考える事を止めた。
異世界人の思考に自分が付いて行けるわけがないのだと割り切ってしまった。
「ところで馬上で太ももを撫で回すのは、お止め下さい。流石に馬を操りにくいです」
「おっと失礼した」
ハジメ・マツバヤシ伯爵は太ももを撫で回すのを止めて内腿を撫で回し始め、メロビクス王大国軍は、更に軍を進めるのであった。
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