第34話 オーク肉の炭火焼きグリル

 建設中のアンジェロ領本拠地に戻って来るとパンを焼く良い匂いがした。

 三人の獣人が鼻をひくひくさせている。

 獣人の女の子が、たまらず聞いて来た。


「お、おい! アンジェロ! この良い匂いはなんだ!?」


「これはパンを焼く匂いだよ。美味しそうな匂いだよね」


 たぶんルーナ先生がパンを焼いているのだろう。

 食堂内の厨房が完成したのかな?


「こ、これがパンの匂い……。さっきの小麦でパンが作れるのか?」


「そうだよ。後で作り方を教えてあげるよ」


「そ、そうか! オマエは良いヤツだな!」


 ルーナ先生が作るパンは、現代日本のパンに近いからね。

 うまいぞ!


 この異世界のパンはボソボソしていて堅い。

 日本で食べていたパンと何が違うのか?

 ルーナ先生と問答をしながら、日本で食べていたパンを思い出し、原材料をかき出していた時に気が付いた。


 イースト菌!

 そうだ日本のパンのパッケージには、イーストとか書いてあった。

 そうだよ! パン用の酵母を使っているのだ!


 そこまでたどり着いてからは、早かった。

 通勤電車の中で読んだグルメ雑誌のパン特集を思い出した。

 手作りパンの場合は干しブドウやフルーツを水に浸して発酵させてイースト菌代わりに出来る……と書いてあった。


 ルーナ先生に試してみて貰ったところ成功!

 日本のパンとは違うが、それでもこの異世界のボソボソパンとは比べ物にならない程美味しかった。


 それからはパンにバターを混ぜてみたり、小麦粉の引き具合を調整したり、パン酵母を混ぜる量や水に浸すフルーツの種類を変えたりして二年がかりで納得の行くパンが出来た。

 パンは俺とルーナ先生の協同作業、心血を注いだ食欲の結晶なのだ。



 さて、俺、ジョバンニ、獣人の女の子、熊獣人、リス獣人は、食堂へ向かった。

 食堂に入るとまだ机もテーブルも入ってないガランとしたスペースが広がっている。

 ルーナ先生が臨時に土魔法で作ったのだろう、横長の石造りのテーブルとベンチが一つだけあった。


「ルーナ先生! 帰りましたよ!」


「おお、アンジェロか! 厨房が出来上がって、今パンを焼いているのだ。昼食にするので、肉を出してくれ……。む? 客か?」


 ルーナ先生が厨房から顔を出して来た。

 口の周りにパンのカスが付いているが、指摘しないでおこう。


「ここの北側に住んでいる獣人の皆さんです」


「そうか。なら一緒に昼食をどうだ? パンは多めに焼いたから、充分にあるぞ」


 獣人三人の目がキラリと光った。


「オイ! アンジェロ! 私たちも食べて良いのか?」


「食べて良いよ。俺は手伝って来るから、そこに座って待っていてね」


「ありがとう! オイ! お前たち! 行儀よくするんだぞ!」


 獣人の女の子は、熊獣人とリス獣人に指示している。

 なんだろ? 偉い立場の子なのかな?


「アンジェロ! 手伝え!」


「はーい!」


 ルーナ先生に料理の手伝いに呼ばれた。

 王子であっても、ルーナ先生の弟子だからな。

 喜んでお手伝いしますよ!


 厨房に入ると……。

 おお! 見事な出来ばえだ!


 パン焼き用の石窯、煮炊きする竈、炭火焼きグリル、調理台、流し台、複数人で調理出来る広さにしつらえてある。


「ルーナ先生、メニューは何にしますか?」


「うむ。手っ取り早くオーク肉の炭火焼きグリルにしよう。オーク肉を出してくれ」


「はい、はい~」


 俺はアイテムボックスからオーク肉の塊を取り出し、調理台の上に置いた。

 置いた瞬間、魔力の動きを感じた! 

 慌てて後ろに飛びのく。


「ふん! ふん! ふん!」


 ルーナ先生が得意の風魔法『ウインドカッター』を発動した。

 ウインドカッターは、鋭く切り裂く風の刃だ。

 昼食用のオーク肉を食べやすい大きさに切り刻んで行く。


 いや、毎度の事ながら感心するよ。

 部屋の中で風魔法ウインドカッターを発動して、肉以外はまったく傷つけないのだ。


 こんな精緻な魔法のコントロールは、俺は出来ない。

 というより、誰も出来ないだろう。

 普通は部屋の壁を傷つけてしまう。俺みたいに魔力が多ければ肉を置いた台ごと切り裂いてしまう。


 魔力と魔法技術の無駄遣い……という指摘は決してしてはいけない。

 ルーナ先生の食事に対する執念は恐ろしいのだ。


 様子を見に来たジョバンニが、放心しつぶやいた。


「魔法使いの料理方法って……、凄いですね……」


「ジョバンニ! 違うぞ! こんな事が出来るのは、ルーナ先生だけだ。普通は魔法使いでも、包丁で料理するから」


「お主らグダグダ言ってないで、手を洗え!」


「はーい」


 魔法で水を出し、流し台で手を良く洗う。

 ルーナ先生は、早くもオーク肉を焼き始めた。


 ルーナ先生と出会ってから五年間、二人で色々な地球世界の料理を再現した。

 フリージア王国では塩は割と安く手に入るし、胡椒をはじめとした香辛料も南の国から陸路で運ばれるので値段は高いが手に入る。

 醤油や味噌が無いのは痛いが、いわゆる洋風系の料理はかなり再現した。


 今、ルーナ先生が作っているのはグリル、網焼き料理だ。

 グリルは鉄製の大きい網を設置して、下から炭火であぶり焼きする。

 網に油を塗り、塩コショウを揉み込んだオークの肉を炭火であぶる。


 焼きあがったら軽く炒めたみじん切りの玉ねぎを上にのせ、オリーブオイルベースのバジルソースをかけて出来上がりだ。

 オーク肉は豚肉に近い味で、脂が濃厚だがバジルソースと玉ねぎがくどさを抑えてくれる。


 日本に居た頃、ファミレスで食べたのを真似てみたのだ。

 えっ? 玉ねぎのみじん切りが大変じゃないか?

 ルーナ先生が、風魔法でアクロバティックみじん切りをするよ。

 まあ、皮を剥くのは俺の仕事で、毎度涙が出るけれどね。


 さあ、パンも焼きあがった。

 焼きあがったパンは、丸型のカンパーニュと長いフランスパンのバゲットだ。


 うん、これなら獣人三人も満足してくれるだろう。


「よし! 運ぶぞ!」


 出来上がったオーク肉のグリル焼きとパンを木皿に乗せ、テーブルに運ぶ。

 テーブルでは獣人三人が怖いほど真剣な顔をして待っていた。


「おおおおおお!」

「ぐもももおも!」

「ああああああ!」


 料理を見て匂いを嗅いだ獣人たちが意味不明な声を上げている。

 ちょっと熊獣人の君、よだれが垂れているよ。


「では、食べよう」


 ルーナ先生の一声で食事開始となった。


「おごごごご!」

「む、むうううう!」

「はう! はう! はう!」


 獣人たちは良くわからない声を上げながら、ワイルドに手づかみでガンガン平らげている。

 とにかく夢中で食べているから、美味しいのだろうね! 良かった!


「この料理は素晴らしいです!」


 ジョバンニが感動した声を出した。

 そうか、ジョバンニも地球世界の料理を食べるのは初めてだな。


 そう、わかるよね!

 この異世界の料理とは、何段階もレベルが違うのよ!


「この肉の調理法は見た事もありません! それから上にのっているのは、玉ねぎですか? こんなに細かく刻むのは、かなり特殊な調理法ですね……。しかし、玉ねぎの甘味がたっぷりと出て肉と混ざり合い……。ああ! なんと美味な!」


「いいよ、ジョバンニ君。続けたまえ」


「このパンも素晴らしいです! この細長いパンは見た事がない形ですが、そとはパリッとしていて、しかし中は柔らかい。そして肉ともよく合います。このパンを食べたら、もう普通のパンは食べられません!」


「そうそう、そうだよね~」


 ふははは!

 ひれ伏すが良い!

 俺の真の実力に!


「さすがはルーナ先生! 大魔導士でもあり、秀でた料理人でもあるのですね!」


 えっ!? 俺は!?


「そもそもエルフ族は、自然を愛し、野菜や果物の取り扱いが非常に上手いと聞いていましたが……。いや~肉料理もこれ程とは、感服いたしました……」


「食した者が満足してくれて、私も嬉しい」


 いや! 元々は俺が地球世界の料理をだな……。

 何か俺を置いてきぼりにして、ルーナ先生とジョバンニが料理談義を始めてしまった。

 獣人は夢中で料理を食べているし……。


 まあ、みんな喜んでいるから良いか。

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