第32話 印術
さて、次の仕事を片付けよう。
「村長! 魔法で村に防壁を作りますよ! どこに作りますか?」
俺と村長で相談した結果、畑も含めて村をグルっと囲む防壁を作る事にした。
この村は、ただでさえ人手不足で生産力が落ちている。
畑を防壁の内側におけば、魔物が畑を荒らすのを防げる。
防壁は一回作ってしまえば、メインテナンスの必要はない。一回で済むならやった方が得だ。
俺の場合は魔力量が莫大だから、作業量が増えるのは気にしなくて良い。この際一気に作ってしまおう!
村人の安全と生産量の落ち込みを防げる。
一石二鳥だ!
土魔法の『石化』で基礎工事、つまり地面を固めて、『メイクストーン』で基礎の上に防壁を作る。
「石化!」
「メイクストーン!」
「石化!」
「メイクストーン!」
「石化!」
「メイクストーン!」
「石化!」
「メイクストーン!」
村を囲む様に2メートルの防壁が出来上がった。
「村長さん、これでどうですか? 安定性を考えて台形の防壁にしました」
「あ、ありがとうございます……。こんな……、直ぐ……、壁が出来るなんて……」
村長さんは土魔法を見るのは初めてなのだろう。よほど驚いたのか、それとも恐ろしく感じたのか、顔を青くしている。
一方、ぞろぞろと後をついて回っていた村人たちは歓声を上げ、はしゃいだり喜んだりしている。
「おお!」
「スゲー!」
「これで安心ね!」
まだこれだけじゃないけどね。
土木魔導士2号の仕事は続くのだ。
「村長、水を汲みに行くのは、東側?」
「はい。そうです」
「じゃあ、東側の壁に通用口を開けておこう。あとは、今まで出入りしていた南側に正門を作って……。ドアは今度大工を連れて来るので、その時に頑丈なのを作って貰ってください」
「お願いします! ありがとうございます!」
まあ、ルーナ先生程じゃないけど、俺だって並の魔法使いよりは魔力のコントロールは上手い方だ。
壁に入口を作るくらいは、何て事ないよ。
さあ、いよいよ最後の工程だ。
防壁造りの最後の工程は、印術で『印を切る』だ。
「さて、仕上げをやりますか……」
俺はアイテムボックスから魔石と魔法インクを取り出した。
魔石は魔物の体内から出てくるガラス玉に似た石で、魔力がこもっている。今回使うのは小さなザコ魔物から出てくるビー玉サイズの魔石だ。
魔法インクは、青色のインクに魔力を流し込んだ特殊なインクで、『印を切る』時や魔道具作成に使う。この青のインクは、珍しい染料から作るそうで結構高い。
地面に座り込みインク瓶を傾けて、魔石にマジックインクをちょっとだけ垂らす。
そして意識をインクに集中し、魔法使いだけが使える魔法文字を頭に思い描く。
防壁に使うのは、アルファベットのYに縦棒を一本足した形の魔法文字だ。
頭の中で魔法文字の像が明確になった。魔法文字を詠唱する。
「アルギズ!」
魔石の上に垂らしたマジックインクが光り、魔石に魔法文字が青く焼き付けられた。
「ふう~」
呼吸を整える。
この作業は集中力が求められる。
さて、作業の続きだ……。
「砂化!」
俺は防壁の一部を魔石が入るサイズで、土魔法『砂化』で石から砂に変化させた。
魔法文字が焼き付けられた魔石を、砂に変化させた個所に埋め込む。
「石化!」
再び『石化』で魔石を埋め込んだ部分を石に戻して完成だ!
防壁に『印を切った』のだ。
「アンジェロ様、それは何をやっていらっしゃるのですか?」
ジョバンニが後ろから声をかけて来た。
気が付けばジョバンニと村長しか近くにいない。
村人たちは解散しちゃったのかな?
まあ、この『印を切る』作業は地味だから見ていて面白くないよな。
ジョバンニは商人だから、この作業を知らないのだな。
軍関係者なら間違いなくしっているけどね。
「これは『印を切る』だよ。魔法の一種で印術と言うのがある。印術を使う作業だ」
「印を切る!? ですか?」
「そう。防壁を作る場合は、印を切った方が良い」
「その……、何の為に印を切るのでしょうか?」
「土魔法使いが、土を操作出来るのはわかるよね? 土を石に変えたり、石を砂に変えたり……。魔力を使って石を出現させたり、自分の思い通りの形に変化させたり出来る」
「はい、わかります。アンジェロ様は、土魔法を使って防壁を作ったのですよね?」
「そうそう。じゃあさ。逆に考えてみてよ。もしも、自分が土魔法使いだとして、敵の防壁を突破するとしたらどうする?」
「……あっ!」
ジョバンニは気が付いたみたいだ。
村長さんは考え込んでいるから、わかっていないな。
「もしジョバンニが土魔法使いだったら、敵の防壁を突破したい時はどうする?」
「魔法を使って防壁を崩します。砂化で壁を砂に出来るのですよね? なら防壁の一部を砂化で、砂に変化させ崩してしまえば……、防壁を無効化出来ますよね?」
「正解! 良く出来ました!」
そう、そうなのだ。
土や石で作った防壁は、魔法で作ろうが、人力で作ろうが、土魔法使いの前では無力なのだ。
防壁自体を砂化で崩して突破口を作っても良いし、基礎部分を砂化して壁自体を倒してしまっても良い。
ジョバンニは、俺の話を聞いてかなり困惑した顔している。
「ちょっ! ちょっと待って下さい! じゃあ、アンジェロ様が今作った防壁は土魔法使いが来たら簡単に崩されてしまうのですか!?」
「そこで、『印を切る』、だよ!」
ジョバンニと村長が顔を見合わせている。
「さっき魔石に文字みたいなのが、刻み付けられたのを見たでしょう?」
「見ました」
「あれが『印』なんだ。印には色々な種類や意味があるのだけれど、俺がさっき刻んだ印は『防御の印』、魔法を無力化する印だ」
「へー、そんな物があるのですね」
「うん。エルフが印術に詳しい。俺は土魔法に関する印くらいしか知らない。それで、印を刻んだ魔石を防壁に押し込んだよね? 見ていたでしょ?」
「はい、見ていました」
「あの魔力を無効化する印を刻んだ魔石を防壁に入れておくと、土魔法使いが防壁を崩そうと魔法をかけても『防御の印』が発動して魔法が無効化される。印を刻んだ人の魔法は無効化されないけどね」
「えーと……、つまり……、防壁を崩そうと敵の魔法使いが『砂化』の土魔法をかけても、防壁には効かなくなる?」
「そう。だから『印を切る』のは大事で、最後の仕上げなのさ」
「なるほどー!」
「もちろん無制限に魔法を無効化出来る訳じゃないけどね。さっき使った魔石なら、四、五回は魔法を無効化出来るかな。まあこの村の周りは魔法を使う魔物はいないから、念のために印を切っているだけだ」
「確かに、やっておくに越した事はないですね」
「そう。仕事に手抜きはしてないよ!」
俺は戦争に行った事がないし、軍の訓練に出た事もない。
あくまでもルーナ先生の教えだけど、この『印を切る』をきちんとやっておけば、土魔法使いを含んだ敵の奇襲にも対応が出来るそうだ。
逆に『印を切っておかない』と、土魔法使いを含む部隊の奇襲に対応が出来ない。
初手で敵の土魔法使いが城壁に大穴を開けて、そこから兵士が雪崩れ込んで来て負けてしまうそうだ。
領主エリアの防壁と基礎にも俺が印を切ってある。
だから領主エリアの防壁は、印を切った俺しか崩せない。
グレードの高い魔石を使ったので、魔法もかなりの回数はじき返す。
並の土魔法使いがあの防壁を崩そうと砂化を連続でかけても、先に魔力がつきて倒れてしまうだろう。
ちなみに建物には印を切ってない。
まだ制作中だからね。間取りを変えられるようにしておかないと。
俺が胸を張っていると、それまでジッと考え込んでいた村長が突然話し始めた。
「ご領主様! その魔石なら村に沢山あります!」
「魔石が沢山ある? ああ! 今まで倒したホーンラビットのですか?」
「はいそうです! カゴ一杯にあります!」
「それも売れますよ。ホーンラビットのだと、あまり高くはないですが持って来て貰えれば――」
「今、持って参ります!」
村長はダッシュで魔石を取りに行って、すぐに帰って来た。
藁で編んだ手提げの籠一杯に小さな魔石が入っている。村長はその魔石の詰まった籠を俺に差し出しながら、強い口調で俺に願い出た。
「ご領主様! お願いです! この魔石を使って沢山印を切って下さい!」
「え?」
沢山印を切る?
いや、今目の前で印を切っただろ。
東西南北の壁と基礎部分の計八ケ所に印を切れば、作業完了だけど……。
「この魔石の大きさで四、五回土魔法を跳ね返せますよね?」
「そうだね。四、五回なら魔法を無効化出来る」
「なら、この魔石全部で印を切れば、ジャンジャン魔法をかけられても全部無効化出来ますよね?」
「うん」
「なら、この魔石全部を使って下さい!」
「これ全部!?」
ちょっと待て、これ魔石がいくつある?
百や二百じゃないぞ!
そもそも、ジャンジャン土魔法をかけられる事なんて、無いと思うが……。
村長は何を心配しているのだ?
「いや、村長さん。そんなに土魔法をジャンジャンかけられる事って、無いと思いますよ」
「騎士ゲーが仕返しに来ないか心配です!」
あー、騎士ゲーね。
不法にこの村の領主を名乗って、勝手に税を徴収して、初夜権とか言う非人道的な事をやっていた隣の領主ね。
そう言えば、あいつは、どうなったのかな?
たぶん捕まえた盗賊とグルだろうけど。黒丸師匠が盗賊を取り調べたはずだから、今度確認しよう。
俺がそんな事を考えていると、村長は凄い勢いでグイグイと俺に魔石の入った籠を押し付けてくる。
顔が怖い。超真剣だ。
「騎士ゲーが、魔法使いを連れて仕返しに来たら大変です!」
「いや、でも、この魔石を売ればお金になりますよ」
「村民の安全には変えられません!」
だめだ! 無駄にアツい!
「いや、騎士ゲーが魔法使いを連れて仕返しって……。その可能性は低いと思いますよ」
「でも、可能性はゼロじゃないですよね?」
「えーと……、はい、そうですね……」
「でしたら! お願いします!」
そうだね。可能性はゼロじゃない……か。
この村長さんは、真面目に村民の安全を願っている訳だし……、ここは領主として……、断れ……、ない……。
「……わかりました」
こうして俺はヒイヒイ言いながら、大量の魔石を使って村の防壁に印を切り続けた。
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