第13話 ワイバーン戦~商業都市ザムザ北の森にて

 俺の聞き間違いか?

 黒丸さんが、ワイバーンを討伐しに行くと言った気がするが……。


「ワイバーンか。うむ! 良いだろう」


 ルーナ先生が勝手に返事しちゃっている。

 うむ! じゃねーよ!


「ちょっと待った! ワイバーンって強いのですよね?」


「大したことはないのである。ワイバーンは亜竜、竜種の中でも最も弱い魔物である」


「いやいや! 弱いって言っても比較対象が竜じゃないですか! 黒丸さんギルド長でしょう? 冒険者初日の五才の子供にワイバーンと戦わせるギルド長が、どこにいますか!」


「ここにいるのである!」


 黒丸さんは得意げに言い切った。

 いや、ダメだろう!


 王宮の書庫にある本によるとワイバーンは空を飛ぶ魔物だ。

 体は大きく、高速で飛行する。攻撃力も高い。


 書物によれば、『ワイバーンを見たら交戦せずに身を隠せ』だそうだ。

 そのワイバーンを初心者の俺が討伐に行くのは、どう考えても無茶だろう。


「アンジェロ少年は、もっと自信を持つべきである! ルーナが弟子にしたという事は、並ではないという事である。よって初戦からワイバーンでも問題ないと判断するのである!」


 マジか……。

 その判断はどうなんだ?

 アンタはギルド長だろう!


「では依頼案件の説明をするのである。ここ商業都市ザムザの北方にある魔の森で、ワイバーン十匹の群れが目撃されているのである」


 待て! ワイバーンの群れ?

 一匹じゃないのかよ!


「ふむ。ワイバーンの群れは珍しいな」


「そうなのである。竜種は単独行動を好むのに何故か群れをなしているのである」


「そこで飛行が出来る我々の出番なのだな?」


「その通りである。ルーナとアンジェロ少年は飛行魔法、それがしはこの背中の翼で空を飛べるのである。血沸き肉躍る空中戦である!」


 踊らねえよ!

 イカン……、二人とも乗り気になっている。


 おかしいだろう!

 最初は怪我をしないように、最弱の魔物討伐からスタートして徐々に敵のレベルを上げて行く物じゃないのか?


 うん!

 この依頼断ろう!


「あの~、『王国の牙』リーダーとしてですね……、この依頼は危険度が高いと判断して、ですね……。こ、断ろうかと……」


「アンジェロ少年! よく聞くのである! この依頼を受けるのは王子としての責務である!」


「は!?」


「ここ商業都市ザムザは、フリージア王国の一番東にある大陸貿易の玄関口なのである」


「はあ……」


「食料、鉄、香辛料、布、様々な物が商人によって、ここザムザに輸入され、ザムザから輸出されるのである。商人たちがワイバーンに襲われたら、どうするのであるか? 王国にとって大打撃である!」


「えーと……」


「よって! ザムザ北方の森に巣食うワイバーンの群れを討伐し、交易路を安心安全にするのが、第三王子たるアンジェロ少年の責務なのである!」


 黒丸さんは熱弁を振るい、ルーナ先生はジト目で圧をかけてくる。


「アンジェロ。やれ」


「……わかりました。引き受けます」


 これじゃ『名ばかりリーダー』じゃないですか!

 転生前はブラック企業で死亡し、転生後はブラックパーティーで死亡するのか……。

 俺の人生とは……やり直せているのだろうか……。


「アンジェロ、安心しろ。ワイバーンは飛行をするから厄介と言われるだけで、攻撃は通りやすい。雷魔法が得意なお前とは相性が良い」


「うむ。ワイバーンは火魔法と雷魔法が苦手なのである。素材を傷めない雷魔法で狩れれば理想的であるな」


 そうなのか?

 雷魔法なら……、うん! いけるかもしれない。


「魔法障壁は私が張るから安心しろ」


「それがしが前衛なので、アンジェロ少年にワイバーンを近づけさせないのである」


「わかりました! では『王国の牙』出撃です!」





 ……とは言ったものの、やっぱ不安だな~。

 雷魔法ならイケる! と聞いて調子に乗って安請け合いしてしまった。



 俺たち『王国の牙』は、初仕事のワイバーンの群れ討伐の為に、商業都市ザムザの北にある魔の森へ向け飛行している。

 横一列の隊形で、真ん中が憂鬱な顔をした俺、右に淡々とした表情のルーナ先生、左に楽しそうな黒丸さん。


 黒丸さんは、幅広の大ぶりの剣を軽々と肩に担いで、背中の羽をピンと広げて飛行している。

 何であんな重そうな剣を担いだ状態で、羽ばたかないで飛べるのだろう?


 万有引力とは一体……。

 ニュートンが見たら、リンゴをかじりながら悔しさに歯ぎしりするだろう。


「あれである!」


 黒丸さんが前方を指さしたが、俺にはまだ見えない。

 相当目が良いみたいだ。


 目を凝らすと、かなり先に点がいくつか見える。

 あの点がワイバーンか?


 ルーナ先生から指示が飛んで来た。


「アンジェロ! 私が魔法障壁を展開してカバーする。雷魔法で撃墜せよ!」


「では、それがしはアンジェロ少年の側で護衛に徹しよう!」


 魔法障壁は敵からの魔法攻撃を中和、無効化し、ある程度の物理攻撃、例えば弓矢や剣による攻撃を防いでくれる。

 魔法障壁を突破する攻撃があっても、黒丸さんが剣で防いでくれるなら安心だ。


 二人が守ってくれるなら俺は攻撃に専念できるな。

 よし!


「魔力の収束を始めます!」


「遠慮はいらんぞ。周りに村はないし、森の深い所だ。冒険者もいない。周りの被害を気にする必要はない」


「はい!」


 ルーナ先生の言葉に返事をしながら、俺は前方の『点』――ワイバーンの動きを見る。

 こちらに気が付いたのか『点』が動き出した。

 動きが早い!

 あっと言う間に距離が縮まって、『点』の姿がハッキリと見えて来た。


「あれがワイバーン……」


 体内の魔力を収束しつつ、意識を前方に向けながら俺は呟く。


「停止する! ここで迎え撃つ! 魔法障壁発動!」


 ルーナ先生の魔力の流れを感じた瞬間に、俺達三人は緑色の球体状の膜に包まれた。

 魔法障壁だ!

 これなら全方位から守って貰える。


 黒丸さんが笑顔で刀を前方に構えた。

 戦闘が好きなんだなあ、この人。


「物理的に突破して来たら、それがしが防ぐのである! アンジェロ少年は魔法に集中するのである!」


 今やワイバーンの姿はハッキリと見える。

 トカゲの様な体に大きな翼、太い首と長い尻尾、敵意むき出しの凶悪な顔が恐ろしい。


 いやトカゲじゃなく、恐竜が空を飛んでいる……。


 だがビビる必要はない!

 ルーナ先生と黒丸さんの守りを信じる!


「数が多いな。一、二……」


「十五匹に増えているのである。まあ五匹は誤差の範囲であるな」


 誤差かよ!

 俺は苦笑しながら、心の中でボヤく。

 あんなにデカくて、凶悪そうなワイバーン五匹を誤差って、この人たちどれだけ強いんだ!


 ワイバーンが更に近づいてくる。

 だが、俺の魔力の収束も終わった。


「ルーナ先生! いつでも行けます!」


「撃て!」


「せぇーい!」


 俺は右手を前に突き出し、前方のワイバーンの群れに意識を飛ばす。

 その瞬間、雷魔法が発動し前方の空に無数の稲光が発した。


「ほう……。広域の雷魔法であるか……」


 黒丸さんが感嘆の声を上げる。

 ありがとうね!

 だが、今はワイバーン殲滅が先で、魔法の解説は後だ。


 俺は前方の空間に発生した稲妻を次々とワイバーンに命中させて行く。

 外れた稲妻が消えても、すぐに次の稲妻がワイバーンを襲う。


 稲妻の連続出現と追撃にワイバーンは次々と墜落していく。

 逃げ惑うワイバーンには気の毒だが、俺だって必死だ。


 時間にしたら数秒、だが初めて魔物と戦う俺には、その数秒が長い時間に感じた。


「良くやったアンジェロ。戦闘終了だ」


「ふう……」


「アンジェロ。なかなか良かった。雷魔法の範囲攻撃とはな」


「うむ。アンジェロ少年の魔法の腕はなかなかであるな! あれだけ広範囲とは、魔力の量も相当なのである!」


「数が多かったですからね。まとめて倒すことにしました」


「普通は、まとめて倒せないのである!」


 ギルド長にまで、規格外扱いされてしまった。

 まあ、今更だ。


 俺は右手を下げて、一息つく。

 下を見ると、墜落したワイバーンが森の中に横たわっていた。


「アンジェロ少年のお陰で、昼食はワイバーンのステーキであるな」


「食べるんですか!? あれを!?」


 あんな凶悪な姿のワイバーンを食うのかよ……。


「ワイバーンの肉は鶏肉に近い味で、なかなか美味でヘルシーである。アンジェロ少年もしょくすのである」


「実食は勘弁して欲しいですね……」


 ルーナ先生が、会話の流れを遮って緊張した声を出した。


「何か来る! 巨大な魔力を感じる!」


 ルーナ先生が見つめる方向に何かいるか?

 いや、俺には何も見えない。


 黒丸さんは、見えたようだ。


「ほう……、風竜……、ウインドドラゴンであるな……」

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