第11話 テクノロジーツリー

「テクノロジーツリー?」


「はい。転生前の世界にあった技術ツリーとか、テクノロジーツリーとか言われる物です」


 俺の書斎の壁には一面メモ書きがビッシリと張り付けてある。

 この三年間で俺がコツコツと書き貯めたメモだ。


 このメモ一枚には、一つの技術と簡単なイラストが書いてある。

 例えば技術『スマホ』には、スマホの絵とその下に説明書きだ。


 このメモを左側から歴史順に、それぞれの技術を関連付けて壁に張り付けた。

 壁一面のメモ書きは圧巻だ。


 ルーナ先生も興味深げにしている。


「これは……、どう見るのだ?」


「技術の進化過程をツリー化した物です。一番左側がスタート地点ですね」


「ほーお。一番左端には、『農業』、『言語』、『火』、『道具作成(石器)』の4つの技術か……」


 ネタ元はゲームだ。

 俺が良くプレイしたいくつかのゲームでは、こういうテクノロジーツリーが設定されていた。


 例えば『戦車』のユニットを登場させたければ、『自動車』と『大砲』の技術が必要、と言った具合だ。

 この要領で覚えている地球世界の技術を整理したのだ。


「そして、『道具作成』が『狩猟』の技術に進化すると……」


「はい。『道具作成』の技術があれば、罠や弓矢が作れる様になるでしょう?」


「なるほど。そして『狩猟』の次の技術が『皮革加工』……。うむ。どんどん次の技術に続いて行く訳だな。アンジェロがいた世界では、こうして技術が進化したのか?」


「そうです。先ほど話した通り、俺は女神ジュノー様たちからこの世界の技術や文明を発展させろと依頼を受けたのです。そこで、この世界に新しい技術を生み出すのに、何が必要か整理しようと思って」


「面白い!」


 良かった。

 ルーナ先生は面白がっている。


「この丸が付いているのは……、この世界に既にある技術に丸を付けたのか?」


 ルーナ先生は、『馬車』のメモ書きを指さした。


「そうです。テクノロジーツリーを壁に作った後で、この異世界に既にある技術には丸を付けました」


 ルーナ先生は気が付いたようだ。

 地球世界にあった技術をテクノロジーツリーで整理した後に、この異世界にある技術と照らし合わせると……。


「……かたよりがあるな」


 そうなのだ。

 不思議な事に、技術にかたよりがあるんだよね。


 例えば『窓ガラス』だ。

 この異世界は女神ジュノー様いわく中世レベルなのだが、窓ガラスが普及している。


 ガラス自体は地球世界でもかなり昔からあったけれど、職人が手作業で作った高価なコップとか美術品が存在しただけだ。

 窓ガラスが登場するのは産業革命の後だ。


 産業革命が起こって『工業化』が行われるようになって、板ガラスが量産されるようになった。

『窓ガラス』は、それから一般に普及した。


 なのに、この中世レベルのはずの異世界では、窓ガラスが普及している。

 地球世界の窓ガラスよりも厚ぼったいので、工業製品でなく手作り品だろう。俺の部屋にも付いている。

 じいに聞いたところ、平民の宿屋や商人の家にも窓ガラスは付いているそうだ。


 これはどういう事だろうか?

 俺は疑問に思っていた。


「そこが不思議だったんですよ。前提条件となる技術がないのに、この異世界では技術が存在しているのです。それでテクノロジーツリーに丸を付けて行ってわかったのですが、存在している技術にかたよりがあるんです」


「ふむ……」


『窓ガラス』が一般に普及する前提条件は、『産業革命・工業化』だ。

『産業革命・工業化』は『石炭』を使った『蒸気機関』技術が発明されていないと歴史に登場しない技術だ。


 前提となる技術が無いにもかかわらず『窓ガラス』が存在している……。

 俺は技術体系が地球世界とこちらの世界では違っていると考えるようになった。


「例えばですが……、ドワーフの存在も影響があると思います」


「ドワーフ?」


「ドワーフは、火の扱いに長けているでしょう? たぶんドワーフという火関係や製鉄関係の技術の塊みたいな存在がいたので、この世界では技術が独自に進化したのだと思います」


『窓ガラス』は良い例だと思う。

 火と鉱石の取り扱に長けたドワーフがいるから、ガラス加工の技術が発展したのだと俺は予想している。


 俺はルーナ先生の隣に立って、テクノロジーツリーの中世以降を指さす。


「この世界の技術面でドワーフの存在は大きいと思うんですよ。このテクノロジーツリーのかなり先の方に所々に丸がついているでしょう? それほとんど製鉄や火に関係する技術です」


「なるほど! 面白い考察だな!」


「後は、この異世界は魔法の影響が大きいですよね」


「……そう言えば、このテクノロジーツリーには魔法が書いてないな?」


「俺がいた世界、地球世界には魔法は存在しないのです」


 ルーナ先生は、目を丸くした。

 今まであまり表情に変化がなかったので、余程驚いたのだろう。


「それは……。魔法がない世界というのは想像もつかないな……」


「魔法がないかわりに、技術が進化していました。はっきり言って、この世界より住みやすくて、色々便利でしたよ」


 ルーナ先生は、技術ツリーを眺めながら軽くため息をついた。

 人類の初期からインターネット時代までの技術の進化に圧倒されたのだろう。


「それでアンジェロは、どの技術を実現させようと?」


「俺が狙っている技術は……、これです!」


 俺は一つの技術を指さした。

 時代は近代にあたる。

 20世紀初頭にアメリカで実現した技術だ。


 ルーナ先生は、俺が指さしたメモのイラストを見た。


「これは……鳥か?」


「飛行機という乗り物です。人間が乗り込んで空を飛びます」


「飛行機……」


 ずっと考えていたんだ。

 女神ジュノー様たちから依頼された『文化文明を発達させる』『人口を増やす』『人々を幸せにする』というミッションをどう実現するのかを。


 俺は第三王子だから、民主主義とか政治的に異世界を発展させるのは無理だ。

 医療とか芸術も専門外だから無理、そもそも日本では平凡なサラリーマンだからな。


 じゃあ、コツコツと今この異世界にある技術を発展させるのは?

 それこそ女神ジュノー様が言っていた通りで、大してポイントが入らない。


 ならば一気に歴史の針を進めてみたらどうだろうか?

 その為に実現できそうな技術は?


 狙いを定めたのは、飛行機だ。


「飛行魔法が使えない人でも、空を飛ぶことが出来ます。それが飛行機です」


「にわかに信じられんな……。そんな物が本当に作れるのか?」


「すぐには無理ですよ。でも時間をかけて人を集めて、予算を確保すれば出来ると思います」


「ふうむ……具体的には、どんな人を集めるのだ?」


「技術者が必要ですね。鉄の加工をする優秀な鍛冶師、それに魔道具師……、木材加工や布加工が出来る人も欲しいですね」


「時間がかかりそうだな」


「そりゃもう。一気に技術を進化……、というよりも大ジャンプして歴史を飛び越えて行くような事ですから。十年二十年はかかるでしょう」


 ルーナ先生は、フッと笑った。


「面白そうな話だ。私の妹がエルフの里で魔道具作りをしているから、手紙で知らせておこう」


「ありがとうございます!」


「手伝ってくれるとは限らんぞ。ところで……、こっちの机の上のメモは何だ? 見てよいか?」


 書斎の机の上には整理できていないメモ書きの山があった。

 食べ物や服のメモ、技術ではなくて文化に関わるメモだ。


「どうぞ」


 ルーナ先生は、メモの山を手に取ると目を輝かせた。

 むさぼるようにメモを読みだした。


「アンジェロ! これは何だ?」


「それは、かつ丼ですね。食べ物です」


「これは?」


「カレーです。辛い食べ物です。この世界に転生する前に食べていた物です」


「ほう! ほう!」


 目茶苦茶食いついてる……。

 エルフって美食家なのか?


「アンジェロ、このメモを私に譲れ」


「えっ?」


「この見た事のない食べ物を、私は食べたい」


「あー、でも、そこに書いてある食べ物は材料や調味料が足らないので、必ず作れる訳ではありませんよ……」


「その研究は、私がやるから気にするな」


 目が真剣だ。

 マジだな。


「……わかりました。そのメモは差し上げます。俺のわかる範囲で作り方もお話ししますよ」


「そうか! ありがとう! ありがとう!」


 ぐわっ!

 ルーナ先生が抱き着いてきた!

 そんなに嬉しいのかよ。


「じゃあ、ルーナ先生。魔法を教えてくれますね?」


「良いだろう! アンジェロ、お前を弟子にしてやろう。私の知る魔法を全て教えてやろう」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 こうしてハイエルフのルーナ・ブラケットが、俺の魔法の先生になった。

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