第4話 母親は第三王妃、俺は第三王子

 俺が新しい世界に転生して半年が過ぎた。


 今は九月だ。

 暦は地球世界と似ていて、一年は十二か月で一か月は三十日ぴったりらしい。


 太陽の周りを惑星が回るのは、公転だっけ?

 それが地球より短いのかもしれないね。

 もうちょっと成長したら本でも読んでみよう。


 夏はそれほど暑くなかった。

 フリージア王国は、北の国なのかもしれない。

 もっと自分の住んでいる国や世界の環境を知りたいけれど、まだ生後半年なので仕方ない。


 女神ミネルヴァ様はチョコチョコ様子を見に来てくれる。

 他の魔法を教えて貰いたいけれど、忙しいらしくすぐに帰ってしまう。


 今のところ女神ミネルヴァ様から貰った莫大な魔力の悪影響はないらしい。

 俺は順調に成長している。


 最近ようやく座る事が出来るようになった。

 腕の力がまだ弱くてハイハイは無理だ。

 仕方がないので、移動したい時は飛行魔法で移動している。


 最近は侍女や城で働く人たちも見慣れたみたいで、俺が空を飛んでも驚いてくれない。

 笑顔で挨拶を返してくれるだけだ。


 乳幼児が空を飛ぶなんて、異常事態だと思うけどね~。

 リアクションが無くて寂しな~。


 今日は俺の部屋に母親と母方の祖父が来ている。


「私のアンジェロは魔法の天才だわ!」


 俺の母親のカテリーナだ。

 青い髪にはっきりした顔立ちの美人さんで、産後のせいもあるだろうが巨大な胸は戦艦大和に戦艦武蔵!

 連合艦隊は、大艦巨砲主義!

 艦隊決戦待ったなし!


 遺伝で俺も青い髪だ

 最初は青い髪に驚いたけれど、慣れるとなかなか良いもんだよ。


「うむ! まさか孫が天才魔法使いとはのう。今日も元気に飛び回っておるのう」


 遊びに来ているのは、祖父のフランチェスコ・モリーノだ。

 じいちゃんは商人で王宮と取引をしているらしい。

 帰りがけに、ちょこちょこと寄ってくれる。


 二人の顔付きはヨーロッパ系……かな?

 ちょっと国籍不明と言うか……。

 日本人より彫が深いから、しいて言うなら西洋っぽい顔立ちだ。

 地球とは違うから、人種も違うのだろうね。


 俺は部屋の中をくるくると飛び回っている。

 最近は飛行魔法にもすっかり慣れて、違う事を考えながら飛べるようになってきた。


 ほら、考え事をしながら、駅から家まで歩いて帰ったりする事があるでしょ?

 あれと同じ感じで、魔力のコントロールを考えなくても自然に飛行出来るようになってきた。


 空中を自在に飛び回る俺を見て、母カテリーナは息子が魔法の天才だと手放しで喜んでいる。

 女神ミネルヴァ様のお陰で魔力が多いだけなんだけれどね……。


「ふふ。お父さん聞いてよ! 王宮や貴族の間でアンジェロが噂になっているのよ! 魔法の天才! 女神ミネルヴァ様の御使みつかいって!」


「ふむふむ。商人の間でも噂になっているぞ。自慢の孫だよ」


 この世界では魔法を使える人は、十人に一人の割合でいるらしい。

 けど、俺のように飛行魔法を使えるレベルとなると国に一人いるかいないかって希少さらしい。

 そりゃあ、まあ、噂になるよね。


「でも、アンジェロは第三王子なのよね……。こんなに魔法が上手いのだから、アンジェロが王様になれば良いのに……」


「これ! 滅多な事を言う物ではない! 王妃と言ってもお前は平民出の上、三番目の王妃なのだ。王位継承に口出ししてはならん!」


「でも……」


 そうなんだよね~。

 お付きの侍女のおしゃべりを横で聞いていて俺も最近知ったんだけどさ。

 俺は第三王子で国に対してあまり影響力がない立場らしいんだ。


 俺の母親は第三王妃、つまり王様の三番目の奥さんになる。

 この世界では王妃様、つまり正室が複数いても問題ないらしい。


 とは言え、俺の母親カテリーナは『第三王妃』だから、王妃としての序列は下になる。

 その上、平民出身、商人の娘だ。


 王都で美しい娘がいるって噂になって、その噂を聞きつけた王様が一目惚れして王妃にしたそうだ。

 一方、他の王妃様は隣国のお姫様だとか有力貴族の娘で政略結婚だ。


 平たく言うと、俺の母ちゃんに政治的影響力はない。

 そして第三王子の俺が国王になる事はない。


 そうするとな~。

 女神ジュノー様と女神ミネルヴァ様に頼まれている、この世界の文化文明を発達させるとか、人口を増やすとか、みんなを幸せにするってミッションの達成がな~。


 う~ん、王様になれば色々とやりやすいが……。

 第三王子ね~、何だか微妙だな~。


「娘よ! あまり高望みをしてはならぬ。王宮は怖い所だぞ……。アンジェロを王位につけようと動けば、対抗する者がアンジェロを害しようとするだろう」


「……そうよね」


 そういう可能性もあるよな。怖い……。

 どうやら王様になるのはあきらめて、違う立場で女神ズの依頼を達成する事を考えないとな。


「娘よ。私は満足しているよ。故郷のイタロスを離れて苦労をしたが、フリージア王国で商人として成功した。まあ、大商人にはなれなかったが、王都に店を構えてやれている。娘は王様に嫁ぎ、孫は王子様だ。十分だよ。十分!」


「そうよね。私も王妃様になれて、こうして王宮住まいですもの。子供も生まれたし、これで満足しなくちゃ」


「そうそう! 上出来! 上出来さ!」


 現状満足は大切だよね。

 じいちゃんの言う通り、高望みは身を亡ぼすよ。


 とはいえ、女神ズの依頼『文化文明を発達させる。人口を増やす。人々を幸せにする』をどうやって果たすか……。


 ふう~ なんか考えたら疲れた。

 とりあえず寝ます。



 *



 神々の住まう天界では、女神ジュノーが地球世界から戻って来ていた。


「いや~、地球は暑かったわ。何せ日本にいたからね。日本の夏は暑過ぎよ!」


 女神ジュノーは、行儀悪く執務机に脚を投げ出して、オレンジをかじりながら愚痴をこぼした。

 ソファーで横になる女神ミネルヴァが応じる。


「君は日本が好きだな……。どうせなら私たちがかつて治めていたローマに行けば良いのに」


「あそこはね、ガードが固いのよ!」


「ふむ。地球の神々の守りが強いのか……。日本はガードがゆるいのかい?」


「そうよ。あそこはどの神が担当するかきっちり決まっていないのよ。だから、侵入しやすいわ」


「なるほど。それで日本か。それで……、こちらの世界に転生させるのに良さそうな人間は見つかったかい?」


「だめね~。ピンと来るのはいなかったわ。また時間をおいて地球世界に行くわよ。あなたの方はどうなの?」


 女神ジュノーは、オレンジの皮をポイと床に捨てた。


「お行儀が悪いぞ……。ジュノー!」


「あら! 今さら何よ、いいじゃない! で、前に送り込んだ転生者はどうなの? 名前は……、えーと……、たくみ!」


「うん。彼は順調だよ。私が与えた魔力のコントロールもうまく出来ているし、環境にも対応出来そうだ」


「それは良かったわ! 今回はアタリかしら?」


「どうだろうね? 文化文明を発達させろ、人口を増やせ、人々を幸せにしろ、ポイントを増やせと会う度に伝えているけれどね」


「まだ赤ん坊でしょ? これからよ。それで彼のこっちの世界での名前は?」


「アンジェロ。アンジェロ・フリージアだ」


 女神ジュノーは、まじまじと女神ミネルヴァの顔を見た。

 そして盛大に吹き出した。


「ぶわははは! 嘘でしょう!」


「何がおかしい? 良い名前じゃないか」


「いや、だって! ぷふふふ! アンジェロって天使って意味よね? 中身は二十二才の童貞男なのに、アンジェロはないわ~」


「ふふ。そう言えばそうだな。だが、生まれ変わった巧良輔たくみりょうすけ、アンジェロはなかなかカワイイ赤ん坊だぞ」


「あら? 気に入っているのね? 母性が刺激された?」


「まあな。母親譲りの青い髪に父親譲りの黒い瞳、なかなか良い男になりそうだぞ」


「へー」


「飛行の魔法を教えたが、もうあちこち飛び回っているよ。魔法のスジも良い」


「面白そうね! じゃあ、ちょっと行って来るわ!」


「え!? 行って来るって!? オイオイ、書類仕事が溜まっているぞ!」


「アンジェロちゃんの顔を見たらすぐ帰って来るわよ~」


 女神ジュノーは、孔雀に姿を変えるとアンジェロのもとに向かった。

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