第17話 動揺



駅ビルのファストフード店に、軽快なポップスが流れている。でもそれは、沙耶と優斗の頭上を、空々しく行き過ぎるばかりだった。


「だから、前から言ってたじゃん。崎谷先生は絶対沙耶のこと狙ってるって」


「…いや、ちょっと待って。彼女の話に崎谷先生は関係ないでしょ?」


沙耶は、優斗が何故気になっている彼女からの告白を受けないのか、と思っただけなのだ。そこにどうして、崎谷先生が出てくるのか、さっぱり理解できない。自分のことは言わずもがな、だ。


「幼馴染として、心配してるの。俺は」


ずずっとシェイクを啜る優斗は、沙耶の顔から視線を外さない。あまりにじっと見られるので、沙耶ですら、ちょっと居心地が悪いくらいだ。無意識に、手が髪の毛を触っていることに、沙耶は気づかなかった。


「勘違いならいいよ。でも、大人が本気出したら、俺ら高校生なんてちょろいもんじゃん。崎谷先生、あれでモテるってゆー話だし、そんな大人にしてみたら、沙耶なんて全然お手のもんだと思うし」


もー、心配で心配で仕方ないんだよ。


そう言って、優斗はテーブルに肘を付いて、ずいっと顔を寄せてきた。勿論、真剣な瞳で沙耶の目を射抜く。思わずぎょっとして、体を少し引いてしまった。


「沙耶、真面目に聞いてる?」


「や! …いや、全然真面目に聞いてるけど、……その、…優斗の方が勘違い、かな、…とか……」


「沙耶より、勘は良いよ、俺」


「…で、でも、それと彼女とは、別の話じゃない? …その、…私のことより、優斗、自分のこと考えないと……」


「だから、降って沸いた話だって言ってるじゃん」


普通は自分が異性に告白なんてされたら、幼馴染のことよりも重要なことなんじゃないのだろうか。そう沙耶は凄く思うのだけど、優斗は頑として譲らない。


「俺、本当に沙耶には幸せになって欲しいから、早く、カッコいい彼氏でも紹介して欲しいくらいだよ」


……それって、お母さんとかお父さんとか入ってない?


そう思ったけど、優斗には言わないでおいた。とても茶化すようなことを言える雰囲気ではなかったのだ。


「だから、崎谷先生なんて、以ての外なの。沙耶、頼むから崎谷先生の毒牙になんて掛からないでよ!?」


「ど…、毒牙って……」


こんな風に言われる先生もかわいそうだ。でも、やっぱり優斗が真剣なので、それも言えない。


「ね! 沙耶! うんって言ってくれたら、それで良いんだ! 俺、本当に本当に、沙耶に幸せになって欲しいだけなんだ!」


「そ、それはありがたいけど…、それだったら優斗だって幸せにならなきゃいけないのよ?」


沙耶が優斗の剣幕に押されながらもそう言ってやると、優斗はまた少し耳を赤くした。


「……じゃあ、俺が彼女と付き合ったら、沙耶も崎谷先生なんかと付き合わない?」


………どういう理屈で、そんな話になってしまうのだろう。


聞いていて思わずぽかんとしてしまうようなことを、優斗が言っている。そんな理屈で彼女と付き合うんじゃなくて、ちゃんと優斗も彼女を好きだから付き合うんじゃないのか。だって、耳まで赤くしているのに。


「…それは、彼女に失礼な話じゃない? そうじゃなくて、ちゃんと優斗が彼女の気持ちに応えられるかどうかって話よ?」


「応えられるよ? だから後の心配は沙耶のことだけなんだ」


沙耶は優斗の返答を聞いて、ますます混乱した。


なに? それって、優斗はちゃんと彼女を好きで、付き合う気もあって、でも沙耶が心配だから付き合えないってこと…? え? でも、なんで私なの?


どうして優斗の恋愛のカードを自分が握っているのかが分からない。でも目の前の優斗は必死だし、彼女は優斗のことが好きで告白までしていて、優斗も好きなんだったら、もう付き合ったっていいはずなのに、自分の動向がネックで付き合えないって言うのなら……。


「…よく分からないけど、…本当に優斗がどうして私にこだわるのか分からないけど、応えてあげられるなら、ちゃんと応えてあげて? 私のことは、心配要らないから」


眼差しの真剣さに、気づいたら沙耶も一生懸命応えていた。本当に、これは実るはずの恋で、自分の所為で壊れてしまっていいようなものではないはずだ。


「ホントに!? 沙耶!」


沙耶が応えると、優斗はぱっと目を輝かせた。口には安堵の笑みを浮かべて、伸びてきた腕が、沙耶の手を握っている。


「ああー、安心した! 良かったー!」


歓喜に打ち震えるって、こういう感じだろうか。兎に角優斗は、そのまま万歳でもするかというような勢いで喜んでいた。これで優斗の恋が実るのだから、沙耶としても安心だ。いつかちゃんと紹介して欲しいな、なんて、そんなことを考える。



―――足元の不安定さは、今は見ない振り。






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