悪役令嬢は全てを忘れる

枝豆@敦騎

悪役令嬢は全てを忘れる

昔から嫌なことがある度に忘れてしまうことにしていた。

私より出来のいい妹を両親が可愛がることも、信頼していた友人達に裏切られたことも、婚約者に初めて送った恋文が他人に公開され晒されたことも。

悲しくて辛くて涙が溢れる度に「泣けばいいと思って」と遠巻きにされ味方なんて一人もいなかったことも。


全部、全部、頭の中で燃やした。

それは簡単なことだった。

一人きりの部屋で椅子に座り、深く深呼吸して頭の中に炎をイメージする。

暖炉を暖めるような優しい炎ではなく、家を丸々飲み込んでしまうような激しく強い炎。

その炎の中に嫌な感情ごと記憶を放り込む。

すると紙がじりじりと焦げて焼けるように記憶は灰になって、消える。

確実に消えるわけではないのだがそれが私の身につけた自己防衛方法であり、忘れられる為の方法だった。


大人になり婚約者が実の妹と恋人になっても、私を疎ましく思い彼らが私を物語のような悪役令嬢に仕立て婚約破棄を目論んでいることを知ってもそれは変わらない。

私は明日、有りもしない罪で断罪され厳しいと噂の修道院に罪人として送られるだろう。


きっと私は恨む。

妹を。

婚約者を。

両親を。

自分を。


けれど恨むことはとても疲れる。

疲れるのは嫌だ、だから忘れるのだ。

頭の中の炎に全て燃やし尽くしてもらう。


物事の解決にならない?

そんなの分かってる。


だけど型にはめられ押さえつけられてきた時分に抗うほどの勇気はない。

この地獄から救ってくれる英雄なんてものは存在しない。


だから私は忘れる。

今までの自分を。

今まで記憶を燃やし続けてきた炎。

それで自分自身を燃やす。

不思議と熱くないし、苦しくもない。

だってこの炎は私を守ってくれるものだから。

いつだってこの炎が私を救ってくれるから。










――○月×日、未明。

とある公爵家で大きな火災が発生した。

火元は不明。

使用人は逃げ延びたものの、公爵家の人間は皆重症で発見されやがて死亡が確認された。

唯一生き残ったのは王子の婚約者であるご令嬢。酷い火傷を覆い、火事と家族を失ったショックから全ての記憶を失ってしまっていた。

ご令嬢は王子との婚約を解消され、親戚の伯爵家が納める土地で療養することに。

火災については事件性はないと判断されたが、逃げ延びた使用人は口を揃えてこう言った。

『まるで炎が生きているように蠢いていて、いくら水をかけても消えなかった』と。

火災の恐怖により幻覚を見たのだろうか?公爵家の火災について筆者は詳しく調べてみる必要があると感じている。―――







私は読んでいた新聞をぱたんと畳んだ。

何度も読み返したそれは色褪せ変色しボロボロだ。


「おばあちゃまー、何読んでるの?遊んでー?」


今年三つになったばかりの孫娘がとことこやって来る。


「えぇ、もちろん、いいわよ。何をして遊びましょうか」


可愛い孫娘に笑顔を向けながらふと、この令嬢は幸せになれたのだろうか?と疑問に思った。

けれどすぐに大丈夫な気がした。

全く知らない人だと思うけれどきっと大丈夫。

だって同じ様に火事で記憶をなくした私は今、こんなにも幸せなのだから。


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