38:もうすぐ、ねぇ

 夢。


 遠い昔の記憶。


「強すぎますわ」

「は?」


 肆が無体に入ったのはかなり遅い時期だ。

 なのでみんなより少し遅れを取っている。

 訓練で誰よりもバテるのは肆だし、戦いでも戦績はパッとしない。


「強すぎるってどういうことだよ」

「その言葉通りですわ。

 あなたが強すぎて私の訓練にならないんどですわ」


 肆の能力は、珍しく無体の中でもわかりやすく強い。

 そのため、基礎能力が低くても割と戦績はいいほうだ。


 しかし、無体では俺は無敗。

 当然俺に叶うことはなく、今日も負けていた。


「訓練にならないって、わざわざ手加減してるのにそこから何も学べないのかよ」

「手加減してるって、何をふざけたことを言っているのですか?

 あんな頑丈で何も通じない能力とか強すぎるのですよ」

「いや、それ以前に能力を使ってないわ」


 その言葉に肆は口を開けたまま固まる。

 その様子に俺は優しく、


「俺が能力使うときは真っ黒なマント出るでしょ?

 アレが出てないときは能力は使ってないよ」

「え?

 ならアレは能力を使わない素の状態、ということですか?」

「かなりの戦闘の回数積んでるから、少し『心のチカラ』の使い方を覚えると結構戦えるんだよ」


 俺が話し終えて、肆の方を見ると、そこには涙を流す肆の姿があった。


「え?」

「ってことは今までワタクシは能力のない人間と戦って、能力に負けたと思っていた?」

「そういうことじゃない、あくまで能力を使わなかっただけで……」


 俺が弁明しようとすると、その動きに怯えたように肆は後ろにのけぞる。


「ば、化け物……」


 その言葉に、当時の俺は苦しんだ。

 もし仮に、これが知らない人間からの言葉だったのなら、俺は言われ慣れている。


 せっかく助けたのに、みんなは俺の力がこちらに向かないようにする。


 そんな人達の怯えためや濁った目は、関係ないからと切り捨てることができた。


 だが、今回は別だ。

 短いとはいえ、一緒に過ごした仲間。

 いつも生意気に年下に噛み付いてくるが、それでも俺には負けないようにと必死に頑張っていた肆。


 その人間に言われるのは、流石に心に来た。

 だが、すっと心が軽くなる。


 能力が発動した。


 辛いことは慣れればいい。

 苦しいことも。

 悲しいことも。


 俺はその慣れた感情をいだきながら、


「ごめんなさいね。

 別に俺も望んで、こんなに強くなったわけではないのよ」


 肆の目の前から姿を消した。


 ……ちなみに、その後肆は滅茶苦茶怒られた。


 謝罪もされ、大丈夫と入ったのに、俺に余計に絡んでくるようになった。

 だから俺は、今までのようにしてくれと頼んでいる。


 別に俺はもう大丈夫だ。

 『慣れて』しまったから。



☆☆☆☆☆



「最近連敗ですね」


 場所は『転移室』


 俺はそこにあるベッドに横になっていた。


「校長先生どうしましたか?」


 あの『生徒会室』での話から、一週間がたった。


 無事に宵は保健室の先生として学校に迎えいられ、今では学校の人気ものになっている。


 その一方、俺は絶賛連敗を重ねている。

 予定通りといえばそうなのだが、宵がかけた『縛り』が解けないため、能力を使えなくなっているため、割と厳しい戦いをせざるを得ない。


「いやはや、私は一生徒一生徒全員に気を配っているのですよ」

「……ま、気づいてるわな」


 恐らく校長は知っている。


 それも、俺らのやっていることだけではなく、犯人や全貌すら知っているのだろう。


 膳材流に知らぬことなし。

 しかして、膳材流は善でも悪でもなき。

 ただそこに在り、平等を求める。


 よく聞く話だ。

 膳材流は、どこにでもいるしどこにもいない。

 すべてを知っている。

 そういう『存在』なのだ。


「私としても手を貸したいのですが、宵先生が頑張っているようですし」

「なら今すぐ手を貸してくれ。

 そろそろ負けるのにも飽きてきた」


 一週間、俺は徐々に負けることへのストレスが溜まってきた。

 能力が使えないのはこの際どうでもいい。

 ただ、みんなが弱すぎて負けるのが難しすぎる。


 しかも、負け続けなければならないのだ。


 勝ってはいけない。


 今まで勝つための訓練をしていたので、体が自然と動いてしまう。

 だから意識して悪手に体を動かしたりと面倒なことをしている。

 意外にこれがストレスで、割とやめたいと思っている。


 しかも、ためになる動きをしてはダメなのだ。


 隙を晒して攻撃させるのではなく、明らかな俺の判断ミスをしなきゃならない。

 強いものでさえ、欺かなければならない。

 だから余計にストレスがたまる。


「ははは。

 だから言ったじゃないか。

 彼女が動いているから、手は貸せない」

「……じゃあ後どれくらい負ければいいのかくらい教えてくれ」

「うーん。

 具体的には教えることができないけど、まぁもうすぐといったところかな」

「もうすぐって……誰でも言えますよ、そんな事」


 俺の文句に校長は苦笑いする。

 その様子に俺は言ってくれないことを悟り、


「わかりましたー。

 そこまで言うならおとなしく待ちますよ」

「……鍵はこの学園の生徒が握っている。

 しっかりと教え導いてあげてくださいね」


 その言葉が、少し癇に障った。

 現状、生徒会や被瀬たちの訓練は宵主導で行っている。


 あの話の後、俺にヘイトを集めることで自身が信頼感を得た宵はみんなに提案をした。

 訓練をしないかと。

 目の前で強いやつを無力化し、それに親しみやすい人間がいる。

 それに優しそうな先生だ。


 『生徒会』的にも支持しやすかっただろう。


 なし崩し的に被瀬たちも訓練に混ざることになる。


 もちろん事件解決に支障が出ないように、という注釈がつくのだが。


「ははは、自分は何もしていない、みたいな顔をしているのですか?」

「……現に俺は何もしていないのですが」

「いやいや、君はしっかりとしっかりと役に立っていますよ」

「何もしていないのに?」


 校長は俺が自身で答えるのを待っているのであろう。

 何も話さずに俺の方を見る。


 少し考えてみる。

 結果は宵の指導の元、訓練が全員に行われた。

 それは俺一人であったらやらなかったであろう。


 あくまで宵がいた事によって起きたことだ。


 なら、俺がいたことによって起きたことは?

 俺は何もしていない。

 なんなら、俺のせいでみんなは俺の強さに対する恐怖感を……


「ん?」

「どうしました?」

「なんでみんな訓練してるんだ?

 俺が強すぎるのを知った時、こいつには敵わないと思ったはずだ。

 現に体験が、経験がそう告げているはず」

「なら、なぜ訓練という高すぎる壁を登る行為をしているのか」


 校長からの質問。

 その言葉の意味をしっかり考える。


 訓練は強くなる行為。

 それは、俺に追いつこうとする行為であり、俺を理解しあまりの距離が開いていることを知ってしまうこと。

 だが、本人たちはすでにその実力の格差には気づいている。


 だから校長は『登る』と言った。

 『知る』とは言わずに。


「……そういうことか」

「ちなみに、その高すぎる壁を目の前にして諦めなかった人物が、今教えている者ではないですか?」


 校長の言葉に納得すると共に、


「あんた、本当になんでも知ってるんだな」

「いえいえ、知るべきして知っているだけですよ。

 私は何も知っているつもりなので」

「……宵を送り込んだのは、あんたか?」


 そこで、俺は質問をする。

 校長は無体が来ることを知っていた。

 それは、校長が呼んだとも取れる。


「いえ、それに関しては安藤さんが呼んだのですよ」

「あいつが?」

「安藤さんが無体に借り百個で頼んだらしいですよ」

「……あいつらしいか」

「えぇ。

 それに今回の人選に関しては宵先生自身が行きたがったそうで」


 ……今更こんなことをなんで知っているのですか、と聞いても、俺には理解できないことだ。

 話を聞きながら、俺は少しだけ、胸の中にあるストレスが取れた気がした。


「あなたが”そう”では意味がないのですよ」


 その言葉とともに、目の前の校長がフッと消えた。

 その様子にやっぱり勝てないなぁ、と思いつつ、俺は『転移室』を後にする。


 ちょっとした自問自答。


 だが、それはあくまで副産物。


「もうすぐ、ねぇ」


 それはあまりにもヒントすぎやしないかい?

 校長先生よ。

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